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12/07 Tue.-3

「何故、私があのような仕打ちを受けねばならぬのだ!」


 後部座席のアオイは、まったく怒り冷めやらぬ様子だった。


 それもそうだろう。


 紳士的な話し合いをするはずだったのが、その相手から非好意的な反応をされただけではなく、蹴り飛ばされたのだから。


 友好条約を結びに来た大使が、撃ち殺されるようなものである。


 プライドの高さで言えば、どの方面でもエベレスト級のアオイにしてみれば、耐え難い屈辱のはずだ。


 まったく。


 怒りたいのはソウマの方だった。


 それは、アオイへの仕打ちについてではなかった。

 あの、馬鹿野郎の馬鹿発言のせいである。


 教授やシュウからこの話を持ちかけられた時、最初は「無理ですよ」の一言で、彼の気を削がせようとしていた。


 けれども、ソウマは考えたのだ。


 この事件が、カイトにとっていい刺激剤になるのではないかと。

 内容が内容だけに、『結婚』とかいう言葉を意識させるには持ってこいだ。


 だから、こんな実現する可能性のない茶番に付き合ったのである。


 なのに。


「まだ、大学時代の時の方が文明人だったぞ」


 今や、野蛮人に成り下がったかのような発言をアオイはした。


 確かにそうだ。


 しかし、それはソウマにとっては悪いこととは思えなかった。


 大学時代のカイトは、本当に好きな女がいなかったのである。


 今頃になって、そんな女と出会ってしまったのだ。

 その事実に、ソウマは最初は喜ぶだけだった。


 だが、時がたつにつれ、首をひねるような事実にぶつかるのだ。


 一緒に住んでいながら、カイトとメイは心を交わしてさえいないのだ。


 いくらカイトが不器用なヤツだからとは言え、異常な事態である。


 あの、欲しいものは絶対に手に入れる男が。


 だから、お節介とは分かっていながらも、ソウマは首を突っ込まずにはいられなかったのである。


 お互い思い合っていないのならともかく、どう見てもあの2人は問題ナシだ。


 見ている方が、イライラするくらい。


「聞いているのか、ソウマ!」


 不平不満を聞き流されているのではないかと、アオイが彼の意識を引っ張り戻そうとする。


「勿論、聞いています…しかし、教授があんなことを言うからですよ」


 カイトをキレさせた一言を言ったのは彼だ。


「何のことだ?」


 しかし、当のアオイは一向にそれに気づいていない。


 彼は、カイトが何よりも大事にしているだろうメイについて――


「彼女のことを使用人扱いしたからですよ…」


 ため息と共に、それを口にする。


 これは、カイトも悪いのだ。


 彼女を堂々と自分の女だと言えないからこそ、あんな発言に言い返せずにキレたのである。


「何を言う!」


 しかし、鼓膜をつんざく怒声が響いた。

 キーンと、耳の中を飛行機が飛ぶ。


「電話をかけた時に、あの者が自分で言ったのだぞ。『家政婦です』と! 私は、あの声は忘れておらん! 間違いなく、あの女性のものだ。家政婦と言えば、使用人のことだろう!」


 フン。


 私は悪くない。


 ミラーで見ると、後部座席でそっぽを向くアオイの姿が見えた。


 はぁ。


 それにはソウマも深いため息をこぼした。


 そうなのだ。


 問題は、カイトだけではないのである。


 彼女の方にも問題があるのだ。


 いや、やはりこれは、はっきりしていないカイトが悪い。


 彼女の立場を中途半端にぶら下げているから、電話でそんな風に自分のことを言うのだ。


 今日の一件が瓢箪から駒になって、あの2人の関係を進展させればいいと思っていたのに、カイトときたら。


 何が、絶対結婚しない、だ。


 忌々しい発言である。


 あれを、メイの目の前で怒鳴りちらしたのだ、あの男は。


 好きな男の口からそんな言葉が出たら、誰だってショックを受けるだろう。


 それが、片思いだと本人が思っている場合は、尚更絶望的な発言である。


 そんなヒドイことを言った自覚が、しかも、あいつにはないのだ。


「「まったく…信じられん」」


 その言葉は、2人の口から同時に飛び出した。


 意味は、まったくもって違う方面だったが。


 ※


「あなた…?」


 報告を、楽しみにしていたのだろう。


 帰るなり妻が玄関まで出迎えてくれたが、ソウマの様子に足を止める。


「だめだ、だめだ…まったく、あいつは話にならん」


 上着とネクタイを乱暴な手つきでひきはがし、彼女に渡す。


 この不満を、唯一分かち合える相手でもあった。


 シュウじゃ話にならないし、アオイには説明する気も起きない。

 説明した途端、余計にカイトの株を下げるだけだ。


 あの教授が、色恋について寛大であるとは思い難かった。


「教授の見合い話を断ることは、最初から分かっていたが…よりにもよって、彼女の目の前で『オレは絶対結婚なんかしない!』と怒鳴ってくれたよ」


 そのまま居間のソファにどかっと身を投げ出しながら、ソウマは天井を仰いだ。


「まぁ…」


 ハルコも、眉を寄せて。


「進展するどころか、後退もいいところだ…やれやれ」


 頭が痛い。


 ハルコがコーヒーを入れてくれる。

 ソファから身体を起こして、そのカップを掴む。


 呆然としたままのメイが甦って。


 彼女は、トレイを持ったまま立ちつくしていた。

 あの話の展開に、全然ついていけてないようだった。


 それもそうだ。


 カイトに、見合いが来たことさえ知らなかっただろう。


 その件だけでもショックなはずだ。


 大体、あそこにメイが現れるのは計算外だったのである。


 あくまで彼女はカヤの外に置いておくつもりだったのに。


 シュウが。


 あの副社長にも問題があった。


 今回の見合いの相手は、資本家の娘である。


 資本家―― それがシュウのアンテナに引っかかったのだ。


 ソフト会社が一番持っていないもの。それが資本力である。


 資本金などほとんどなくても会社が始められるのだ。

 裏を返せば、裏付けのない力ということになる。


 一度失敗したら、後がないということ。


 シュウは、その会社の弱点を補強しようとしたのである。


 電話でシュウと話した時、『私だったら、結婚しますが』と彼は言ったのである。


 それならお前が結婚しろ、と思ったが、きっと相手の女性も幸せにはなれないだろう。


 シュウの表現でいけば、まるで札束と結婚するようなものなのだから。


 とにかく、アオイの話を一番歓迎していたのはシュウだ。


 だから、わざわざお茶まで用意させようとしたのである。


 不測の事態の連続に、ソウマの予定は全部メチャクチャになった。


「オレは、もう知らんぞ…付き合いきれん」


 したたかコーヒーを眺めた後、ぼそっとそう言った。


 半分は本気だったが、もう半分は言葉通りには出来ないだろうと分かっていたけれども。


「あなたったら…」


 そんな彼のことを、理解しているのだろう。

 ハルコが、苦笑しながら隣に座ってきた。


「きっと大丈夫よ…うまくゆくわ。あんなに思い合っているんですもの…ね?」


「カイトが片っ端からブチ壊してるのに、いつまで彼女が我慢してくれるか…」


 妻の笑顔になだめられても、今日のソウマはまだ立ち直れそうになかった。

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