The girl of a sword and a shield Ⅱ
「起きて――」
肩を揺さぶられ、俺は目を覚ました。雲一つ無い青空と金髪の美少女……レイシアが視界に映り込む。
「やっと起きたのね……ねぇ、アルク。まだ着かないの?」
ローレンシア大陸を貫く川を、運送用の船に揺られて丸二日。龍結晶と呼ばれる魔力の塊を大量に乗せているだけで、この輸送船には乗組員をもてなす趣向が一切無い。皆無だ。
客室と呼べる物は無く、俺達は固い木箱に座り続けている。固い場所で寝ていたおかげで、身体が痛いな。
それでいて、目的地の聖都には到着していないときた。隣に座る俺の相棒のご機嫌は、すこぶる悪い。
金糸の様に艶やかな髪を、指先に絡め、整った眉は八の字を描いている。
スカートからすらりと伸びたおみ足を組んだり、解いたり。
真紅の瞳には不満の色が映り、明らかな不機嫌アピールをしてくる。
「あと二時間くらいじゃないか?」
甲板から、眼下に広がるのどかな高原を見下ろしながらぼやく。目的地の巨大な都市はうっすらとその姿を見せてはいるが、まだまだ遠い。
「もうお尻が痛いわ」
そう言ってレイシアは木箱から立ち上がった。
「仕方ないだろ、これはれっきとした仕事だからな。客船になんか俺達が乗れる訳がないだろう」
「だからって、輸送船の護衛……聖都まで生きたいなら馬車でも良かったじゃない」
「師匠は“早急に来い”って言ったんだぞ。馬車に乗ってチンタラ行くより、こっちの方がよっぽど早い」
「アルクはそんなにニーナが怖いの?」
「当たり前だ。俺達、契約者の最上位に君臨する化け物。それに、返しきれない程の恩もあるし、とてもじゃないが逆らえないし、怒らしたら殺されちまう」
「……それを言われると反論できないわ。じゃ、譲歩してアルクの上に座らせてちょうだい?」
不意にレイシアが俺の上に腰を落としてくる。
「待て、何でそうなるんだよ!」
「良いじゃない、減るものでも無いでしょう? それに私みたいな可愛い娘と密着できるのよ? 年頃の男の子が見たら、羨ましがって発狂するわ」
「いや、決してそんな事は無いからな? というか、早くどけ」
まぁ、確かにレイシアは可愛い。
クリっとした大きな瞳。人形の様に整った顔立ち。取れたての果実の様に瑞々しく、白い肌。頭に付けた黒いリボンは質素だが、それがレイシアの可愛さを引き立てている。街でも歩けば、確実に人目を惹くだろう。
だけど、俺はコイツの本質を知っている。
レイシア・ウェンディアは壊れてる。
俺と同じ様に、家族を龍に殺され、幼い頃から龍を狩る復讐者だって事を。
言動も残念な部分が目立つし、年頃の男子の理想とは遠くかけ離れてるはずだ。
「きゃっ」
レイシアの柔らかい感触と、髪から漂ってくる石鹸の匂いから意識を遮断しようと考えごとしていたら、船が派手に揺れた。
「おい大丈夫か?」
「えぇ、何ともないわ」
「どうやら、お客さんだ」
「だから馬車にすれば良かったのよ……」
突然の揺れに船内がざわつく。数少ない船員が慌てふためいているのが聞こえる。
しばらくの沈黙が訪れるが、先の揺れを補足するアナウンスは流れない。
「お、おいアレ!」「大変だ、早く契約者を!」「りゅ、龍だ!」
俺とレイシアが顔を見合わせた直後、いくつもの悲鳴が聞こえ始める。
「くそ。これで何回目の襲撃だ! レイシアいくぞ!」
ドスン! と再び船が大きく揺れる。
異次元から突如として、現れ、世界を喰う敵。大型の爬虫類の様な体躯にコウモリの様な羽翼を併せ持つ魔物。人は奴らを龍と呼ぶ。
金の無い俺達が、ローレンシア大陸まで船で行く方法。それが、この仕事だ。契約者って職業を利用した、強攻策だ。
作戦は大成功。輸送船の防衛任務をこなして、金を貰って聖都までたどり着ける。しかし、一つ難をあげるならば、いささか襲ってくる龍が多いことだ。
「狩の時間だ」
立ち上がったレイシアにそう呼びかけると、レイシアは黙って右手を出してきた。
「くふっ、行くわよ」
