こんにちは、から始まる物語というのはどうだい?
こんにちは、から始まる物語というのはどうだい?
お嬢さん。
「あ、はい」
どうしたんだい? そのような疑問符を頭に浮かべて……。
「いや、目の前の現実を少し受け止められないんです?」
というと?
「私、小説家目指してるんです。
で、最近はワープロでよく文章を書く練習とかしてたんですよ」
ほう、それは練習熱心な。
「今日もいつものようにパソコンの電源をつけて、習慣になっている文章ソフトをひらいたんです」
それで、何がおこったんだい?
「なにも書かれていないはずの新規作成された文書の中にひとりでに文章がうちこまれてういくんですよ。あ、もちろんひとりでに。ですから私は何もいじってないんです」
それは数奇な体験だ。
ちなみにどのような文章だったんだい、それは?
「冒頭が『こんにちは、から始まる以下略でした』
…………。
だろうとは、予測できていたさ。
9月の某所、ある家庭のあるパソコンにこのような悲劇が起こっていたことをご存知だろうか?
もちろん、今日の今日までだれも知らなかっただろう。
そう、その悲劇の唯一の被害者の少女以外は……、
これは今日まで少女が語らなかった、衝撃の物語である。
つまり、私は人間ではなくワープロの一部ということかい?
「いえ、もしかしたら、一個人なのかもしれませんけど……、
というか自分のことは自分自身がしっているものではないんでしょうか?」
残念ながら、私はどうやら記憶喪失らしい・
自分に関してのパーソナリティー情報が欠落しているようだ。
「何も思い出せないんですか??」
唯一、ひとつだけ……、
あげパンが好きだった……いうくらいしか……。
「どうやら人間っぽいですね」
蟷螂とかではなさそうだ。
「さっき、わたしのことお嬢さんって呼びましたよね。
私が女ということが分かったんですよね?
もしかして、視界がみえるんですか?」
別に、イチゴの柄の下着なんかみてない。
「みえてたんですね!!
変態」
変態とは失礼な、大体キーボード片手に着替えなんてしている女子中学生が悪い。
「なんて開き直り方するんですか!!
というか、わたしは中学生じゃなくて、高校生です」
ああ、失敬。
「小さいからってかんちがいしないでくださいよ」
大丈夫だ。
「なにがですか?」
私もよく中学生と勘違いされる。
「ワープロはそんな勘違いなんてされませんよ」
じゃあ、きっと人間なのだろう
「多分そうでしょうね」
そうか、私は人間なのか、おそらく性別は……。
「男でしょうね」
女だろうな
「え? なんで? 完璧パンツ大好きスケベヤローですよね」
いやいや、パンツ好きの女の子だっているんじゃないのかい?
「現代の日本ではそんな常識はないです」
そうか……、せまいな常識。
「あなたが寛大すぎるんです」
というわけでだ、お嬢さん。私の正体を教えてくれ。
「知りません」
何故だ?
「当たり前です。パソコンの向こうにいるかもどうかもわからない人間をどうやって知るんです? 不可能です。」
不可能を可能にする人間じゃないのかい君は?
「そんなの可能にできません」
そうか、器の小さい女だな。
「あなたは何様ですか……」
さあ、僕は誰だろうか。
「知りませんよ、そんなこと」
だろうね。