12/01 Wed.-9
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しかも、帰らねー気か!
食後のお茶など優雅にいただこうとするソウマの襟首を、分かりやすいくらい乱暴に捕まえて――要するに、カイトの我慢が臨界点を突破してブッ飛んだのだ。
「おいおい、いきなり…」
突然の無礼な態度に、彼は眉を上げていさめようとする。
その大人ぶったツラなんか、いまは見たくもなかった。
イチイチ、カンに障る。
「るせぇ! 来いっつったら来い!」
もう、メイの前だからとか、そういうことは考えずに、ただ感情に突っ走ることに決めた。
大体、女一人に左右されるなんて、自分らしくないことの最先端だ。
パリ・モードもまっ青である。
そのまま、無理矢理ソウマを椅子から立ち上がらせると、ダイニングを連れ出したのだった。
メイが、ティーポットを持ったままビックリ顔で見送るのが、ドアを閉める瞬間に目に入って――胸に刃物が掠める。
しかし、キレた勢いの物凄い力でドアを閉めると、そのままソウマの襟首を引っぱった。
「こら…カイト…いい加減にしろ」
強い力で、手がふりほどかれる。
階段の手前で、だ。
ばっと振り返ると、ソウマは襟を直していた。
「引っ張られなくても、ちゃんとついて行くさ…」
襟のボタンのところに指をかけたまま、ソウマはしょうがない、というポーズで彼を見る。
肩をそびやかさないだけ上出来だった。
「それに、ついでにこっちにも話があるからな…おっと、ついでじゃない。大事な話だ」
ソウマは、ふざけた印象をすっと頬の筋肉の裏側に隠した。
イヤなヤツである。
一瞬にして、カイトのキレをつぶすような、マジを入れるのだ。
彼女についてからかいに来たのではなく、実はこっちが本命なのだと言わんばかりだ。
それを丸ごと信用するほど、カイトはおめでたくはなかったが。
クソッ。
本当に昔の自分なら、とっくにソウマにソバットをかましている。
成長なのか、はたまたヤキが回ったのか――よく分からないから、心の中で悪態をつく。
ソウマの先に立って、カイトはガンガンと足音も荒く階段を昇って行った。
部屋のドアを開けると、既に暖かい。
帰ってきて、まだ一度も部屋に入っていないのに。
おそらく、ハルコが気を利かせて暖房のタイマーでもセットしていてくれたのだろう。
しかし、こんなに早く帰ってくるということを、やっぱり読まれていたような気がして、さらなる苛立ちのパーセントが上がった。
部屋に入るなり。
何の許可も取らずに、ソウマはソファに近付くと腰かける。
昨夜、自分が寝るために転がっていたところ――しかし、朝起きてみれば、ベッドの上にいた記憶まで呼び起こして、カイトは頭を打ち振った。
「ところで…」
勝手にくつろぎながら、しかも勝手にしゃべりだしたソウマは、その時点では真顔だった。
だから、大事な話とやらを切り出すのだと、カイトは思ったのだった。
しかし。
「ところで…式はいつだ?」
眉を上げて、カイトの反応を見る目だ。
顔を顰める。
非常に怪訝な言葉だったからだ。
「式って、何の式だよ…卒業式ならしてねーぞ」
オレぁ、大学中退だ。
うろんな目で睨み下ろしながらも、カイトは向かいのソファにドスンと座った。
ちょうど、2人の間にはテーブルがある。
もてなすものは、何も乗っていなかったけれども。
「おいおい、何をトボケてるんだ…この場合の式は、結婚式に決まっているだろう?」
ソウマは、にこやかな目になった。
あっはっは、照れるな照れるな――そんな顔だ。
ガシャーン!!!!!
