12/02 Thu.-10
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朝食の後かたづけを終えたメイを待っていたのは、ダイニングでのティータイムだった。
角砂糖をぽとんと2つ落として、スプーンでかき混ぜる。
一瞬、崩れる砂のような動きを見せた後、角砂糖は紅茶と一つになった。
「昨日はごめんなさいね…遅くまで」
水面を見つめていたら、そう口火を切られて、ぱっとメイは顔を上げた。
ハルコが、ちょっと眉を困らせながら微笑んでいた。
「うるさかったでしょう?」
ハルコは、カップの湯気の向こうにいる。
ああ、と納得した。
誰のことを言っているかが分かったのである。
ソウマのことだ。
「いえ、そんな…それに、私は何もお構いできませんでしたから…」
カイトが帰る前には、いろんな話をしてもらうことが出来た。
けれども帰ってきてからは、何もかもがドタバタだった。
食事も、その後も。
「それならいいんだけれど…」
どうだかと、夫を少し信用していないような目の動きで、ハルコはカップをテーブルに戻した。
しかし、すぐ何かを思い出したかのような瞳になった。
それが、メイに向けられる。
「そう言えば…バイクが見当たらないんだけれども…どうかしたのかしら?」
ドキン!
その質問に、胸がバウンドした。
あのヘルメットの中のグレイの目を思い出したのだ。
バイザーが上がった瞬間を。
や、やだ…変に思われちゃう。
心とか顔に熱が入る。赤くなっているのではないかと思って、メイは慌てた。
それを隠そうと必死になったのだ。
「あ、あの…今日は、バイクに乗って出勤されたので…その…」
本当のことをしゃべっているだけなのに、彼女の口はしどろもどろだった。
もう赤い顔を隠すには、うつむくしかないのかもしれない。
「え? バイクで…会社に?」
ハルコの反応は、ひどく驚いたものだった。
その通りなのだが、何か引っかかるのだろうかと、顔をちょっとだけ上げて彼女の表情を盗み見た。
豆鉄砲を食らったような顔だ。
「こんなに寒い日に、しかも平日に、どうして彼はわざわざバイクで出勤したのかしら? シュウがどうかしたの?」
それとも車が?
ハルコが、違う心配をしていることに気づいた。
「そうじゃなくって…出勤時間が遅くなったので、もう一人の方は先に行かれました」
どう言えば、うまくごまかせるだろうか。
朝食のせいで、予定が狂ってバイクで出勤させてしまった、などとハルコに知られたら、呆れられてしまうかもしれない。
この家のしきたりとか、そういうものを何も知らない自分の判断で、勝手なことをやっているのだから。
「あら…寝坊したの? しょうがないわねぇ…」
ふっとハルコは微笑んだ。
まるで、やんちゃな弟を思い出すような瞳。
「違います!」
メイは、それを急いで否定した。
無駄に声が大きくなってしまって、慌てて口をふさぐ。
「え? 違うって?」
ハルコのまばたきの数は、メイの心拍数と一緒。
恥ずかしさに、胸が勢い余っているのだ。
「違うんです…私のせいなんです」
ああ。
話の流れが、最悪の方向だということに気づいた。
どうして、いつももっとうまく立ち回れないんだろうか。
しかし、ここまで来たらしゃべらないワケにはいかなかった。
でなければ、変に思ってしまう。
「あの…朝ご飯の支度が遅れて…」
どうにか、そこで言葉を切る。
きっと、ハルコなら何を言いたいか、どういう状況だったのかなどは、すぐに察してくれそうに思えた。
そうして、それは正しい推察だった。
「朝食を食べて、出勤時間に遅れてバイクで出かけて行ったの? 彼が?」
慎重な口振りで、ハルコが内容を平たくして確認してきた。
本当に? 本当に? と、一言一言に確認を込めている。
頷くしかなかった。
確認事項は、全て真実だったのだ。
呆れられてもしょうがなかった。
でも、やっぱり心配になって、おそるおそるハルコの表情を伺う。
あら?
メイは首を傾げた。
自分が予想している結果とは、何か雰囲気が違っていたのである。
ハルコは、物凄く嬉しそうな顔をしていた。
目なんか、キラキラ輝いているのだ。
「まあ、そうなの!」
声も嬉しそう。
何がそんなに嬉しいのだろうか。
カイトが朝食を食べたことか。バイクで出勤したことか。
付き合いが浅いメイには、よく分からなかった。
一番可能性が高いのが、朝食ではないだろうか。
ハルコもいままで、彼の食生活を心配していたのかもしれない。
そう考えるのが、一番自然だった。
もしそうなら、自分のしたことがいいことのようで嬉しい。
ハルコの嬉しそうな笑顔に、メイもちょっと笑って返した。
すると、もっと彼女は嬉しそうな顔になる。
よかった。
シュウという人は、どうもメイの行動を煙たく思っているようなので心配だったのだ。
だから、ハルコの好意的な反応は、とてもほっとできた。
「そう…この寒いのにバイクで」
メイの安堵をよそに、楽しそうな笑顔でハルコがそれを呟いた。
寒そうな。
「あっ!!」
瞬間、キーワードが記憶と接触して、正面衝突した。
思わず大声をあげて、メイは席から立ち上がってしまう。
ガチャンと揺れるカップは、幸いにもその衝撃に倒れたりしなかったけれども。
「ど、どうしたの?」
いきなりの反応に、ハルコが驚いた目を向ける。
そうなのだ。
今日は、寒いのだ。しかも、とても。
なのに――
メイは、今朝の彼の姿を思い出した。背広だけだったのだ。
あんな服装では、息が真っ白になる寒さの中では、何の防寒にもならない。
バ、バイクって寒くないのかな?
冷暖房も完備していない、むき出しの乗り物。
それに乗ったことはないけれども、いつも通るバイクを見るたびに、夏だと暑そうに、冬だと寒そうに感じていたのだ。
カイトは、平気なのだろうか。
いや、平気じゃないなら、自分で判断していろいろ着込んでいくだろう。
そんなことは、彼にとっては心配のいらないことなのかもしれない。
でも!
今日は、彼の貴重な時間をつぶしてしまったのだ。
朝食に付き合わせたために。
そのせいで、急いであの格好で出かけたのなら。
「メイ?」
頭の中でシミュレーションが走っていることを知らないハルコが、怪訝に呼びかけてきた。
これは、彼女に聞くと分かるのかもしれない。
カイトとは前からのつきあいのようだから、彼のバイク・スタイルを知っているかもしれないのだ。
「あ…もしですよ…もし仮に、この時期にバイクに乗るのに…その、背広だけだったら…寒いです?」
極力当たり障りなく聞いたつもりだったが、余りにそれは綻び過ぎていた。
しかも、言う相手がハルコなのである。
何が、『もし』なのか。
ハルコは一瞬大きく目を開けた。
その直後――耐えられないかのように、口元を押さえながら顔をそらした。
どう見ても。
笑いをこらえるので必死のようだった。




