An important thing Ⅰ
シエルと契約を結んだ日からレイシアの様子がおかしい。一週間ほど経過したのに、依然としてレイシアは元気が無い。
遠くを眺めていたり、溜め息を漏らす事が多くなった。
デュミナの力はメンタルに依存する部分が大きい。制御が効かなかった最近に比べ、レイシアの力は弱々しく感じる。
おかげで、シエルの制御に余力を割けるんだが……。
二重使役はといえば、二つの違った魔法が共生できるのは俺の体質による部分が大きく、意図的な制御は難しい。どちらか片方を使役する事はできるが、両方を同時に、というのはまだ無理だ。
やるべき事が山積みの状態の俺に舞い込んできたのは、クラス昇格試験。
クラスⅣの生徒を倒した事によって、俺達とセイン達の二組に試験が行われるらしい。
俺はシエルとレイシアを連れて、学園敷地内に存在する寂の森。その奥地へと足を運んでいた。勿論、セイン達も同行している。
辺りには天を突かんとばかりに大樹が屹立し、頭上を天蓋の様に木の葉が覆おっている。
そのため、昼だというのに薄暗い。
さらに、森の中には霧がうっすらと立ち籠めているので、遠くが見通せない。
試験内容は、この森に生息する魔物、二角獣を討伐し、その角を持ち帰る事だ。
「それにしても静かだね」
中型の拳銃に、ショートソード程度の刃が組み合わさった特徴的な銃。変身したレイズをくるくると回して、セインが呟いた。
「音を遮断する霧。この霧がこの森の由来だからな……遠くからの音が聞こえないってのは、奇襲されやすく、しやすい状況だ。遊んでる暇があるなら警戒したらどうだ?」
「手厳しいね。そう言うアルクは、レイシアちゃんは使わないの?」
「あぁ。この状況下なら、防御面に優れたシエルの力が適切だ。それに、レイシアの能力はお前らを巻き込みかねないんだよ」
そう言うと、俺の後ろをとぼとぼと付いてきていたレイシアが、服の裾をぐいっと掴んでくる。
何か言いたいことがあるのかと、振り返ってみるが、レイシアは俯いたままで喋ろうとしない。
「レイシアちゃん元気ないみたいだけど、喧嘩でもした?」
やはり、セインも気になるようだ。
「いや。喧嘩じゃない。ちょうど一週間前からなんだ。原因は俺にもわからない」
「一週間前……それ、シエルちゃんとアルクが契約を交わした日じゃない?」
俺とシエルが契約を交わした日……。
言われてみれば、シエルと契約を結ぶ前までは普通のレイシアだったような気がする。
「なぁ、レイシア。やきもちでも妬いてるのか?」
「そんな可愛らしい悩み……私が抱えてる訳ないでしょう?」
それもそうだな。あのレイシアだ。
恋煩いにかかって、溜め息を付いている時間があれば、ライバルの相手を泣かして帰ってくるぐらいはするだろう。
じゃ、一体なんだ?
セインの言うとおり、レイシアの様子がおかしくなったのは、確かに俺とシエルが契約を結んだあの日からだ。
シエルの魔力に干渉されて、体調でも崩したか?
などと思考に耽ってると、セインに肩を叩かれた。
「あれ、何?」
セインの視線の先。霧のせいで見えづらいが、目を凝らすと何かが横たわっているのがわかる。
「これは……」
ソレがなんなのか。姿を目の当たりにして、この場にいる全員が言葉を失った。
幾重にも枝分かれした、猛々しい角を持つ二角獣。その死体がいたる所に転がっている。
あるものは胴体が食い破られ、あるものは頭から無くなっている。
五体満足の亡骸など、一つも無い。まさに死屍累々だ。
おびただしい量の血液がまき散らされ、周囲には濃密な血の臭い。
二角獣は群れで行動する魔物。その群れごと襲われたんだろうな。
それも、ついさっき。
「まだ新しいな」
「そうね」
セインもこの現場を見て直ぐに理解したらしい。
木の根や、地面に生える草に付着した血が酸化しきってない。それに、死骸の傷口が乾いてない。
『うぅ……』
シエルが怯えた声を漏らす。
「なぁセイン」
「どうかした?」
「お前さ、龍と戦った事はあるか?」
「無いけど、急にどうしたの?」
「そうか……よかったな。これから戦えるかもしれないぞ」
さらに注意深く、周囲を観察してみると、
あった。霧のおかげで非常に見えにくいが、地面に大きな穴が空いていた。
そして、ゴゴゴと急に地響きがなり出す。
その音が、俺達に近づいていると気づく。
「セイン、後ろに飛べ!」
急な指示に反応が遅れたものの、セインは軽やかに飛んだ。次に俺はレイシアを脇に抱え、地面を蹴る。
スドォォォンッ!
刹那、俺達が数秒前までいた場所に凄まじい勢いで、巨大な何かが現れ、土煙を巻き上げる。
「こいつは!」
視界がクリアになったところで、襲撃者に視線を向ける。
チロチロと細い下を出して、俺を見下ろしてくるそいつは、蛇の様な図体をした巨大な生物。地上型、上位種の龍、コアトル種か。
「キュオォォォン!」
耳をつんざく様な甲高い咆哮が森に響く。
完全に想定外だぞ、これは。
クラス昇格の試験で上位種の龍と遭遇なんて……。ついてないにも程がある。




