11/29 Mon.-7
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知らない男の人のベッド。
メイは、毛布の中に潜り込んだ。
知らない匂いがした。
誰かがきちんとハウスキープしているに違いない、綺麗にノリのかかったシーツ。
でも、長い間使っている人の、独特の匂いがあった。
いままで、彼女が全然嗅いだことのない匂い。
怖い。
不安もあった。
ベッドなんて、具体的な言葉が出てしまったのだ。
もう覚悟するしか、覚悟――何か……違う。
毛布のふちをよけて、そっと彼女を買った男を見た。
つきまとう違和感が、ここでようやく形になってきたのである。
何か、この人――違う。
机のところに立っている素肌の背中を見ながら、メイは思った。
何が違うんだろう。
匂い?
匂いも違う。
目?
目も違う。
言葉?
言葉なんて――全然違う。
何かが違うんじゃないんだ、とそこでメイは思った。
何もかもが、違うのである。
男と女であることを飛び越して、彼と自分は違った。
言葉なんかでは、埋められないくらいに。
不安は山ほどあるのだが、ちょっとだけ分かったこともあった。
自分にとってイヤなことを、彼はしていないのだ。
何かされる、される――呪文のように、メイは思っていたけれども、どうだろう?
いままで、自分がされたことを並べてみる。
しかし、もうとっくにされていてもおかしくないようなことが、自分の身には降ってわいていなかった。
だからと言って、カイトの意図が分かったワケではない。
ただ、知らない男のベッドの中にもぐりこんだと言うのに、本当ならブルブル震えていてもしょうがないハズなのに、ぼんやりとカイトの背中を見ているのだ。
怖く……ないの?
自分に問いかけてみる。
その答えを探ろうとした時。
ガタッ。
カイトが振り返った。
慌てて、視線をそらす。
そらすだけでは、結局彼に見られてしまうのが分かって、寝返りをうつように背中を向けた。
足音は、はっきり分かる。
彼は乱暴に歩くから。
自分の方に、近づいてきた。
やっぱり……怖い!
さっきの問いかけの答えがいきなり来る。
どんどん、ベッドに近づいてくる足取りに、メイは身を震わせた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
ドキンドキンドキンと、頭が熱くなっていく。
身体が震えていく。
いい答えが出るハズもないのに、無駄な考えを繰り返す。
ギシッ。
背中の方のベッドがきしんだ瞬間、メイは身体をビクッと強く震わせた。
頭が真っ白になる。
多分――多分、カイトはベッドに膝をかけたのだろう。
彼女は身体を固くしたまま、動きを止めていた。
ばさっ。
毛布がめくられる。
ど……どうしよう。
ギシッとまたベッドがきしんで。
今度は大きな重量が乗ったのが分かった。自分の身体の沈み方で。
彼が――来る。
背中の方から、カイトの気配がはっきりと伝わってくる。
ビシビシと音を立てて、電波のように押し寄せてくるのだ。
「クソッ……!」
しかし、聞こえたのは彼のそんなセリフ。
また、彼は苛立っていた。
メイは身動きもせずに、その声を聞く。
バサッ、ギシギシッ。
そうして。
え?
目を見開いた。
いきなり、毛布が元に戻されて、ベッドから体重が消えたからである。
びっくりして、慌てて寝返りを打った。
カイトの方を見ようとしたのだ。
彼は、何かを持ったままベッドから遠ざかるところだった。
カイトは。
着替えもしない身体で――そのままソファにひっくり返ったのだ。
あれ?
メイが、その事実の意味を考えようとした時。
カイトの手が、持っていたリモコンのようなものを操作した。
途端。
真っ暗に――なる。
いきなり暗くなったせいで、メイは何も目が利かなくなった。
え?
あ?
何で?
何で、彼はソファに転がったのだろう。電気が消えたのだろう。
頭の中に、その疑問が駆け抜ける。
ソファで――寝ちゃうの?
チン!
とりあえず出てきた答えに、自分でビックリしてしまう。
ベッドに入ろうとしたのは事実だ。
なのに、彼はそうせず、ソファに行ってしまった。
そ、そんなの……ダメ!
メイは、ガバッと起きあがった。
見えないくせに、ソファの方をじっと見つめる。
「あ……あのっ!」
この状況は、何か間違っている。
メイじゃなくたって、それは分かった。
間違い探しどころじゃない。間違いだらけだ。
何で自分が、この広いベッドを占領しているのか。
何で彼がソファで寝ようとしているのか。
「るせー……とっとと寝ろ!」
しかし、間髪入れずに返ってきた言葉は、乱暴で言い放つようなものだった。
「え……でも……」
寝ろって。
寝ろ?
寝る。
寝れば。
寝る時。
寝よう。
もしかして。
寝ろって言ったのは――最初に、彼女にそう命令したのは。
『おやすみ』ってコトだったの?
ドンガラガッシャーン。
頭の中で、自分の考えていた全ての窓が打ち割られていくのを感じた。
「でもも、ヘチマもねぇ! 寝ねーと犯すぞ!」
余りに過激な返事が返ってくる。
シャレにならない。
メイは、ビックリしてベッドの中に潜り込んだ。
そのまま、毛布の中で丸くなる。
さっきの彼の言葉が実践されるんじゃないかと思って、気配を殺していたけれども、ソファの方は全然動かない。
でも、彼の気配はそこに確かにあるのだ。
自己主張をする匂いのようなものを、カイトは持っていた。
それが、暗がりでも何となく分かって。
だから――さっきのセリフが、ただの脅しであることを知ったのである。
でも……何故?
今日は『何』ばかりだ。
いきなりベッドを明け渡されたからといって、ホイホイ眠れるハズもない。
まだ、身体中がいろんな緊張や興奮や疑問を抱えているのである。
時計を見てはいないが、もう随分遅いはず。
夜明けの方が近いかも。
それでも、メイは全然眠くなかった。
いつもなら、12時を回ればうつらうつらしてしまう生活をしていたのに。
とてもじゃないけれども、寝つけそうになった。
彼が、そこにいるのに――それも大原因だったが。
解けない疑問の糸を相手に、うまく綾取りもできないメイは、そっと吐息を洩らした。
シャツの胸に息が当たった。
そのシャツの胸に、触る。
下着をつけていないのだ。
ダイレクトにその柔らかさが伝わる手のひらを、別のものが一つ叩いた。
トクン、と。
あの人は。
メイは、目を伏せる。
トクン。
カイトって人は。
トクントクン。
一体……どういう人なの?
トクン。
名前を思った時だけ、手のひらが二回鼓動で叩かれた。