12/06 Mon.-5
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受話器を置いたメイは、9時くらいまで彼を待ってしまった。
あと10分だけ待ってみよう、あと5分だけ、あとちょっと―― そんな風に待っていたら、9時なんてあっという間だったのだ。
これ以上、食事をせずに待っているところが見つかったら、きっとまた怒鳴られるのではないかと思い、しょうがなく食事を始める。
お仕事…忙しいのね。
そんなにおなかが空いていると感じなかった。
おいしいとも思えなかった。
静かすぎて気味が悪いくらいだ。
思えば、この家に来てから一人きりで夕食を取るということはなかった。
これが初めてだ。
いつも、カイトがそこにいて。
向かいの席を見る。
ラップをかけた彼の分の料理が置いてあるだけだ。
ちゃんと、気づいてくれるかな。
帰ってきて、ちゃんとここで食事を取ってくれるだろうか、と心配しているのである。
もし気づいたとしても、温め直したり―― しないだろう。
そう思うと、気がかりでしょうがなくなる。
どうせなら、おいしく食べて欲しかったのだ。
バカみたい。
慌てて、メイは自分の思考の流れをうち切った。
外で食べて来るのかもしれない。
こんなに遅くまでの仕事なのだから、それくらいありえる。
それに、カイトは子供というわけではないのだ。
ちゃんといままで生きてきた男の人に、そこまで手をかけて構う必要はないのに。
でも、気になるのだ。
しょうがない。
それが、恋とかいう代物なのだから。
後ろ髪を引かれながらも、後かたづけを終えて部屋に戻る。
10時になった。
お風呂に入る。
11時になった。
車が入ってくる音がしたので見に行ったら、シュウが帰ってきたところだった。
階段を降りてきたところで、カイトがいないことが分かる。
彼は、ちらりとメイを横目で映しただけで、自室の方へ向かってしまった。
まだなのね。
彼にお帰りなさいも言い損ねたことに気づかないくらい、自分が落胆しているのが分かった。
でも、シュウが帰ってきたのだから、カイトだってそんなにもう遅くないはずだ。
そう確信して、階段のところに座り込んだ。
廊下はシンと冷えているので、手足もお尻もすっかり冷えるくらいまで待ったけれども、彼は帰ってこない。
「クシュン!」
そのクシャミが、タイムリミットを告げていた。
ここで、もし風邪でもひいてしまったら、明日から余計に迷惑をかけてしまうと思ったのだ。
しょうがなく、彼女は部屋に戻った。
布団の中にもぐりこんで電気を消す。
しかし、眠くなかった。
丸くなって体温を取り戻しながら、ずっと気配を外に向けていた。
バイクが帰ってくる音を拾おうと思ったのだ。
そうしている内に、布団の中でだんだん身体があったかくなる。
あったかくなったら、意識がトロンと―― すぅーっっ。
メイの意識は、地下へのエレベーターに乗せられてしまった。
※
はっ!
彼女はビックリして飛び起きた。
いま、自分が眠っていた事実に、いきなり気づいたのである。
がばっと布団から起きると、方向の定まらない手で枕元の電気をつける。
目をしばたかせながら時計を見た。
1時半だった。
カーディガンに袖を通しながら、メイはベッドを降りて部屋を出た。
もう帰ってきて眠っているかもしれないカイトの部屋の前を、そぉっと通り過ぎ、階段を駆け下りる。
目標は、ダイニングだった。
通りすがりに電気をつけながら進む。
でないと、怖くてしょうがないからだ。
しかし、暗いのが怖いからと言って、行動を明日の朝へ延ばせなかった。
ラップをかけられた料理の行方が、気になってしょうがなかったのだ。
ダイニングのドアを開けて、手探りで電気をつけて。
迷うことなく、カイトの席を見る。
あっ。
寒さにも関わらず、全身がほーっと安堵したのが分かった。
テーブルの上が空っぽだったのである。
置いていた皿がなかったのだ。
しかし、何もないワケではない。
メイが近寄ってみると、テーブルの上にはキャベツの千切りの破片や、フライの衣の破片が落ちているのだ。
間違いなく、カイトが食べた証拠である。
シャーロックホームズのような気分で、その様子を確認した後、調理場の方へと進んだ。
電気をつけると、シンクの回りは水浸しだ。
彼が、そんなに遠い昔じゃない時間に、ここで皿を洗ったせいだ。
それに、クスッと笑ってしまった。
カイトが仏頂面で作業をしている姿が、目に浮かぶからだ。
とその時、違和感のあるものが映って目を止める。
水たまりの端の方に、銀色の何かが置いてあった。
時計だ。
銀色の、どう見ても男物のアナログ時計。
多分、カイトのだろう。
彼の時計をマジマジと見る機会はなかったが、アナログなのは意外だった。
もっと高機能の、デジタル時計のイメージがあったからだ。
どきっ。
カイトの手首に、この銀時計がはめられているところを想像すると、胸が高鳴る。
やだ。
ちょっと熱くなった自分の頬を押さえながら、時計を救出する。
明日の朝まで預かろうと思ったのだ。
シンク周りの水たまりを台拭きでふき取ってから、メイはまた一つずつ電気を消しながら部屋へ戻り始めた。
廊下に出る。
階段を昇る。
二階の廊下を歩く。
自分の部屋のドアを――
ガチャッ。
メイは、その音に動きを止めた。
ちょうど、手をドアにかけてはいるけれども、まだ開けてはいない。
だからその音は、彼女の部屋のドアではなかった。
えっと顎を横に動かすと、頭にタオルをひっかぶったままの身体が出てきたところだった。
ドキーン!
