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12/01 Wed.-11

 ざけんな、ざけんな、ざけてんじゃねーぞー!!!!


 ソウマを叩き出して、ドアをバターンと閉じた後、カイトは手当たり次第けっ飛ばしまくった。


 それはもう、思い切りハラを立てたのである。


 原因は、一つだ。


 ソウマが、余りに穿っている推測を彼に聞かせたからである。


 しかも、あんなデタラメな!


 だから彼を叩き出し、こんなに荒れているのだ。


 デタラメにもホドがある内容だった。

 ソウマは、彼がメイにホレてるとか言ったのである。


 だから、この家に連れ込んだのだと。


 んなワケねーだろ!


 カイトは、ソファをけっ飛ばした。


 どうして、あの男はすぐ色恋に結びつけたがるのか。

 そんなに簡単に、愛だの恋だのが、ゴロゴロしているとでも思っているのだろうか。


 じゃあ、何か?


 その言葉を否定するために、カイトは自分の今までの行動を思い返そうとした。


 あんな店に、あの女がいるのがイヤだって思ったのも。

 衝動的に抱きしめてしまったのも。


 あぁ?


 カイトは、怪訝に眉をひそめた。

 自分の思考の流れがおかしかったからである。


 まて、落ちついてもう一回。


 アタッシュケースを手放したのも、借用書を破り捨てたのも、あの店の匂いを消すために風呂に入れたのも、脱衣所中ひっくりかえして、着替えのない彼女にシャツを渡したのも。


 ん?


 カイトは、また思考を止めた。


 やっぱり記憶のたどりかたがおかしいのか、思い通りの結果にならなかったのだ。


 ソファで眠ったのも、彼女に絡んでいたシュウに怒鳴ったのも、ネクタイを解いてしまったのも、ハルコに服を買わせたのも、側においておきたいと思ったのも。


 泣いていると聞いただけで――早く、帰ってしまったのも。


 ……。


 カイトは、顔を顰めた。


 自分のこれまでの行動が、どれもこれも気に入らないのだ。


 どうして、彼の欲しい答えを導き出す情報がないのか。


 ソウマのデタラメをやりこめないといけないのに。


 そうして、今朝、背広を着てしまったのも。


 けれど。


 流れ出した思考や記憶は、思い通りにスタートとストップがかけられない。

 芋ヅル式に、自分の行動の全てが明かされてしまう。


 ドアのところで、グズグズしてしまって、何も探しているものなどなかったのに。


 カギまでかけて。


 ネクタイを。


 ネクタイを、シュウに見られる前に――また解いて。


 客間を用意させて。


 車を勝手に乗って帰って。


 それから、それから――


 ガタッ。


 カイトは。


 いまけっ飛ばしたソファに、よろけるように呆然と座り込んだ。


 記憶が、誰一人と彼の味方をしなかったのである。


 本当にたった一つすら。


 そうして、頭をよぎるのは彼女だ。


 食事の時、「うめーよ!」と怒鳴ったカイトに笑った顔が。


 ざわっと。


 うなじが冷たく騒いだ。イヤな感じだ。


 こんなことは、計算になかった。

 今頃彼は、自分の記憶に一人悦に入って頷いているハズだったのだ。


 『ほれ見ろソウマ、やっぱりおめーの言ったことは、デタラメだったじゃねーか!』と。


 その予定だったのだ。


 しかし、しかし、これでは、まるで――


 まるで。


 頭を抱えた。


 何ということか。


 カイトがいま駆け足でたどった記憶の全てが、ソウマの味方をしていたのだ。


 全員が、自分に向かって舌を出している。


 信じられない事態だった。


 カイトは、魂が抜けかかっていた。


 服も着替えないまま、ぼーぜんとソファに横になって、天井を見る。


 心と身体が、バラバラになっているかのような気分だったのだ。


 否定をする心がある。

 ソウマの発言に、全て「ノー!」と騒ぎ立てるヤツだ。


 けれども、それと逆さまのことをし続けている心がいた。


 メイを抱きしめ、大金を払い、借用書を破って家に連れてきて、そうして側においておきたがる身体。


 その二つのせめぎあう存在に、初めて同時にカイトは向き合ったのだ。


 ワケが分からなくて、頭がショートしそうだった。

 いや、もう火花とか煙くらいは出ているに違いない。


 数少ない笑うメイが、あの茶色の目が、カイトを見ている。


 心の中に、くっきりと彼女の映像が残っていた。


 たとえ、同じ空間にいなくても、こんなにも鮮やかだ。


 オレは…。


 腕を上げて頭を抱える。


 いや、いまソファに転がっている体勢を考えたら、顔を覆うという方が正しいのかもしれない。


 心のメッキがはがれていく。「ノー!」と書きつづられていくメッキが、パリパリと。


 出てきたのは。


 黒い石だった。


 ずっしりと重く、全然綺麗じゃない。まるで墨で出来たような石。


『こういう石が、本当に中心まで黒いか確認してみたくならないか?』


 ソウマの家の居間に、何故か黒い石が飾ってあった。


 彼らが結婚してすぐくらいに呼ばれた時の出来事だ。


 どうせ中まで真っ黒だぜ、とカイトは最初からバカにしていた。


 けれども、ソウマはニヤっと笑って、その石をカナヅチなどの道具を用意してまで割ったのだ。


 ガバッ!


