レイニーブルー
――雨の日。憂鬱な日。レイニーブルー。何が起きる?
ざぁぁぁぁぁ……
「………」
外はどしゃ降りの雨模様。雨脚は弱まる気配を見せず、一層強くなっていく。
「……はぁ」
本日何度目か分からない溜息を吐く。
私は雨が嫌いなのだ。
憂鬱になるし、濡れるし。それに今日は一段と鬱になるし。
「こんな日に傘忘れるなんて……もう、最悪」
私が朝見た予報では確かに「晴れ」だったのに。あの眉毛め……
「雨、止まないなぁ。どうしよう」
どうしようもない。
雨は一向に弱まる気配を見せないし、このまま帰ろうものなら、遮るものの無い帰り道でビショビショになるのは、コレはもう必至だ。親を呼ぼうにも、あまりにタイミング悪く、今日は二人とも家には居ないし無駄だ。
最早為す術なしか……「誰か、Help me……」
「ん……?おぅ、雨宮。どうかしたのか?」
「へっ?さ、榊くん?」
私の心の声が届いたのだろうか、私にかけられた声。その声の主は、同じクラスの榊くん。
突然の事に私はちょっと慌ててしまう……だって……ねぇ?
「ん?まさか、傘忘れた?」
私が傘を持っていないことに気付いたのだろう榊くんは、少し考えるように、うーん、と呻った。そして、私が何か言う前に、んっ、と傘を差し出してくる。青い大きな傘を。
「へ?な、何?」
「傘、無いんだろ?コレ、使って良いからさ。ほら」
「え?でも、そしたら榊くんが」
「良いから。俺は濡れたって構わないし、て言うか、雨宮が濡れてるんじゃないか、って考える方が気になって仕方がないし。だからほら。体、冷やすのは不味いだろ?」
「でも、でも……」
「ほら。傘、置いていくぞ。んじゃ!」
「あっ」
そう言って榊くんは、本当に傘を置き去りに、雨の中へ突っ込もうとしている。そんなことをしたら、ビショ濡れになるのは確実だ。私の代わりに。そんなの私だって気になる。
何とかしないと……何とか、しないと……!
「あ、あの、榊くん!」
「ん?なんだ?礼ならいらないぞ」
「そ、そうじゃなくて。え、えーとね?……ごにょごにょ」
「ん?え、雨宮、それって」
「う、うん。こんなのどうかな……?嫌、かな?」
「嫌じゃ、無いけど。雨宮はいいのか?」
「う、うん。そ、それじゃあ」
「お、おう」
そして私達は、更に強くなっていく雨の中に飛び込んでいった……うぅぅ
*
「……」
「……」
…………。
「…………」
「…………」
「……うぅ」
気まずい。何も考えずに、勢いで提案したけど。
〝相合傘〟って、本当に、恥ずかしい……
「……なぁ、雨宮」
「ひゃ、ひゃい?!」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。それより、何?」
「あぁ……そっち、濡れてないか?」
「え?んーと、大丈夫だけど。榊くんこそ、肩濡れてるけど、大丈夫?」
「ん?お、ホントだ。気付かなかった」
「ごめんね?」
「何で、疑問系?と言うか、何故謝るんだ?別に何もされてないけど……何かしたのか?」
「いや、何もしてない、けど……でも、私のせいで榊くんが」
「あぁ、そういうことね。まぁでも、雨宮がこうしよう、って言ってくれなかったら俺、今頃びしょ濡れだし。謝ることなんか無いぞ。それよりか、こっちが謝りたいくらいだ」
「え?でも、そもそも私が傘を忘れなかったら」
「いや、それはそれで困るかもな、うん」
「へ?それって、どういう」
「えっと……俺、雨って嫌いなんだよね」
「え……あ、雨か」
ちょっと、焦っちゃった……何でかは言わないけど。
「そ、雨。雨ってさ、何だか落ち着かないから……ざわざわって」
「ざわざわ……うん、わかるかも」
「だろ?でさ、いつも雨のときは、傘差しながら憂鬱な気分で居るんだけど……今はちっともなんだよな」
「え?」
「いや、何て言うか、落ち着くと言うか……兎に角、今は憂鬱さが皆無なんだよ。だから、もし雨宮がいなくて俺一人だったら、沈んだ気持ちで居ただろうから……って、あれ?俺、何が言いたかったんだっけ?」
「何で私が傘持ってたら、困ったか、じゃ無かったかな?多分」
「あぁそうだった。まぁつまりは、雨宮が傘忘れてなかったら俺一人じゃん?それは嫌だなって事」
「ふーん……そういうこと。でも榊くん、それって」
誰でもよかったんじゃ……?そう訊こうとして、でも寸でのところで全力で踏みとどまる。冷静になれ私。何を訊こうとしてるんだ。意味が分からないじゃないか。何を恥ずかしい事を訊こうとしてるんだ……
「どうした、雨宮?」
「え?あ、えと、その、なんでもない……」
突然声を切った私に、榊くんは不思議そうに尋ねてくる。私は思わず答えそうになるが、また全力で踏みとどまる。耳元で〝言っちゃえよ〟って悪魔が囁いてくるけど、全力で無視してやる。悪魔なんて知らない。私は天使なんだ(!?)!言ってしまうわけにはいかない……言ってしまうわけには。
こうして、自分の中で密かな戦いを繰り広げている私を、何度か不思議そうに見た後、榊くんは一つ微笑んだ。そして、ポツリと言うのだ。
「雨宮って、ホント面白いな」
「え、お、面白いって……何かしてた、私?」
「いや、何もしてないけど……見てるだけで楽しいよ」
「あ、そう……ありがとう」
「どういたしまして。……もしかしたら、雨宮だからかもな」
「え?何?」
「いや、何でもない。それより、もう駅だぞ?」
「あ、ホントだ。もう……」
「さて、んじゃあ俺は行くけど……後は一人で大丈夫か?」
「うん。大丈夫。一人で……大丈、夫」
「そうか。なら俺は行くぞ。電車乗る前に、傘買っとけよ?この先で濡れたら意味無いからな」
「うん。ありがとう」
「んじゃ俺行くわ。さよ……またな」
「あ……うん!またね!」
「ん。んじゃ」
そう言って、駅とは反対方向に歩いていく榊くん。つまりは元来た道を戻っていて……と言う事は、榊くんは駅まで来たら、遠回りという事で……なんだか申し訳ない。
「…………」
去っていく榊くんの背中を見ながら私は、何だか物足りなくなる。何か足りない。何かが……
……気付けば私は、榊くんの背中に叫んでいた。
「榊くん!」
「ん?どした、雨宮?」
「そ、その……また、雨とかで嫌な気持ちになったら……なったら!」
「……あぁ!そのときはまたヨロシクな!」
「う、うん!!」
そういって今度こそ榊くんは帰っていく。私はその背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていたが、すぐに気を取り戻し(周りの視線に耐えれなくなって)改札へと駆け出した。私の顔は多分、赤い。
「あれ?雨が……あ、虹」
気付けば雨はもう上がっていた。道理で何処も濡れていないわけだ。ふと、榊くんが去っていった方を見ると、空には虹が掛かっていた。ハッキリと。それはもう、力強く。
「……よし!帰ろう!」
そして私は、今度こそ改札へ駆け出した。
……私は、雨は嫌いだ。でも、こんなことがあるのなら……
「嫌じゃ無いかも!」
さて、明日の天気は、なんだろな?
雨宮…結構人気のある、可愛いタイプ。(その事を自覚してない)
榊…かなり人気のある奴。上の下くらい?