An important thing Ⅵ
「ぷはぁっ」
レイシアを引き上げたところで、息を吐き出した。
間に合って良かった。本当に世話の焼けるパートナーだ。
「その……ごめんなさい」
「謝るな」
レイシアはバツが悪そうに俯く。
「ほら、さっさと帰るぞ」
「私、その……迷惑かけちゃった……怒ってる?」
上目遣いで申し訳なさそうに見つめてくるレイシアの瞳からは、ずぶ濡れになったのとは別の水滴が滴る。
ぽろぽろと次々に溢れてくる涙を、指先で拭ってやる。
「怒ってるに決まってるだろ。けどな、そんな顔してる女の子を怒鳴りつける程、俺も鬼じゃないさ。その代わり、一つ約束しろ」
レイシアは頭上に『?』を浮かべ、赤く腫れた目でこちらを見る。
「もう、こんな事はするな。……お前がいなくなったら、誰が一番困ると思ってやがる」
レイシアは小さく首を縦に振った。
そして、俺の首に腕を回して抱きついてくる。
「……ごめんなさい」
掠れた声で謝ってくるレイシアは、やはり泣いてるのだろう。
「だから、謝るなよ」
「――ありがとう」
レイシアは、俺から頭を離すと、目をつぶって、
「……!」
キスしてきた。
レイシアの唇の柔らかな感触が息づかいが伝わってくる。それと同時に俺の左手――レイシアとの契約刻印が焼けるような熱を発する。
これは……。契約が上書きされたのか? そんな話聞いたこともないぞ。
「……ダメね、やっぱり諦められないわ」
そう言って悪戯っぽく微笑むレイシアの顔は、大輪の花束にも劣らない輝きを持っていた。
「さ、帰りましょ」
「そうだな、シエルも待ってるぞ」
レイシアをおぶって岸まで泳ぐ。
服に染みこんだ水を絞っていると、レイシアが背中に密着してくる。
冷え切った衣服に包まれているにも係わらず、体温が高い。
レイシアのこんなに大きかったか……? むにゅりと柔らかい二つの感触をなるべく意識しないようにするが、ドギマギしてしまう。
「私歩けないわ……おんぶして」
仕方ないので、レイシアを背中に乗せて歩き出す。
寮までの道を辿る最中、レイシアはずっと黙っていた。しかし、その沈黙は心地良く感じられた。
寮官はずぶ濡れになった俺達を見て目を丸くしたが、何も言わずに通してくれた。
「ただいま」
自室の扉を開けて中へ入ると、
「おかえり」
フリルで飾られたエプロンを纏って、シエルが出迎えてくる。
「あの……」
レイシアを降ろし、背中を押してやる。
言葉に詰まったレイシアを見て、シエルは何も咎めずに着替えとタオルを差し出した。
「え?」
シエルは手に持っていた物をレイシアに押しつけ、照れ隠しにそっぽを向く。
「あ、アンタがいなくなったら、誰が龍の頭を吹き飛ばすのよ。ほら、お風呂入ってきなさい。レイシアが揃わないと、ご飯食べられないんだから早くしなさいよねっ!」
そんなシエルの姿を見て、レイシアは涙をにじませる。
「……ありがとう、シエル」
「ほら、早く」
「うん」
レイシアはシエルに背中を押されて、更衣室に消えていった。
しばらくして、俺達は遅い夕食を取った。
「美味しかったわ」
レイシアが食器を置き、口元を拭った所で、俺はポケットから濡れた紙袋取り出す。そして、レイシアに渡した。
「これは……?」
きょとんと首を傾げるレイシア。
「お前の誕生日プレゼントだ。濡らしちまって悪かった」
レイシアは目を丸くしてから、水を吸った紙袋を破ってしまわない様に、丁寧に開ける。
「――っ!」
中から出てきたのは、黒いリボン。
「いつもの、古くなっただろ? ……芸がなくてごめんな。何か欲しい物があれば、今度買ってやるから――」
「ううん、これでいいわ……嬉しい」
俺の言葉を遮って、レイシアが言った。瞳から、大粒の涙を流しながら、リボンを大切そうに両手で抱える。
「ほら、貸せよ」
しゅるしゅる。
レイシアの手の中からリボンを拝借し、結んでやった。
手鏡を渡してやると、レイシアはいろんな角度から鏡を覗き込み、
「ふふ、下手な付け方……。でも、ステキよ」
ほんのりと頬に朱を差しながら、笑うのだった。




