double contract Ⅰ
学園に転校生がやってきた。学園に入学する前から契約をしているイレギュラー。それに腕が立つという。
どこかで聞いたことがあるような噂で学園中は持ちきりだった。
勿論、俺の耳にもその噂が嫌でも入ってくる。
いったいどんな奴なのだろうか……?
などという考え事は一度破棄し、周囲に視線を巡らせる。
学園の敷地内、組み手を行う草原。俺を中心として何人もの生徒が輪を作っている。好意的ではないけどな。
「それで、もう俺に挑んでくる奴はいないのか?」
そう言うと俺を取り囲んでいる連中が引け腰になって、ザザッと後ずさる。
『自分達から仕掛けておいて、情けないわね』
大型拳銃へと変身したレイシアが呟いた。
『あんたが怖くて皆逃げ腰になったんじゃない?』
俺のもう片方の手に握られた白銀の十字剣――シエルがからかうように言う。
『私は怖くなんてないわ。貴方の胸のボリュームを吸い取る呪いに恐れおののいているのよ』
『ぐっ、言ったわ! ついに言った! 私が! 気にしてる! 事を!』
周りの連中は、この二人がどうしようもなく意味の無い言い合いをしているとは、夢にも思っていないだろうな。
デュミナと人間が心を通わせ、シンクロするのは当然で、そのおかげで武器に変身したデュミナが意志を伝える事ができる。
まさか、二重使役を完成させた結果、デュミナ同士の論争が勃発するなど、誰が考える?
「落ち着けお前ら、くだらない言い争いをするな!」
『く、くだらない……!? じゃ、じゃあ! アルクは小さいのと大きいのどっちが良いの!?』
何故そういう方向に話しが飛躍するんだ。とばっちりもいいところじゃないか。
「それは……だな……」
返答に困り、頭をかく。
間の良いタイミングで人垣が割れ、生徒が一組の生徒が現れる。
助かった――訳でも無さそうだ。一難去ってまた一難。
一人は栗色の髪をした少女。背の低いもう一人の後ろで静かに佇む姿は瀟洒という言葉がしっくりくる。太股にはベルトが巻かれ、護身用のナイフがいくつも携帯されている事から見て、徒手格闘の技術もあると判断して良いだろう。
背の低い方は、肩まで淡いカスタードクリーム色の髪を伸ばした、少女。こちらは腰に片手を当て、傲慢な雰囲気を漂わせている。
「アルク・バルハート様とそのデュミナとお見受けします。私達とお手合わせ願います!」
見下すような視線を向けてくる女子生徒。その後ろで慎ましく控えていたもう一人の少女が、前に出て言い放った。
背中まで伸ばした栗色の髪が、陽炎の様に揺らぐ。
それは、端から見てもわかるほど膨大な魔力の放出だ。
「ティア、私を使いなさい」
そういって背の低い方の少女が、変身する。
閃光にが弾け、そこには至る所に装飾が施されたお伽噺に登場する様な両刃の大剣が現れた。
「はい、お嬢様」
ティアと呼ばれた少女は、大剣を軽々と持ち上げる。
「参りますっ!」
ティアは身の丈ほどの大剣を振りかぶり、地面へと振り下ろす。
すると、風の刃に良く似た肉眼では捉えづらい何かがが放たれる。
土砂と若草を巻き上げながら直進してくるその魔法を、横に飛んで躱す。
直後、ティアの放った何かが炸裂した。
何かの正体が衝撃波だと気づく頃には、ティアが振るう刃が目前まで迫っていた。
ギィィン!
剣が衝突し、甲高い金属音が奏でられる。
衝撃波の魔法。これをいかすならどう使う? 俺だったら――、
ある思考に至った瞬間、俺はシエルの盾の紋章を展開する。刹那、凄まじい轟音と共に、周囲が炸裂した。
そう、俺だったら至近距離で叩き込む。ティアと思考が一致したおかげでなんとかなった。
「やりますね、ですが……終わりです」
ティアが空に掲げる。その手には剣が握られていない。じゃ、剣は何処へ消えた?
