double contract Ⅳ
ティアのおかげでなんとかやり過ごした俺達は、街の雑踏に呑まれていた。
「奨学金ねぇ」
俺とレイシアは特殊な例だが、奨学金でこの学園に通う生徒は少なからずいる。
うちの学園は、学費が安い。将来、契約者として仕事をこなす際に、何年かの間は報酬の何割かが学園に持って行かれるからなんだが。
それでも、奨学金が必要っていう事は、難儀な生活を送ってるんだろう。
そんな状況にも関わらず、他人を優先して動く。大したやつだな。
「ねぇ、デート中に他の女の事を考えたでしょ!」
隣を歩いてシエルがつねってきた。
整った顔には不満の色が出ている。
勘の鋭い奴だ。
「悪かった……って、待て。何がデートだ」
「女の子を侍らせて……どこからどう見たってデートじゃない」
「おい待て、もう少しましな言い方は無いのか? それと、二人の面倒を見ながら買い物する事を、世間ではデートとは言わないからな?」
シエルは苦虫を噛み潰したかの様な苦い顔をする。
「ねぇ、聞いたレイシア?」
出店で買ったドーナツもどきを囓っていたレイシアが口を開く。
「アルクはそういう人よ。バカなのよ」
すました顔で言ってはいるが、しっかりと俺をつねってくる。
「人を勝手にバカ呼ばわりするな」
「「バカ」」
二人の言葉が重なった。
「アルクはあの豊かな谷間にご執心なのよ。シエルじゃ太刀打ちできないわ、諦めなさい」
「なっ、い、いい度胸っ! とっちめてやる!」
「あら、良いの?」
好戦的な笑みを浮かべたレイシアにシエルが飛びかかった。頬をぎゅーっと互いに引っ張り合う
「お前ら、街中で喧嘩するな、ほら目立つだろ!」
すでに注目の的だった。そもそも、この二人はただでさえ人目を惹くか。
「こっちこい」
二人の首根っこを捕まえ、大通りから外れて路地裏へと逃げる。
建物の影にのみ込まれた通路は薄暗く、小汚い。
「まさか、こんな場所に連れ込んで二人まとめて!?」
レイシアは喧嘩もそっちのけで、口元に手を当てわざとらしく驚いた表情を浮かべる。
「そうだな、二人まとめて説教――」
不意に視界に入ったものを見て、言葉が続かなくなった。
「どうかしたの?」
シエルに目配せする。
「ふ、二人で見つめ合うなんて……私も混ぜて貰おうかしら?」
「お前は静かにしてろ」
路地裏には怪しい店があったりして、その一角。いかにもっといった雰囲気の怪しい店から、一人の少女が出てきた。
淡いクリーム色の髪を肩まで伸ばし、この場所には似つかわしくない空色のワンピースを着ている。身長はシエルよりも低く、第一印象だけでは、契約者にはとうてい見えない。
アミーラ・イヴァーリス。それがあの少女の名前だ。
訳のわからない古本が陳列された店から出てきたアミーラは、手に持った分厚い本を急いで手提げ鞄に突っ込んだ。
僅かに差し込む光を受けて、一瞬、表紙の文字が光る。
「――龍の生態書」
レイシアがぼそりと呟いた。
龍の生態書。立派な禁書じゃないか。
契約者が習得できる龍の知識から、一線を踏み出した事が記してある本だ。
当然の事ながら、序列三桁の契約者には、当然閲覧の権利などない。
本物は禁書館に保管されているだろうから、写本だろう。その写本が何故あんな店に?
視線を店の方に移すと――、ない。
今までそこに存在したはずの古本屋が忽然と姿を消していた。
姿、匂い、音を認知させなくする隠蔽の魔法か。それも、強力なやつだろう。
「後をつけるぞ」
角を曲がってしまったアミーラを急いで追いかけるが、こちらも姿を見当たらない。
「あの二人には注意した方がよさそうね……」
アミーラは何かを隠してる。シエルもそう思ったらしい。
「あれには龍の特性、性質が事細かに書いてあるわ。例えば、捕食についてとかね」
レイシアが真剣そうな声音で言った。
こいつは、ニーナにやらされて禁書の写本を幾つか作ってたな。
「内容を知ってるのか?」
「えぇ。他に押しつけられたのは、失われた魔法、原点、んっ――」
得意げに話そうとするレイシアの口を塞ぐ。
「お前はバカか、ニーナに説教をされるぞ!」
「少しくらい、別にいいじゃない」
「レイシアが説教をくらうぶんには一向に構わない。けどな、俺が巻き込まれなかった事が一度も無いんだ」
「いいじゃない。パートナーでしょう?」
「それとこれとは話が違うだろ」