まさか、もう今日は会えないだろうと思っていた相手だっただけに、驚きに心臓が跳ね上がった。
「あっ…」
何を言おうと思ったワケではない。
慌てた心が、その声を飛び出させてしまったのだ。
階段の方に行きかけたカイトの身体が止まる。
そうして、振り返った。
驚きの、顔。
「あっ、あのっ…その…」
メイは慌てた。
彼を待って起きていたワケではないのだと、いますぐにここで言い訳をしておかないと、怒られそうな気がしたのである。
その時、いま自分の手の中に時計を持っていることを思い出した。
これを渡して、カイトの注意の方向を変えようと思ったのだ。
「あの…時計…」
慌てて近づいて、彼にそれを差し出す。
はめて欲しい―― などと彼にいま言うのは、変だ。
けれども、その時計をしているところを見たかった。
明日の朝、注意して腕のところを眺めようと心に誓う。
しかし、眉が顰められた。
時計を届けた彼女を、余り歓迎していないようである。
「おめー…」
怒鳴りたそうな口元になったので、『何故?』と思いかけて、はっと気づいた。
そうなのだ。
この時計をメイが持っているということは、調理場まで行ったという証拠なのである。
こんな真夜中に。
何か仕事をしてきたと思われたのだ。
「あ、別に仕事なんかしてませんから…お皿はきちんと洗ってありましたし…あっっ!」
メイは口をふさいだけれども遅かった。
ああもう、私のバカぁ。
時計を持ったままの手で口を押さえ、情けない眉になってしまう。
好意でお皿を洗ってくれているのは知っているが、きっと彼はそれを言及されることを好まないだろうと分かっていた。
にも関わらず、言ってしまったのだ。
「ご、ごめんなさい…」
穴があったら入りたい気分で、彼女はシュンとしたまま時計を差し出した。
とりあえず、これだけは受け取ってもらわなければならないのだ。
「…明日は、朝メシはいらねぇ」
大きな手が時計を受け取る。
ふーっと長いため息と共に。
「え?」
まさか、朝食のキャンセルを申し渡されると思っていなかったメイは顎を上げた。
顰めっ面のカイトは、時計を持ったままの手で、頭の上のタオルを取っ払った。
濡れた焦げ茶の髪が現れる。
「早く出るから、メシはいらねぇっつってんだ」
「あ、早くって何時でしょうか? それに合わせて…」
彼の言葉に、メイは活動時間を調整しようとした。
それくらいは簡単である。
しかし、カイトの顔はますます歪む。
全然、その言葉を歓迎していなかった。
「いらねぇ」
もう一度、突きつけるようにそれを言った。
「そう…ですか」
朝食の用意もダメ。
ということは、彼の手首の時計を確認するどころか、ネクタイを締めるという儀式すらダメだと言われているような気がした。
寂しくなりながらも、これ以上強く要求することも出来ずに立ちつくした。
カイトは、そのまま部屋に戻ろうとした。
彼は、調理場に時計を忘れたことを思い出して、取りに行こうとしていたのだろうか。
「明日は…」
カイトは部屋に入ったけれども、まだドアは閉ざされていない。
その隙間の向こうから声が聞こえる。
メイは、はっと顔を上げた。
しかし見えたのは、ドアを閉めようとする腕だけ。
「明日は…9時より早くは起きるな」
バタン。
捨てゼリフを残して、ドアは閉ざされた。
え?
メイは、ドアをじっと眺めてしまった。
9時より早くは?
それより早く起きたら、ダメなの? 何故?
その答えは、考え込みながら自分の部屋のドアの前に来たところで出た。
あっ。
翻訳完了。
頭の中のメッセージが告げる。
こんなに遅くに起きているメイの睡眠時間のことを―― 多分だけれども、それを心配してくれたのだ。
明日の朝、朝食の準備をするために早起きをするのは大変だろうから、9時より早くは起きるなと。そう言ってくれたのだ。
あぁぁぁぁぁ。
ぽーっと身体が熱くなる。
こんな優しくて、ヒドイ話はなかった。