 カイトは、驚いて飛び起きた。


 呆然とした意識と記憶が混同して、いきなり頭の中に現れたものにビックリしたのだ。


 黒く汚い石が割れて出てきたのは――チョコレート色の結晶だった。


 外側から見ても分からなかったのだが、中には別のものが隠し込まれていたのである。


 大学中でも、ふらっと旅に出たまま行方をくらませたりしていたソウマが、どこぞの国で拾ってきたものらしい。


 放浪癖のある彼に、ハルコが『しょうがないわね』とため息をついていたのを、カイトは覚えている。


『中に何が入っていたのかなど、大学時代にX線でもう調査済みです。しかし、割って確認しないと言っていたのに…ソウマ、あなたは気まぐれですね』


 チョコレート色の結晶が出てきてカイトを脅かすのに成功した男に、シュウが冷ややかにツッコミを入れた。


 そんな記憶に、カイトは飛び起きてしまったのだ。


 クソッ。


 眠っていたワケではない。


 夢を見たワケではない。なのに、シャツの下に汗をかいていた。

 まるで、化け物にでもとりつかれているような気分だ。


 何もかもが、思い通りにならないのである。


 自分の心や身体さえも。


 心のメッキがはがれて、黒い石が出てきた。


 でも、カイトはそれを割れないでいたのだ。


 割って、本当に中まで黒い石かどうか確認出来ずにいる。


 割って、もし――


 それが、怖いのだ。


 もしも、中が黒くなかったら。


 こんなのは、自分らしくなかった。


 知りたいことがあったら、それを壊すことになろうとも、何でもしてきたハズだ。

 なのに、今更何を怖がっているのか。


 しかし、そのままおとなしく葛藤してはいられなかった。


 トントン。


 ビクッッ!


 カイトは、扉のノックに身を竦ませた。


 シュウのノックというには事務的ではなく、ソウマのノックというには――いや、ソウマのノックなどもう覚えてもいない。


 とにかく、シュウ以外が来たのだ。


 誰だと聞く前に。


「メイです…」


 勝手に――ドアがしゃべった。


 ※


 ドクンドクンドクン。


 こめかみが心臓になる。


 いや本物の心臓は、それどころの話ではなかった。


 きまぐれな猫が、片足を乗せている爆破スイッチ状態だ。

 ちょっとでも刺激すれば、何もかもドカン!


 無意識に過呼吸になる自分に気づいた。


 ドアの向こうに、彼女が来ている。

 それだけで、口の中が乾いた。まばたきを忘れた。


「あの…」


 そっと。小さくドアが開く。


 ほんのちょっとだけ。


 カイトが何も答えないものだから、心配になったのか。


 小さな隙間から覗くチョコレ――!!


 BOMB!!!!


