雪時々吸血鬼
「いやあ俺吸血鬼なんだよね。」
「は?」
家の近くの公園で。なぜかこの冬真っ只中の1月に。半袖Tシャツに短パンという。素晴らしく季節と気温と空気を無視した行き倒れ男を拾って帰り、とりあえずとレンジで暖めたホットミルクを渡した瞬間言われた言葉がそれだ。
「いやあ俺吸血鬼なんだ。」
ついさっきまで死にそうな顔して公園のベンチに平行に突っ伏して倒れていた。くせに。
「ふうん。じゃあこれいらねえな。」
「ああああ飲む飲む飲みますごめんなさいっ!!」
ちょっとコンビニ、と。それだけなら暖房切らなくてもいいかと点けっぱなしで出ていた暖かい部屋に運んだ瞬間。
「は~・・あったまるねえ・・」
元気一杯あん〇んまんとばかりに復活した男。
「ふうん。」
吸血鬼って変温動物なのかな。俺の頭にまず浮かんだことはそれだった。
見ているこっちが寒いと、半ば無理矢理着せた俺のシャツにセーターにデニム。俺もそう背が低い方ではないのにどれも少しずつ短いことがむかつくが、まあ着れてよかったとのんきにテレビを見ている自称吸血鬼に話しかける。
「あんた、何であんなトコで行き倒れてたの。」
「ああ俺ねー寒いのダメでさあ、どうしても冬は引きこもりがちになるんだけど今年は家なくしちゃってねー。」
あはははとテレビに笑っているのか話に笑っているのか。判然としないながらも一応答えが返ってきた。
「今年は?」
とりあえず気になったところを訊いてみる。訊きつつも俺はさっきコンビニで買ってきた肉まんとおでんをごそごそと袋から出しかぶりつく。それに気付いたのか自称吸血鬼が犬や猫ならぴょんと耳を立てたであろうリアクションをしてずうずうしくも狭い炬燵に入ってきた。
「そう。今年は。いやあ参ったよねー、昨今の不況の嵐!百年に一度とか言われてるけどさー。俺こんな不況経験したの2回目だよ全く。」
喋りながら今しもよだれを垂らしそうな勢いで俺の食っている肉まんとその手前で湯気を上げるおでんを凝視しているから。
「・・・食う?」
そう声をかけてみればさも嬉しげにいっただきまーすと牛筋に箸をのばした。
「つか、2回目?あんたいくつ?」
肉まんともうひとつ買った中華まんを差し出すときららんと音が聞こえてきそうな顔をして受け取りがぶりと勢いよく噛み付いた。吸血鬼って雑食?
「ほう。ひはいめ。おへひゃんひゃふひゃんひゅうひひゃい。」
「・・・食い終わってから言え。」
「・・・っくん。そうそう、二回目なんだよねえ。俺昨日で三百三十二になりましたっ」
「ふうん。じじいどころじゃねーな。」
こんにゃくをつつきながら思ったままを言えば。自称吸血鬼はちょ、こんな美青年に向ってじじはないでしょじじいは、と牛筋の串を持ったままご立腹とばかりに手を振り回している。まあ確かにじいさんはこんな怒り方しねえな。むしろガキか。
「おい、危ねえ。串置け、汁が飛ぶ。」
「あ、ごめん。」
「んで?自称吸血鬼の自称御歳三百オーバーの自称美青年は何で公園のベンチと仲良くおねんねしてたわけ?」
コンビニおでんを男二人でつつくというむなしい情景の中、自称吸血鬼は今度は卵を一口で食ったらしくもごもごと何か言っているようなただ租借しているような。
「・・・・食い終わってから言えよ。」
「もい。」
こくんと頷いたそいつに俺これじゃあ母親みてェじゃねえかよと内心溜息を吐いた。
「んで。由緒あるはずだったらしいロッククロウ・ディアレフトリヒト・ディクトリアスⅩⅥ世さんは。吸血鬼だとばれないように時々場所を変えながらその国その土地で生活していたが今回の不況の波に負けて勤め先だった某大手企業からリストラされ、それまで住んでいたところはひっそりと血をもらうために女のひも状態だったため自分の家はなく。しかもリストラされたことが原因かどうかは知らないが先日その女の家も放り出され他に行く当てもなかったからとりあえず公園に行ったら空腹で倒れた、と。」
