12/05 Sun.-2
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食事の時間はいつも静かだ。
カイトの方を見ると、一心不乱に食事をしている。
よっぽどおなかがすいていたのだろう。
メイは、お茶碗を持ってご飯を口に運びながらも、ちらちらと彼を見ていた。
こうしてみると、まるでやんちゃな男の子のようだった。
とても、会社の社長の食べ方とは思えない。
そういうのを見ると、ほっとする。
お金も持っていて、こんな家も持っていて、パソコンも扱えて、会社の社長で―― この条件だけを並べると、とんでもなく近寄りがたい人に思えるのだ。
実際、近寄りがたい人間なのだろう。
それは、本人の性格的な要素が大きかったけれども。
しかし、ご飯を食べている姿は、『うめー』と顔を顰めていう姿は、何となく中学生のようにも思えた。
きっと、家でもこうだったのだろう。
メイは、そんな空想を馳せていた。
ハシを口の前まで持ってきたまま考えこんでいたのを、自分で気づかなかった。
ふっと向かいの食べる音が静かになったのに気づいて、はっと焦点を合わせると、カイトが怪訝そうにじっと見ていたのだ。
恥ずかしくなって、急いで口の中に冷え切ったほうれん草を押し込む。
ガタッ。
カイトは立ち上がって。
何をするのかと目で追ったら、そのままジャーに向かうではないか。おかわりをしているのだ。
嬉しさに目を細めようとしたメイだったが、ふっとあるものに目を止める。
カイトは―― 彼は、口の横にご飯つぶをつけていたのだ。
あっ。
メイは、瞬きをして確認しなおした。間違いない。
彼の口の横には、白いご飯つぶがくっついている。
そんな可愛い失敗をするような人には思えなかったので、すごい親近感を覚えた。
カイトが前よりももっと近くに来たような気がする。
嬉しさに微笑んでしまいそうになった。
ばか。
しかし、すぐに慌ててそんな自分を叱咤する。
早く彼に教えてあげようとした。
けど、指摘されるのはイヤかも。
だけど、このままずっとくっつけていたら。
すぐに気づくかなぁ。
どうしよう。
メイは、彼に伝えるタイミングを計ろうとしては口をつぐんだ。
そのまま2分が経過して―― やっぱり言おう! と心に決めて顔を上げた時。
ピンポーン。
そういう音がした。
動きを止める。
呼び鈴の音だ。
誰か来たのである。
彼女は、慌てて視線をさまよわせた。
カイトの後ろの方にあるドアを見たのだ。
誰もそこにいるはずなどない。
お客は玄関に来たのだから。
どうしたらいいんだろう。
カイトを見ると、相変わらず食事を続けている。
最初から、チャイムなど聞こえていなかったかのように。
これは、メイが出るべきなのだろうか。
彼女が腰を浮かせかけた時、ギロッと睨まれて。
慌てて椅子に戻った。
「ほっとけ…シュウの野郎が出る」
お茶を掴んで飲みながら、カイトは不機嫌そうに言う。
ああ。
時々、忘れそうになるが、この家にはもう一人いるのだ。
シュウの部屋から出されるゴミ袋の中には、複数のパッケージの固形食品の箱が、必ず入っている。
それが食事なのだろう。
メイは、まだ彼の部屋の掃除はしたことがない。
ハルコも、ほとんど掃除の必要はないのだと言う。
それどころか、触っては行けない聖地がたくさんあるので、メイは入らない方がいいだろうとも言われた。
確かに。
うっかり本の上下を変えただけでも、彼にはバレてしまいそうな気がする。
とても、不思議な存在だった。
シーン。
もう呼び鈴は鳴らず、静かな空間が戻ってくる。
まだ。
相変わらず、彼の口の横には。
あ、とメイはそれを思い出した。
「あの…」
声をかけると、間髪入れずに反応が返ってくる。
あのグレイの目が、まっすぐに彼女を映したのだ。
しかし、ご飯つぶが。
何だ、とカイトの目が聞く。
もしかしたら、怒鳴られるだろうかと思いながら、彼女は言おうと覚悟を決めて口を開けた。
「あの…ご…」
「よぅ!」
その声と共にドアが開いた。
突然の出来事に、はっと目を見開く。
カイトは、身をひねって後ろを向いた。
「お昼時にごめんなさいねぇ」
にっこり。
この笑顔は。
「おっ、うまそうじゃないか」
この声は。
ガチャン!
それは―― カイトが、食器を落とすかのようにテーブルに戻した音。
「すまんすまん、食事の邪魔をするつもりはなかったんだ。まさか、時間通りにお前が昼食を取っているなんて思ってもみなくてな」
昔から、そうだったろ?
2人は微笑みながら入ってくる。
ソウマにいたっては、彼のすぐ側まで近付いてきた。
「メシの最中だ」
出て行けと言わんばかりのささくれだった声で、カイトは凄んだ。
メイの方からどんな表情かは見えないが、おそらく間違いなく睨んでいるだろう。
「あら…」
ハルコが、目を輝かせた。
「おや…」
ソウマが、眉を上げた。
「お弁当がついてるぞ」
「お弁当がついてるわよ」
夫婦、2人同時の発言だった。
ああー!
メイは、きゃーっっと心の中で悲鳴をあげた。
彼女が戸惑ってしまったせいで、カイトがハジをかいてしまったのである。
しかし、それだけじゃ済まなかった。
分かっていないようなカイトの顔に手を伸ばしたソウマが、そのご飯つぶを取ってしまったのである。
ぱくっと。
カイトの背中は―― 硬直した。
「ああ…うまいメシを食わせてもらってるじゃないか」
羨ましい限りだ、と軽やかに笑うソウマ。
「まあ、ソウマったら…」
夫の方を、『困った人なんだから』という目で。
しかし、楽しそうだった。
「か…」
カイトの声は、地の底から響くようなものだった。
メイは、ギクリとした。
イヤな予感がしたのだ。
反射的に、背もたれの方に身体を引いて身構えてしまう。
「帰れー!!!!!」
窓ガラスが、ビリッと震えるくらいの大声だった。
ギリギリのタイミングで―― メイは、耳をふさぐことが出来た。