 分かった。


 分かった、分かった、分かってしまった。


 何で、自分が彼女を側に置きたがったのか。

 その色を見て、はっきりと分かった。


 心の中の黒い石の中にも、確かにその色があった。

 たったいまの爆発が、彼の石を割ってしまったのである。


 あふれ出た褐色。


 ちゃんと、黒い石の中にあったのだ。


 最初から、きっと最初からカイトの胸の中にもぐりこんでいたのだ。


 オレは。


 ソファの背もたれから、身体をひねるようにドアを見ていたカイトは、やっと思うことが出来たのだ。



 オレは、こいつのことが――好きだ。



 間違いなかった。


 だから、あんならしくないことばかりを、次から次へとやってしまったのだ。


 原点はたった一つのそれだったのである。


 そんな単純なことも、彼は分かっていなかったのだ。


「ああ、ごめんなさい…勝手に開けてしまって」


 カイトが睨んでいるように見えたのだろうか。


 ぱっと茶色の目が飛び退いた。

 それから、ゆっくりときちんとドアが開く。


 彼の心など、微塵も気づいていないメイは、恥ずかしそうにワインを持っていた。


「あ…あの、ワインを持ってきました。ソウマさんが、渡してくれって…」


 甘い、赤のワイン。


 しかし、彼女の口から他の男の名前が出ただけで、甘い味の記憶よりも、辛い痛みに胸がしめつけられる。


 カイトは、ぎゅうっと眉を寄せた。


 気づいたからどうなるというのか。


 カイトは、たったいま解けたばかりの答えを持って、どうしたらいいのか分からないままだ。


 ワインを直接渡した方がいいのか、どこかに置いた方がいいのか――彼が無反応なせいで、メイは戸惑っていた。


 落ち着かない首の動きで、きょろきょろする。


 ギシッ。


 カイトは、ソファから立ち上がろうとした。


 じっと。


 じっと、彼女を見た。


 立ち上がりながら、背もたれのてっぺんに手をついて、身体をひねって。


 ずっと、視線を彼女からそらさずにいた。


 その行動で、カイトが直接受け取ってくれるとでも思ったのだろう。


 メイは、嬉しそうに笑った。


 そこで。


 カイトは、自分の中が爆弾だらけなのを知ったのだ。


 頭のてっぺんからつま先まで、とにかく火薬でひしめいているのを自覚した。


 それを爆発させるボタンの群れの中で、さっきの猫がニャオンとのどかに鳴いている。

 あくびついでに触ったボタンで、またどこかで爆発が起きた。


 立ち上がったままカイトは動けなかった。


 彼女を見つめた状態で、これ以上の過呼吸を押し止めるので精一杯だ。


 今朝まで自由に出入りしていたカイトの部屋なのに、彼女はちょっと頭を下げると、たたたっと中に入ってきた。


 そうして、ソファを隔てたところまで近付いてくる。


 まだ呆然としたままなのに。


「はい…」


 また――微笑んだ。


 ワインを彼に差し出しながら、自分がすごくいいことをしたかのような表情だ。


 カイトはぎゅっと唇を閉じた。


 すーっと片手を伸ばした。


 そこに、メイがいる。


 彼の心の中にある褐色の石だ。

 それが、こんなに近くにあるのだ。


 指を伸ばす。


「…!」


 しかし、我に返った。


 メイが、伸ばした手にワインの瓶を触れさせたからだ。


 そこで初めて、カイトは自分がそれではなく、彼女に触れようとしていたことに気づいた。


 同時に。


 目を見開く。


 自分が、昨日、何と彼女に宣言したかを思い出してしまったのだ。


 オレは、おめーに何もしねぇ。


 記憶違いでなければ、カイトは間違いなく彼女にそう言った。


 なのに、いま自分は何をしたかったのか。


 好きだと気づいた途端――何が何でも、メイという女を自分のものにしたい衝動が、はっきりと身体の中に芽生えたのだ。


 ワインの瓶を掴むしかなかった。


 あの約束をした翌日。


 たった一日で、自分はそれを破りかねなかった。


 彼女はワインを受け取ったカイトに、だいぶ慣れてきたのだろうか、もう一度微笑みを浮かべる。


 こんなに間近で。


「それと…あの…」


 その顔が、一回、ぱっと下げられた。


 カイトから見えるのは、黒髪の頭。


「あの…お部屋をありがとうございました」


 すぅっと、ゆっくりと上げられる顔。


 しかし、そのチョコレートの目の中にあったものは――感謝だった。


 カイトは、頭をブン殴られたようなショックを覚える。


 そうなのだ。


 たとえ、どんなにカイトが彼女のことを好きだと自覚したとしても!

 はっきり分かって認めたとしても!


 メイが、彼に抱いている感情は、感謝なのだ。


 助けてくれてありがとうございます。

 置いてくれてありがとうございます。

 部屋をくれてありがとうございます。

 ありがとう、ありがとう、ありがとう!


 こんな忌々しい単語が、この世に存在するなんて、カイトは思ってもみなかったのだ。


 ひどすぎる現実に振り回されて、カイトは立ちつくした。


 しかも、ここでも自分の首を絞めているものに気づく。


 あのウソだ。


 誰かに助けてもらって、その恩返しとしてメイを助けたという――チャチな100円でもおつりのくるようなウソ。


 彼女の目に、感謝とか敬愛とかいう胸が悪くなるような好感情が渦巻いているのが見えるや、猫の力も借りずに、自分が地雷を踏んだのに気づいたのだ。


 カイトのどんな気持ちも行動もあのウソのせいで、全て彼の恩返しのため、というフィルターで見られてしまうのである。


「それじゃあ、私はこれで…」


 ペコリ。


 カイトの態度が不自然なのは分かっているだろう。


 しかし、彼の態度全体がいつも滅茶苦茶なせいか、彼女はそう怪訝に思う様子もなく、ペコっと頭を下げると出ていこうとした。


 離れていく背中。


 ワインを持ったまま、バカみたいに突っ立っているカイトは、引き止めることもできなかった。


 止めてどうするのか。

 何を言うというのか。


 どのツラ下げて、今更彼女に『好きだ』と言えるのか。


 メイは困るだろう。


 しかし、きっと最後には言うに違いない。


『…私もです』――多分、こんな感じで。


 けれども、それは本心じゃない。


 借金のせいだ。


 大きな恩を感じている相手に言われて、彼女が拒めるハズもない。


 しかし、そんな答えはまっぴらごめんだった。


 本当に、欲しいのは。


 メイが、ドアを開けて向こう側に行く。

 振り返って、閉める時に言った。


「おやすみなさい…カイト様」


 初めて名前を呼ばれて――けれども、うちのめされるというのは、きっと、こういうこと。

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