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12/02 Thu.-11

 室温と体温の差が大きすぎると、たとえ室温の方が高くても、一瞬身体が拒否反応を起こす。


 カイトは、ぶるっと背筋を震わせた。

 いま、確実に自分の身体に鳥肌が立ったのが分かる。


 くそっ。


 社長室に飛び込んだカイトが一番最初にやったのは、ネクタイが伸びようが縮もうが知ったことではない強さで、思い切り力を込めて解いたことである。


 ぶら下げているのも腹が立って、それを襟からシュルっと引き抜くと、そこらの床にたたきつけた。


 メイに締めてもらったネクタイではあるけれども、このネクタイそのものに価値があるわけではないのだ。


 元々は、憎い相手なのだから。


 朝っぱらから大失態である。


 叩きつけたネクタイを、更に追い打ちに靴で踏みつけにしようとした時、内線のフォンが開いた音がした。


 秘書だ。


『社長…副社長がお見えです』


 事務的な一言に、カイトは眉を顰める。


 ネクタイの側に立ったまま、ギロリとドアを睨んだ。


 いま来るものは、何でも敵と同じ扱いになるというのに。


「おはようございます」


 家でも挨拶をして、会社でも挨拶をするのか、この男は。


 入ってくる副社長を、歓迎していない表情で出迎えた。


 心の中は、『帰れ』『消えろ』の大合唱である。


「わざわざ遅刻してねぇか、確認しにきたのか?」


 ヒマなこった。


 おあいにくだったな、オレぁ遅刻してねーぜ。


 内心で、シュウに向かってざまーみろと思いながら、自分の机の方へと歩き出した。


「いえ、私はそんなに暇ではありません…社長に目を通していただきたいことがありまして」


 なのに。


 神経を思い切り逆撫でることを平気で言うのだ、この男は。


 何のために彼が、寒い思いまでしてバイクをすっとばしてきたと思っているのか。


 この男に、『それみたことか』という目で見られるのがムカつくからである。


 ムカムカ。


 間に合ったというのに、カイトはめっぽうムカついてしまった。


 そんなことは、瑣末に過ぎないとでも言わんばかりだったからだ。


 カイトの性格を計算して、こういうことを言っているのだったら、絶対ブチ殺している。

 しかし、シュウは本当に仕事の能率を優先しているだけなのだ。


「こちらの書類ですが」


 カイトの苛立ちなど知らずに、仕事を遂行しようとする。

 茶封筒から、書類を10枚ほど出したのだ。


 そうして彼に渡す。

 急ぎの仕事のようだ。


 朝から書類が回ってきたということは、開発室にいまから入ることは出来ないということでもあった。


 この仕事を、まず片付けないといけないのだ。


「てめーで処理しろ」


 書類を受け取らずに、フンと首を横に向けた。


 ただでさえ機嫌が悪いのに、さらに機嫌の悪くなるようなデスクワークなんか、誰がしたいものか。


 そういう意思を、口調の中に思いきり込めた。


「困ります。この書類は、社長に目を通していただいて…場合によっては、会議の招集をかけないといけません」


 しかし、シュウは怯むこともなかった。


 これが自分の職務だと言わんばかりに、書類をもっとカイトの方へと突き出してくる。


「どうせ、てめーの頭ん中じゃ、会議を開くってのは予定として入ってんだろうが」


 そんなことは、資料をみなくても分かる。


 会議招集の必要のないようなものであるとするならば、こんなに朝一番で自分の手で持ってきたりするハズなどないのだ。


 目を通すだけ無意味に思えたカイトは、かなり角のある言葉を吐いた。


 シュウは眉をふっと寄せて。


 そうして、彼とは正反対の慎重な口の開け方をした。


「たとえ、私がそう思っていたとしても…決定するのは私ではありません」


 そんな簡単なことも忘れてしまったのかと、シュウの目が彼の職務能力を測ろうとする。


 もしも、会社に害をなすというのなら、カイトにすらリテイクのハンコを押しそうな目だ。


 バンッッッッッ!


 カイトは、物凄い勢いで書類をひったくると、自分の机の上に叩きつけた。


 頭に来たのである。


 いろんなコトに、だ。


 イチイチつっかかってくるシュウにもだし、この男にそこまで言わせてしまうような自分にもだった。


 いま、一瞬シュウの目の中に、彼の欲しくないレッテルがちらりと見えたのである。


 それだけは、思わせるワケにはいかなかった。


「後で指示を出す!」


 叩きつけた書類に目もやらずに、シュウを睨み上げた。


 とっとと出て行け、ということである。


 しかし。


「申し訳ありませんが…書類について補足事項がありますので、5枚目を見ていただけますか」


 シュウは、眼鏡を指で直した。


 相手は、目の前の社長の怒りっぷりよりも、自分の職務を遂行することの方を優先事項にしてしまったのである。


「おめーは…」


 質問はありますか、というシュウの問いに、カイトはイヤミの口を開けた。


 その補足事項とやらが結構なもので。


 途中で、立っているのもバカらしくなったカイトが、自分の椅子に身体を投げ出してしまうほど。


 それが終わった後の出来事だった。


「大体、おめーは仕事以外の話ができねーのか?」


 仕事の件でやりこめられてしまったカイトは、このままでは腹の虫がおさまらなかった。


 だから、そんなことを言い出したのだ。


「は?」


 質問が来ると思っていたのだろうが、どうも話の雲行きが違うことに気づいたらしい。


 シュウは、書類を整えながら怪訝な声を出した。


「何を見る時でも、おめーの基準は仕事だろうが…それ以外のことは言えねーのかって言ってんだ!」


 反論してみやがれ。


 カイトは、何とか彼相手に溜飲を下げたいと思ったのだ。


 すると、シュウはきまじめな表情になった。


 眼鏡の向こうの目が、光の加減で一瞬見えなくなる。

 そうすると、ただのノッポの眼鏡人間のように見えた。


 背広を着るよりも、研究所が似合いそうな白衣でも着てろ、と言いたくなるみてくれ。


「仕事以外の話、ですか…それなら一つだけ」


 しかし、カイトの計算違いが起きた。


 仕事中なのだ。


 仕事以外の話には興味を示さずに、「時間の無駄です」などと言って出ていくと思っていた。


 それで、「ほれみろ、やっぱり仕事ロボットじゃねーか」と言えると思っていたのに。


 面食らっているカイトなど置き去りに、話を始めたのである。


「昨夜、あなたの部屋を追い出されたソウマが、しばらく私の部屋で話し込んで行きました…その時…」



「出てって、とっとと仕事しろ!」



 間髪入れずに、カイトは怒鳴った。


 ソウマ絡みの話は、一秒だって聞きたくもなかった。

 何てことを言い出すのか。


 シュウは──余りに理不尽な社長を見た。


 仕事以外の話が出来ないかと言うから、わざわざ時間を割いて言おうとしたところを邪魔されたのだ。


 いい気分はしていないだろう。


 しかし、それをおくびにも出さずに、「失礼します」と言い残すと、シュウは出て行ってしまった。


 彼が持ってきた書類は、1ミリのずれもなく綺麗に整えられて、社長室の机の上に残されている。


「クソッ…!」


 シュウをやりこめるはずが、最悪の結果になってしまって、カイトはその書類を机から跳ね落とした。



 白い書類の雪が、ネクタイを覆い隠してしまった。

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