ぱちぱちぱちぱち。
おでん食ったり風呂入ったりと間にいくつか挟みながらやっと聞き出した内容の要約である。風呂上りに渡したトレーナーに着替えたやつはのんきにぱちぱちと手を叩き炬燵には蜜柑という最早使命感すらあるそれをもすもすと食いながら俺の渾身の要約を聞いていた。
「すごいねえ十夜くん。俺の支離滅裂な話をきれいにまとめてくれたねえ。」
にこにこと蜜柑をほおばるロッククロウ(略)に、話下手なの自覚してやがったのかとぴくりと青筋が立ちそうになる。まあ三百年も生きてりゃ否が応でも内省性は高くなるか。
「んで。とりあえず倒れてたから拾ったけど。お前、どうすんの。」
出てってくれればありがたいことこの上ない。
「うーん。でもリストラされちゃったしなあ。家もないしねえ。頼れる親族もこの近くにはいないしー。うーん。」
「・・・・・・・・・。」
蜜柑の甘酸っぱさが程遠い。味のしない蜜柑を租借していると携帯が振動している。光っている表示を確認しうーんうーんとうなっているロッククロウ(略)は放置し通話ボタンを押す。
「おう、千壽。・・・・・・・は?・・・・・・・・・は??・・・・・・・・・。・・・・・お前も大概・・・変なことに巻き込まれるな・・・。・・・・・・ああ。そう・・・。・・・・あー、今悪ぃな、ちょっと吸血鬼拾っちまって。ん?ああ大丈夫大丈夫。血ぃ吸われたわけじゃねえから。・・おう。・・・ああ、またな。」
ぴ。と。大学に入って知り合った友人との電話を切って顔を上げると。
「・・・・何。」
真面目な顔をしたロッククロウ(略)の顔が至近距離にあって若干引いた。
「今。俺のこと言った?」
「うん?ああ、言ったなあ。吸血鬼なんだろ?ロッククロウ・ディアレフト」
「ロウで良い。」
本名全部言いかけたら突っ込まれた。愛称なのか。まあ俺もその方が楽でいい。
「問題あったか?」
首を傾げて訊けば。
「大有りだようっ!!」
NO!とばかりに両手で頭を抱え仰け反る。それはどこ風なリアクションなんだろう。そのままの体制で数秒止まった後、がばりと勢いよく頭を戻し俺に詰め寄った。
「大有りだよ十夜くん!!だって今この現代に吸血鬼が生存してるなんてことが知られたらどうなると思ってんの!!一族郎党捕まってもれなく解剖されて研究されてそれでマニアなひとたちに長寿の秘訣とかを根掘り葉掘り訊かれちゃったり忌み嫌われている種族だから十字に結ばれた木の杭とかで心臓貫かれて大量虐殺みたいなことになるじゃないかっ!!」
魔女狩りかあってぐらいにひどいことになるに決まってるじゃないかっ!!
そう一息に言うとさすがに息が切れたのか。ぜえはあと肩で息をしながらロウはぐったりと炬燵の机に頭を伏せる。俺もその勢いに押されて思わず引いていた身を戻し、ああなるほどと上下するロウの頭を見た。
「まあ、ダイジョブじゃね?」
言った瞬間何を悠長な!!と鬼の形相、いや、吸血鬼の形相?でロウが顔を上げる。俺は再び引きながらも、
「大丈夫だと思うぜ、さっきの電話、千壽ってやつなんだけど。まあダチなんだが、あいつも大概変なことに遇うやつだから。さっきもなんか面倒があったみたいだし?んな言いふらすやつじゃねえよ。」
だからそんな気にすんなよ。
言えばじとーっと効果音が聞こえてきそうな顔で俺を睨む。あのなあ。
「つうか、だったら何で俺に言ったんだよ。」
「へ?」
「自分が吸血鬼だって。」
「!!?」
何その今気付きましたみたいな顔。つうか今気付いたのか。実は阿呆なんじゃないかこいつ。三百年生きてて。いや、逆に生き過ぎてぼけたとか?
