The girl of a sword and a shield Ⅳ
あれから、城の様な校舎を出て、十五分程歩く羽目になった。
日は落ち、空はすっかり赤く染まっている。気温も下がってきたな。
夕日を浴びて、黄昏色に塗りつぶされた、洋館の様な佇まいの学生寮が二つ。
その内の一つ、四階の一室の前で立ち止まる。
「第二寮、四十二号室。ここが俺達の部屋らしい」
受け取った鍵と、扉に刻まれた番号を交互に見比べて確認する。
「もう嫌、疲れたわ……」
「ほら、開けるぞ」
解錠し、ドアを引く。
すると、なんだか現実味の無い光景が広がっていた。
リビングへと続く通路に、女の子が転がっていた。比喩でもなんでもない。
サラサラの銀髪、白雪の様に瑞々しい素肌。抱いてしまえば折れてしまいそうな細い腰つきの少女だ。そんな儚げな印象を与える少女は困った事に下着姿だった。
それに、眠っているのか? ボリュームに欠ける胸が静かに上下し、すぅすぅと寝息を立てる少女。
いやいやいや……。
「レイシア……俺も疲れているらしい。部屋を間違えた」
扉を一度閉め、プレートに刻まれた数字を再度確認してみたが、番号は同じ……だな。
「あの娘を外へ放り出しましょう。それで解決よ」
疲れが限界に達しているらしく、レイシアもなりふり構わない。
「お前は鬼か!」
「二割は冗談よ」
「八割本気だろ!」
レイシアの冗談はさておき、あの少女をどうするか。
とりあえず意識をはっきりさせて、情報を引き出すべきだろう。
「おい、大丈夫か?」
少女の頬を軽くぺちぺちと叩きながら、呼びかけてみる。
「ん……んっ」
身体に異常はなさそうだな。しっかりと反応してるし。
「ほら、起きろよ」
「ん……だ、誰……」
うっすらと瞼が持ち上げられ、桜色の唇から鈴の音の様な言葉が紡がれる。
「……へ、へ」
ぱっちりと瞳を開いた少女は、今の自分の状況を認識したらしい。
そして、何かを言いかけてぷるぷると肩を振るわせる。
「へ?」
「へ、変態! あ、あたしを誘拐してどうするつもりなの!? 清らかな乙女を欲望の赴くままに蹂躙するっていうのね! 変態!」
誘拐というか、不法侵入だろう。これは。
よし、この少女の性格がよくわかった。関わると良い事が無さそうだ。
それに、コイツの言動からはレイシアに似た残念さがある。
「レイシア、つまみ出していいぞ」
「まさか、この銀髪と私をまとめて……なんて大胆なのかしら! さぁ、獣の様に私達を弄んで!」
こいつは当てにならなかったな。
「お前ら、落ち着け。ひとまず深呼吸しよう。な?」
「お、お前って呼ばないで! シエル。シエル・ミストリア。あたしの名前!」
程なくして、シエルを落ち着かせ、話せる状態になった。
ぺたんと床に座り込んだシエルの視線に合わせて、膝を折ってやる。レイシアはというと、俺の後ろで腕を組んで仁王立ちである。
「それで、だ。おま……シエルはどうしてここにいるんだ? それにさっきの格好」
俺が訪ねると、シエルは急にもじもじし出す。
「学園長の手紙にこの部屋に行けって書いてあって、それに――」
何かを言いかけたところで、ぐぅぅ。シエルの腹の虫が鳴いた。
「や、あの違うっ」
「腹が減って倒れたのか」
「だから違う!」
「まぁ、いい。あの格好は?」
「それは! 訓練で汗かいてからシャワー浴びたのっ。あと、お腹なんか減ってないもん!」
そして再びぐぅぅ。
シエルは顔を真っ赤にして、口をパクパクと魚の様に開閉し始める。
別に恥ずかしがる事でもないだろう。
「そうだ。聞きたい事がある」
「な、何よ?」
「シエルはデュミナか?」
実に不公平な事だが、デュミナには容姿が整った者が多い。
この銀髪の美少女も、そうなのではないかと踏んでの質問だ。レイシアと並び立つような容姿を持った少女なんてそうそういないしな。
「あたしは……」
「デュミナね」
シエルが言い淀んだ所でレイシアが答える。
「でも貴方。刻印が見当たらないわ」
レイシアが訝しんだ視線をシエルの手の甲へと向ける。
契約者となった者は、手の甲に刻印が刻まれる。それがないということは、彼女はまだ未契約。という事になるな。
しかし、ここは契約者を育てる機関だ。当然、入学初日には契約の儀が執り行われるはずだ。
つまり……。
「あ、その……あたしは未契約のデュミナ……なのっ」
目尻に涙を溜めながら、言葉を吐き出す。そういうことなのだろう。
「未契約、か。魔法学院では辛いものがあるだろうな」
その言葉にシエルはこくりと、小さく頷く。
そりゃ、契約者を育成する学院に未契約者がいたら、差別や侮蔑の対象になるだろう。
「あ、あたしだって……契約、した……い」
シエルの頬に一筋の雫が伝う。
――それと、これは私からのプレゼントだ。可愛がってやれ。
不意にニーナの言葉を思い出す。
なるほど、そういう事かよ。
「そうだ、学園長の手紙になんて書いてあったんだ? さっき何か言いかけただろ?」
「え? あぁ。……『お前のパートナーが決まったぞ』って。それで、それで、うぅ……」
なるほどな。
「それはどういう事かしら? 私とアルクはもう契約を結んでいるわ。解約しろとでも言うのかしら?」
ムッとするレイシアだが、その点に関しては問題ない。
別に、一人の人間が複数のデュミナと契約する事自体は可能だし、規定にも反する事はない。
「やっぱり……あたしのパートナーなんて見つかりっこないんだわ。荷物まとめて、出ていく、ね」
泣き声こそ出さないが、シエルのくりくりとした瞳からは次々と涙が零れる。期待してたんだろうな。やっと契約できるって。
シエルが周囲のやつらから、今までされてきたであろう事を考えると尚更頷ける。
学園長様。どうやらアンタは、俺にとんでもない事をやらせるつもりなんだな。
それがレイシアと、この泣き虫少女を救える方法なんだろう?
こんな顔されて放っておけるほど俺の神経は図太くないんだ。
「その必要はねぇよ」
シエルの頭を撫でてやる。
「ふぇ?」
上目遣いで見つめてくるシエルに、笑顔で返してやる。
「お前のパートナーになってやる。勿論、レイシアとの契約は解除せずにな」
シエルは赤く腫れた目を細めて、ぎこちなく笑った。
「あ、アルク……貴方っ。本気なの!?」
「あぁ、本気だ」
「もう…私の事すっぽかしたら知らないわよ!」
レイシアはそれだけ言って、リビングに引っ込んでしまった。
「い、いいの?」
「いつもの事だからな。気にするな」
「契約の事なんだけどね、まだ決心が……」
心配そうな視線を向けてくるので、もう一度頭を撫でてやった。
「ゆっくりでいい。それより、立てるか? 腹減ってんだろ?」
シエルは少し躊躇ったが、差し出した手を掴んだ。