カイトの心は、時速200キロでコンクリートの壁に衝突する、車の耐久テストの状態だった。
「誰の結婚式だっつーんだ! このドアホ!」
トンチキ野郎に向かって、カイトはテーブルをけっ飛ばした。
つんのめるようにして、テーブルはソウマのヒザに激突する。
彼ときたら、すっかりメイとの仲を誤解しているのだ。
ハルコがどういう風に伝えたのか、まったくもって怪しい限りだった。
女の口は、だから信用ならねー。
忌々しく、記憶の中の笑顔ハルコに向かって悪態をついた。
「少しは手加減しろ…まったく」
テーブルの位置を戻しながら、ソウマはぶつけられたヒザを軽く押さえた。
あのくらいの衝撃ではビクともしないだろうが。
「違うのか? お前が、女と同棲するのなんて初めてだろう…これはもう、あの彼女を手放したくなくて、暴走した挙げ句連れ込んだと思っていたんだがな」
しかし、ヒザに意識を向けるよりも、カイトの心の中が気になるらしい。
ソウマの続けた言葉は、唐突に彼を抉ってくるようなもので、思わず思考停止してしまった。
その隙に、カイトの100倍は口の回る相手は、もっと言葉を続けるのだ。
「離したくない、まで来たら『結婚』っていう道に、短絡的にお前が走ってるだろうと推理したんだが…そうか、ハズレか」
参ったな。
ソウマは、苦笑した。
自分の推理のハズレが残念でしょうがなかったようだ。
カイトの気持ちなど、本当におかまいなしで話を進めていく男である。
彼は――カイトは、ここでやっと我に返った。
そうして、ソウマから顔をそらす。
目を見せると、心の中が読まれそうだったのだ。
「んなんじゃねぇ…あいつとは、そんなんじゃねーんだ、バカ野郎!」
口をへの字にひん曲げて、言葉の最後の辺りでは、またテーブルをけっ飛ばしそうになったが、何とか脚にこらえさせた。
「お前が照れ屋なのは知っているが…そういう言い方をしたら、彼女が可哀相だぞ。もし、その辺で立ち聞きでもしていろ? 『私は、愛されていないのね』とか勘違いされて、また泣かれるぞ」
本当に。
ソウマは、よくしゃべる。
しかも、内容が物凄く気に入らない。
いま、彼は『また』と言ったのだ。
ソウマは、昨日メイが泣いたのを見ているハズがない。
きっとハルコが――どの辺を彼にしゃべったのかが分かって、カーッとプライドが熱を持つ。
オマケに、内容全体もとんでもなかった。
「そんなんじゃねーっつってんのが、分かんねーのか! なにヤらしー誤解してんだ! お…オレは、あいつに指一本触れちゃいねー!」
カイトは、がーっと火炎放射を吐きちらした。
ソウマが黒こげになるように。
しかし、この言葉の最後はややウソである。
彼女には何回か触ったし、最初はうっかり抱きしめもしてしまった。
けれども、ソウマが思っているような触れ方は一度もしていないつもりだ。
そういうことをしてしまったら、メイを娼婦と同じ扱いにしているような気がしてしょうがなかったのだ。
そんなこと出来るはずがない。
ソウマは、目を見開いていた。
そう、ビックリ目のまま固まっていたのだ。
カイトも見たことのない、珍しい表情だった。
「おま…」
言いかけた言葉を、ソウマは飲み込む。
自分でも何を言おうとしていたのか、分かっていなかったのかもしれない。
一度唇を閉じて、その口に手をあてがう。
考えているような素振り。
「お前…もしかして、彼女に『好きだ』って言ってないんじゃぁ…」
ソウマの口調は、非常におそるおそるだった。
まさか、そんな、と言う感じだ。
「ったりめーだろー! まだ誤解してやがんのか!」
カイトは、テーブルに踵落としをきめた。
バーンと大きな音が響き渡る。
そうじゃ…。
ジクン。
そんなんじゃねー!
ジクジクン。
はぁー。
頭を抱えたため息が、ソウマから洩れた。
「お前…まだ思いを伝えてなかったのか…まさか、片思いとは」
ここまでアレとは思っていなかった――そういう感じの苦笑混じりなコメントが返される。
「バッ…! 誰が片思いなんて…!」
その単語にビックリしまくって、カイトは即座に否定しようとした。
すると、またそれがソウマを驚かせる結果になってしまったようだ。
「お前…自分が、彼女をどんな目で見ているかも自覚してないのか? 『おめーはオレのもんだ! 他のヤツは寄るな触るな見るな!』って…カイト、お前がホレてもいない女に、こんな独占欲を発揮したりできる男とは思えないんだがな…しかも、この家にまで入れるなんて」
とてもじゃないが、信じられん。
信じられないのは、カイトだった。
な、何言ってやがんだ…こいつ。
今度は、カイトが目を見開いてソウマを見たまま、凍りつく番だった。