俺がそんなことを考えてるとは露知らず。ロウはあっち向いたりこっちむいたり首から上を世話しなく巡らせ言い訳か何かを考えているようだ。しかし首から下はすっぽりと炬燵に収まっているところを見るとどうも出て行くという選択肢は皆無らしい。
「いいいいや、ほら、俺もさ。ちょっと仮死状態手前までいっしゃってたからさ。ほら、ね。ハイテンションになっちゃってたんだよ、ね。だからついぽろっと・・」
「ぽろっとってレベルじゃなかったぞ。訊いたら言いなおしたしな。堂々としたもんだ。」
「うあおうああおおおう」
しどろもどろもいいとこだ。俺はその様子がおかしくなってついに噴出してしまった。
「ぷっ、あっはっはっはっは」
「ちょ、ちょっと十夜くん・・・?」
びくりと肩を震わせて上目遣いでロウが恐る恐るといった感じで俺を見る。そこで俺は初めてロウの眼がほんとうは灰色なのに気付いたんだが、このときの俺はおかしさの方が勝っていた。
「んな、真剣に考えなくたって構わねえよ。どうせ行くあてもねえんなら、しばらく俺んちに居ればいいしな。一人暮らしのアパートだからご覧の通りの狭さだが。」
「えっ。」
きょとん、と。思わず伸びた背で炬燵から久しぶりに首から下が出る。驚くロウに俺はひらひらと手を振り隣にあるベットに入りながら欠伸をかみ殺し。
「まあ居るんならそれなりになんかやってはもらうけど。リストラされたってんなら金はねえんだろうし。しばらくは俺が出すからよ。」
「あ、ううんお金はあるから俺出すよ。」
「はあ?」
その答えに壁を向いて寝ていた俺はごろんとロウを向きなおす。
「あ、ほら、一応俺勤めてたの大手だったから給料良かったんだよ、それに家借りてなかったからあんま使わなかったし。それにここ百年くらいは日本にいたからそれまでの貯金も・・」
「・・じゃ、何で家借りるか買うかしなかったんだ?ヒモ解雇されたときに・・」
金があるなら住むトコくらい。そう思って訊いたのだがそれにもロウはきょとんとして。
「あー・・、だってほら。俺吸血鬼だから。入ったことのない家って招かれないと入れないんだよね。」
「・・・内見すれば招かれたことになるんじゃねえの?」
「!!!!!」
今気付いたのか・・・。
阿呆だ。思わず半眼になった俺にロウは真っ赤になってあううだののおだの言い訳を探している。阿呆だ。何百年生きようがきっとこいつはこんなだったに違いない。俺はくああと欠伸をして寝返りをうつ。
「まあいいや。金があんなら家賃だの生活費だのの半額。それでしばらく居たらいいさ。出て行きたくなったら出てってくれて構わないから。」
「ほんとっ?いいの?」
背中から聞こえてくる嬉しそうな声にぱたと手を上げもぞもぞと俺は布団に身を沈める。
「あー・・、悪ぃが今日は炬燵で寝てくれ、テレビとか電源切っといてな。」
それだけ言って俺は睡魔に誘われるままに目を閉じた。
「おやすみ、十夜くん。」
薄れていく意識の中できいたその声に、おやすみ、と。言葉として発せられたのか発せられなかったのか。そう思ったときには俺はもう夢の中へと足を踏み入れていた。
そうして俺は。しばらくこのおかしな吸血鬼と生活を共にすることになる。友人の面倒に巻き込まれたり、吸血鬼の面倒に巻き込まれたりと。
全く騒々しい日々に笑いながら。
いやあ。3年前に書いたものなんですけどね。
それを訂正もなしに放り込みましたけどね。
3年前に書いたものなのに、
・・・今とたいして変わってねえなとなんだかなあでございますよ(--)