12/03 Fri.-3
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「おはよう」
朝食の後片づけが終わって、メイは自室の掃除をしていた。
そこに、ハルコが顔を出してくれる。
「おはようございます!」
元気に挨拶を返す。
今日、天気がいいので布団を干そうと思っていた。
ハルコの許可が取れたら、カイトのも干そうと思っているところだったのでちょうどよかった。
「お布団…? 勿論よ」
二つ返事である。
これで、彼に今夜は温かい布団で眠ってもらえるのだ。
おひさまの匂いのする布団で。
それを思うと、メイは楽しくなった。
自分の部屋はそっちのけで、彼の部屋の方へと向かう。
ハルコも一緒に来た。
「それで…昨日の彼のご機嫌はどうだったの?」
毎回、怒鳴られたり睨まれたりしているハルコには、いろいろ気になるところでもあるのだろう。
カイトの部屋に入りながら、そんな風に聞いてくる。
「昨日ですか? 肉じゃがをおかわりしてくれました」
記憶の中で、一番嬉しかったことを口にする。
おいしくないかと思って心配していたけれども、彼はたくさん食べてくれたのだ。
翌朝に残るかと思っていたが、結局2人で綺麗に食べ尽くした。
カイトが『うめーよ』と言ってくれると、本当においしく感じる。
だからメイも、おなかいっぱい食べることが出来たのだ。
「あら…」
ハルコも嬉しいのか、それに笑顔を浮かべてくれる。
「今夜は、何にしようか考えてるんですよ…カレー、確かお好きだったんですよね?」
昨日いろんな情報を彼女から聞いていたので、メイは笑顔で聞いた。
窓辺に近付いて、まず空気の入れ換えをしようと思ったのだ。
が。
その笑顔は、一瞬で凍り付いた。
窓の近くにあるノートパソコンの横には、まだ―― そう、まだ札束が積んだままだったのである。
カイトは、見向きもしなかったのだ。
うそー!!
声にならない悲鳴をあげながら、メイは窓に手をかけたまま硬直した。
窓を開けようものなら、風で吹き飛んでしまうのではないかという怖い予想があったのだ。
こんな無防備に、いつまでもお金を。
やっぱり怒られてもいいから、朝ちゃんと伝えておけばよかったと青ざめた。
「…どうしたの?」
そんな石膏像のメイに不思議に思ったのか、ハルコが近づいてくる。
あ!
慌てて、それを隠そうと思った。
知られたら、驚かれたり呆れられるんじゃないかと思ったのだ。
しかし、窓辺から机までの距離を埋めるよりも、先にハルコの目がそれに注がれたのである。
「あら…こんなところに出しっぱなしで…どうしたのかしら」
怪訝そうにお札の山を見るハルコ。
それから、視線がメイに注がれた。
こわばったままの彼女の顔を、ハルコは見ているに違いない。
「あの…えっと…その…」
しどろもどろ。
パニクってる時なので、うまい言葉を探せない。
もごもごと口の中で呟いた。
「昨日の、お金の話に関係あるのかしら?」
にこっ。
ハルコは、笑顔を一つふりまくと、机の一番上の引き出しを開けた。
何かの説明書のようなものが、乱雑に放り込んであるのが見える。
その上に、ぽんとお金を置いて、また閉めた。
「あ、そうです! そうなんです!」
助け船を出されて、メイはそれに飛び乗った。
その辺の事情を知っているのだから、うまく話せば誤解なく――
しかし。
「……」
ハルコは。
肩を震わせて笑っていた。
耐えきれずにソファに座ると、身体をよじるようにしてソファの背にもたれる。
そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!
あっさり、誘導尋問の数々に引っかかり続けたメイは、恥ずかしさに、でも内心で悲鳴のように言った。
ちょっとしたお金を借りるだけだったハズなのに、どうして300万という数字が出てきたのか。
それを、うまく説明できなかったのである。
出来るはずがなかった。
カイトは何も説明をしなかったのだから。
まだ彼女に借金があると思われたのだろうかと、そう誤解したのではないだろうかと、あの後ベッドの中で考えて決着したのだ。
そういう憶測も交えて、過去を隠しつつも、ハルコにしゃべらされたのである。
その度に彼女の目が笑い、最後には耐えられないかのようないまの状態になった。
「ごめんなさい…ちょっと、あんまりおかしかったものだから」
顔を上げたハルコの目には、涙すら浮かんでいる。
「けど…カイト君が…ああ、だめ…」
また笑い伏す。
もしかしたら、メイは彼の尊厳を崩壊させることを言ってしまったのだろうかと心配になる。
ソウマやハルコとの悶着のタネになるのではないかと思って、オロオロしてしまう。
「あの! でも、1万円しかお借りしてませんから! 本当です!」
それを懸命にハルコに訴えた。
しかし、それもおかしいことだったらしい。
またひとしきり笑った後、苦しそうに息をつく。
「ああもう…せっかく、もらえるというのならもらっておけばいいのに」
最後は困った眉になりながら、ハルコは締めくくった。
そんなこと。
すっかり弱ってしまった。
いまの自分の立場を考えたら、悪すぎて出来るハズもないというのに。
ハルコは無茶なことを言うのだ。
しかし、カイトも無茶なことをする男だ。
もしかしたら、彼らにとってこういう事態は、さして珍しくないものなのだろうか、と心配になってしまう。
最初、ハルコが服を用意してくれた時にも、そんな風に思った。
服。
「あ!」
メイは、手をパチンと叩いた。
思い出したことがあったのだ。
「あの…それで、お金をお借り出来たので、これで買い物が出来ます」
掃除をする時に、服を汚す心配をしたくなかった。
これで、汚れてもいい服が買えるのである。
昨日までよりも、しっかりと仕事をすることが出来るのだ。
「この辺の地理には詳しいのかしら?」
買い物は、どこかの店に行かなければならない。
そこに、自分で行くことが出来るのか、とハルコは聞いているのだ。
「あ…」
彼女は、止まってしまった。
そうなのだ。
これまで、一度もこの家の敷地から出たことはない。
玄関先の掃除のために出たくらいで、あとは寒いということもあって、ほとんど屋敷の中で生活していたのである。
「そうね…歩いて行くには少し距離があるから…いいわ、私の車で出かけましょう。この辺りの案内も出来るし」
ハルコは、ソファから立ち上がってくれた。
「ありがとうございます!」
ありがたい申し出に、笑顔でお礼を言う。
やはり、いつもハルコにお願いするワケにもいかない。
せめて、スーパーまでの道のりくらい、自分で歩いていけるようにならないと、これから不便なのだ。
「でも、とりあえずはお布団を干しましょう? それからでないと、お店もまだ、ほとんど開いてないわ」
「はい!」
メイは、さっき開け損ねた窓に向かった。
広い窓なので、ここに布団が干せそうだ。
「それじゃあ、私はシュウの部屋に行ってくるわね」
にこにこと微笑みながら、ハルコは部屋を出て行こうとした。
が。
足を止めて振り返る。
「ところで…彼は、今朝も朝食を食べてバイクで出かけたのね」
念を押すように聞かれる。
メイは振り返った。
何故、そういう事実確認をしてくるのかは分からないけれども、とりあえず事実なのでコクリと頷く。
「そう」
嬉しそうな目になって、ハルコはドアの向こうに消えていく。
やっぱり、カイトの健康管理が気になっていたのだろう―― よかった。
メイは、とても自分がいいことをしているように思えて、すごく嬉しくなった。
お役立ちグラフのメーターが、上に伸びたのだ。
きゅうんっと。