先ほどまでとは、レイシアの雰囲気が、がらっと変わる。獲物を追い回すような猛獣のそれだ。
レイシアの小さな手を握ると、レイシアの全身が光に包まれる。淡い光となったレイシアは、どんどんと小さく、姿を変えていく……。
一瞬の時間を置いて、手の中には、大口径、長い銃身。装飾はグリップ部分に金で刻まれた紋章だけという、漆黒の銃が現れる。
魔法種族デュミナであるレイシアは武器に変身できる。ただの武器じゃない。龍殺しの武器だ。
「た、大変だ! 龍だ! あ、ああんたに任せたぜ! 俺達の命はあんたらに掛
かってるからな!」
体格の良い船員がもの凄い勢いで走ってきて、船内に引っ込んでいった。
船の進行方向には、目測で体長はおよそ七メートル。ブロンズ色の鱗に全身を包み、大きな翼を折りたたんでいる龍の姿が見える。
下位の飛龍種か。たとえ、下位の龍といえど、侮ったら命を落とす。いくら、契約者が強化されて、人間離れしていようとも、龍に食われれば確実に死ぬ。
契約者の存在に気づいた龍は翼を広げ、鋭い牙の生えた顎を開けて威嚇してくる。
「いくぞレイシア!」
咆哮と共に氷属性の魔法を行使した龍は、二メートルほどの氷柱を飛ばしてくる。避けたら船が大変な事になるな。
魔法種族デュミナには武器に変身する以外にも、特殊な力がある。
レイシアの『爆発』もその特殊な力の一つ。龍殺しの力だ。
氷塊に向けて一発、発砲。迎え撃つ様に飛んだ弾丸は、一直線に飛び、氷塊を捉える。
――刹那、炸裂した。
船を轟沈させる氷塊は、礫となって散った。ぱらぱらと欠片が降る中、俺は甲板を全力で蹴った。
船から飛び降り、一足で岸まで飛ぶ。受け身を取って、衝撃を殺し、再び走り出す。
「ギャァァァア!」
龍の咆哮に大気が震え、川の水面が激しく波打つ。
レイシアの龍殺しの力は、爆発。銃口から標的までの距離によって威力が変動する。普通、龍に接近するのは剣。銃のデュミナでも異端の存在であるレイシアは、扱いにくい上、レイシア本人の心が安定しないので、制御が難しい。
襲来してくる氷塊を限界まで引き寄せ、レイシアの力で壊していく。龍に接近したところで、丸太の様に太い腕が振るわれた。
鋭利な爪を備え付けた腕は、地面をバターの様に容易く削り取った。躱して、その腕を足場に跳躍する。
『龍の吐息をされたら厄介だわ、先に動きを止めましょう。両目をえぐり取ってやるのよ!』
「もとからそのつもりだ!」
龍の最も強力な攻撃は龍の吐息だ。下位種の龍が放ったものでも、船一つなら簡単に沈められる。そんなものを近距離でやられたら、たまったものじゃないからな。
空中で身を翻し、龍の視線と、銃の射線が重なる。銃声が響いた直後、龍がけたたましい叫びをあげた。視界を奪うのは戦いの定石だ。
長い首を振り回し、呻く龍の正面に降り立ち、銃口を胸に突きつけ、零距離で引き金を引いた。
直後、龍を爆発が襲った。
「ギュオォォ……」
力なく呻く龍の胸部には、大きな穴が穿っていた。
『あははっ、龍を葬るこの瞬間……ゾクゾクするわぁ』
龍は、腕をぶらんと垂らし、糸の切れた操り人形の様に床へ倒れ込んだ。
「ふぅ、取りあえずは片付いたな。お疲れ」
「えぇ……お疲れ様」
変身を解いたレイシアは、カツカツと編みあげブーツの踵を鳴らして龍に近づく。
そして、龍の頭部に生えた結晶。魔法を行使する気管をグシャリと踏みつぶした。
「さ、帰ってさっきの続きをしましょ?」
スカートを花の様に広げ、くるりと踵を返すレイシアの瞳には、戦闘中の狂気は含まれていなかった。至って普通の、少女のそれだ。
甲板から一望できる風景の先には、ローレンシア学園を中心とした巨大な都市、聖都の一部が見える。
中心となっている学園は、いくつもの複雑な建物が組み合わさり、城とも要塞とも言える巨大な建物だ。三角錐状に建造された、その学園こそ、俺達の目的地に他ならない。
「師匠も待たせているし、とっとと学園にいかないとなぁ」
「それもそうね。でも、その前にさっきの続きを……」
「しないからな!」