「天からの一撃!」
上か! すぐさま頭上を見た。クルクルと回転しながら大剣が落ちてくる。それも濃密な魔力を纏って。
通常なら、人間からの魔力供給が絶たれるとデュミナは変身が維持できない。
しかし、事前に大量の魔力を与えておくことで、少しの間自律させたのか。
刹那、大地を剣が貫き、爆発した。
辛うじて直撃は免れたが、衝撃波に呑まれ地面を転げまわる。
「残念ながら、まだ終わっちゃいないぜ」
立ち上がりはするものの、正直なところ、勝てる見込みがない。
このティアとかいう少女、今まで刃を交えてきた生徒達とは一線を越えている。
二重使役が形だけの試行段階な上、レイシアの能力を扱いきれていない。契約が上書きされ、その影響でレイシアの能力にも変化が生じたのだ。
ニーナに相談してみたところ、デュミナの力は契約時に決まるという事を教えてくれた。デュミナ自身に秘められた潜在的なものと、人間の魔力が同調して、能力が発現するとか……。
詳しいことはわからないが、レイシアに何らかの変化があり、再び契約を結んだことで能力が変化したと考えるのが妥当らしい。
俺はレイシアの新しい能力を持てあまし、さらに、二人を完璧に制御できていないのだ。
完成された相手と、俺達とでは戦闘力に雲泥の差が出来てしまう。今のままでは勝てない。
『アルク、私を使って』
レイシアが凛とした声で言ってくる。
「そうは言うが……俺はお前の力を把握しきれていないし、制御もままならない」
『私に全て委ねて。大丈夫、私を信じて』
「しょうがねぇ、任せる!」
巻き上がった土煙が、吹き抜けた風によって晴れる。同時に、ティアが地面を蹴った。
一撃斬り結んだ後、シエルの剣の紋章を起動。十本の魔力の剣が顕現し、ティアに殺到する。
ティアは光の光芒を躱し、叩き落とし、弾く。すかさず銃口をかざし、放った。
魔力を纏い、黒い残滓を散らしながら直進した弾丸を、ティアが大剣で切り落とす。
弾丸を剣で切るという絶技にも目を張るが、それ以上に驚く。無傷なはずのティアが険しい顔をする。
さらに数発、銃撃を撃ち込み、全てティアが叩き落とす。するとティアが片膝をついて渋い顔をした。
「――これは!?」
レイシアの変化した力は奪命。
俺の魔力を対価に相手の生命力を奪う能力だ。爆発よりも明確な破壊の魔法。シエルとは対極の属性だ。
学園に入る前のレイシアだったら制御は任せらかった。
だが、今は違う。最近のレイシアは昔に似た雰囲気を纏ってる。
嫉妬深いとか、戦闘狂だとかは変わっていないが、根底が違う気がする。今のレイシアになら魔力を委ねられる。
それにしても、この力。魔力の消費がちょいと激しいな。
「持久戦は不利……ならば、一撃で決めます! 流星!」
レイシアの魔弾を不利に思ったティアは、大剣を腰の位置で水平に構え、弓を射るように身体を引き絞る。
「行きます!」
ティアの姿がぶれ、立っていた場所が爆撃でもされたかのように爆ぜる。
濃密な魔力を纏った剣を、スピアの様に扱い一直線に突っ込んできた。
盾の紋章を即座に展開し、衝撃に備える。が――、
「ここまでよ」
変身を解除した少女の一声によって、ティアの攻撃はキャンセルされる。行き場を持てあました衝撃だけが駆け抜けるて俺の髪を激しく揺らした。
少女は踵を返すと俺には視線を向けずにすたすたと歩いていってしまう。
ティアは申し訳なさそうに一礼し、急いで少女の後を追いかけていく。
リゴーン、リゴーン。
丁度、授業の終わりを告げる金が打ち鳴らされるのだった。




