An important thing Ⅴ
◇ ◇ ◇
私はアルクが大好きだ。その気持ちに嘘や偽りなどない。
けれど、その感情が強まっていくうちに、私はヘドロの様にドロドロとして、粘り着く何かに汚染されてしまった。
今では、もうそれが制御できない程、大きく膨れ上がってしまった。
「もう、私……自分がわからないわ」
夜空を照らす満月を眺めて呟く。
湖の中心に建つ学園の図書館。外界と図書館を結ぶ唯一の橋の上で、私は夜風を浴びる。
冷たい風が私の髪を弄び、空気を孕んだスカートがふわりと持ち上がる。
「アルク……ごめんなさい」
自然と涙が溢れた。
ずっと一緒に過ごしてきたパートナーの顔を思い浮かべると、止めどなく想いが溢れ出す。
私は、そんな大好きな人を傷つけてしまった。
――特にレイシア、今のままではアルクを殺すぞ。
ニーナが入学前に言った言葉が蘇る。
私も自分の中で蠢く黒いものを必死に抑えた。けど、アルクが新しく契約を結んだあの娘、シエルを見ていると、自分でも抑えきれなくなる。
「もう、嫌になるわ」
嫉妬に狂い、迷惑をかけ……あまつさえ、大切な人を死の危機に追いやった。
自分が嫌いだ。
「はぁ……」
星々を映して、静かに揺れる水面に視線を落とすと、自分の顔が映る。
酷い顔だ。
いつからだろうか? 私が恋い焦がれる様になったのは。
最初は、彼を何とも思っていなかった。龍を倒すために協力しあう。それだけの、関係だった。
「そっか……」
頭に付けているリボンを外し、ぎゅっと握りしめる。
そうだ……。
無愛想で、ぶっきらぼうで、いつも素っ気ないアルクが私の誕生日にリボンを買ってくれたんだ。
さりげない会話で一度しか口にしていなかった私の誕生日。アルクはちゃんと覚えてくれていていた。
あの瞬間から、興味を持ち始めたのだ。
そうしていく内に、私は彼の優しさに気づき、惹かれていった。
「もし、あの時。街の人を救い、アルクの命が危うくなっていなかったら……今頃、どうなっていたのかしら。おそらく、こうはなっていなかったでしょうね」
包帯が巻かれた手首を見て、自虐気味に呟く。
「貴方の顔なんて見たくないわ……大嫌いよ」
そんな事を言ってみても、私の涙は止まらない。
これ以上迷惑はかけたくない。アルクには生きていて欲しい。
「もうこうするしかないのよ……」
私は、橋の縁に足をかけ、夜空を仰ぐ。
「お別れよ」
それだけ呟いて、私は宙に身を躍らせる。
間もなくして、ばしゃん! と水しぶきを上げて着水した。
アルクの隣に立っているのは、私ではなくシエルであるべきだ。
これ以上、私がアルクの隣にいても彼を苦しめるだけ。
頭ではそう考えて、自分を納得させるも、胸が締め付けられる。苦しい。
私の身体はどんどんと沈んでいき、水面から遠ざかる。
「っん!」
心の痛みとは別の苦しさに襲われ、たまらず息を漏らす。
これでいい……。これでいいんだ。
私はそっと瞳を閉じ、肩の力を抜いて、絶望に身を委ねた。
薄れゆく意識の中、やはり思い浮かぶのはアルクの笑顔だった。
やり直したい。
好きと告げたい。
もっと一緒にいたい。
死にたくない。
後悔の念が溢れ出し、まだ生きていたいと願ってしまう。
でも、でも……もうそれは叶わない。
手から力が失われ、アルクに貰った大事なリボンが手元から失われてしまう。
虚しく手を伸ばしてみるが、届くわけがない――。
「……!」
諦めて、手を引っ込めようとした瞬間、誰かに腕を掴まれ、引き上げられる。
驚愕に瞳を開くと、私の大好きな人の顔があった。
◇ ◇ ◇




