12/01 Wed.-5
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ガチャガチャガチャ!
壊れんばかりの強さと勢いで、キーボードを叩く。
本日すでに3箱目になったタバコをくわえながら。
彼の周囲には、白いモヤがかかっていた。
開発室はオタクの巣だ。
連中は、暑いだの寒いだのにいちいちうるさく、ここの中は万年常春のマリネラばりの温度である。
カイトには、やや暑いくらいで。
上着はそこらに捨てて、腕まくりをしたシャツ一枚姿だった。
側の灰皿からは吸い殻が溢れ、足元には灰が落ちまくりだ。
しかし、そんなこと気にしてもいなかった。
気になるのは、外野のざわめきである。
どうにも、カイトがこの格好をしているのが不思議でしょうがないようだ。
それを本人に言うのは怖いらしく、みな遠巻きだった。
12月1日になったばかりの開発室は、デマだらけの噂と好奇の目で満ちあふれている。
るせぇ!
カイトも過剰反応しすぎだった。
この格好に引っかかるところがなければ、もっとさらっと流せただろうに。
結局、自分が一番気になっているものだから、余計に周囲の連中の目を意識してしまうのだ。
ENTER、ENTER、ENTER!
プログラミング画面に改行を入れるために、カイトはマッハの勢いでENTERキーを3度叩いた。
プログラムというものは、作成した人間のクセがはっきりと出てしまう。
これがまた、統一性のない連中がクセだらけで作っているために、他の人間が見たら難解な場合が多い。
一応ゲームソフトの会社なので、作成時のガイドラインというのが存在はしているのだが、社長自らいつも破りまくりだった。
サブルーチンを一つ完成させて保存した後、カイトは新しいタバコに火をつけた。
何本吸っても、全然すがすがしい気持ちになんかなれずに、全身がタバコ臭くなっていくだけだ。
ただ、タバコの本数と時間だけが増えていった。
開発室の日は、カイトの拘束時間は決まっていない。
好きな時に好きな仕事をしていいのだ。
だから、自分の意思で切り上げることも出来るし、好きなだけ残業してもよかった。
6時。
まさしくタバコ漬けとなったカイトは、ふっと視線を上げた。
そこに時計があるのだ。
ちょうど、「気をつけ」をしているかのように、ぴんと背筋を伸ばして立っている針。軍隊まっつぁおの姿勢である。
6時、か。
昼食を食べたところまでは記憶があるが、そこからはほとんど記憶が飛んでいた。
かなり熱中していたようである。
周囲の連中は、さすがに静かだ。
もう社長をエサに噂なんかしている様子もなく、それぞれのコンピュータに向かっている。
仕事は終わりの時間だが、誰一人として立ち上がる気配はなかった。
クリスマス商戦のゲームは、5日発売で。
営業関係は忙しいものの、開発組は次のシメキリまでもう少し余裕がある。
けれども開発の連中は、アフターファイブに行くところがあるようにも見えない。
生粋のコンピュータ馬鹿たちが、選りすぐりで入社しているのだ。
その最たるカイトも、急ぎの仕事がなくても、定時に帰ったことなんてほとんどなかった。
だから、今日も好きなだけ仕事をしていけばいいのだ。
シュウが先に帰ったとしても、タクシーでも何でも帰れるのである。
うー…。
なのに、カイトの中の動物が唸った。
イヤな予感がするぜ。
自分で自分に言った。
そう、イヤな予感がするのだ。
だから、彼は帰らなければならないのである、どうしてもその予感が気になったのだ。
しょうがないのだ。
とにかく。
帰らなければならない。
ガタッ。
カイトは立ち上がった。
上着をひっつかんで、まっさらなラークの箱を一つその内ポケットに突っ込みながら、カイトは開発室を出ようとした。
コンピュータの電源など、つけっぱなしである。
省エネや地球環境に優しい連中など、ここにはいなかった。
定時にどうやら上がろうとしているカイトの背中に、いくつか怪訝な目が飛んだ。
パソ・トリップしてない連中が、数人いたようである。
振り切ってドアを出た。
副社長室には行かない。
どうせシュウも、定時では帰らないのだ。
カイトは、そのままエレベーターで地下駐車場まで下りた。
どっちが緊急に出るコトになってもいいように、守衛に鍵を預けるようにしているのだ。
いつも副社長がヒマで、運転手が出来るというワケではないのだから。
それどころか、ヘタしたらカイトよりも忙しい仕事である。
煩雑で細かい仕事の山。
考えるだけで、具合が悪くなりそうだ。
「おや? 今日はおひとりで?」
守衛のジジィから鍵を受け取りながら、カイトは不機嫌な生返事をした。
急いだ足取りで、車まで向かうと乗り込む。
腹が立つことは、座席の位置をやや調整しなければならないこと。
あののっぽと同じ位置では、クラッチがうまく踏み込めないのだ。
ガッと乱暴に座席調整して、カイトは車を出した。
おい。
帰り着いたカイトは、イヤな予感が的中したことを知った。
いや、本当はイヤな予感などはなかっ――もとい、見事な的中である。
カイトは車を入れると、早足で玄関に向かった。
違う車が止まっていたのだ。
ハルコのものではない。
もう彼女は帰ったのだろう。
その車はなくて、代わりに。
カイトはちらとのぞき込んだ。
ナンバーは覚えていないが、この車種と内装を見れば一発である。
あんにゃろう!
勝手な訪問者が誰であるかに気づいて、一気に沸騰した。
バン、と玄関を開けて、物凄い勢いで自分の家に殴り込んだ。
上着を握りつぶさんばかりにひっつかんだまま。
途端、笑い声が聞こえた。
特徴のあるその笑い方に、更に確信を強めて、カイトは声の方へと走った。
ダイニングの方だ。
「くっくっく…そうそう…そこで、カイトが…」
近づく度に、そいつの声がくっきりと聞こえてくる。
しかも、腹の立つことに話のネタは、どうやらカイトのようだった。
「そんな…あははっ」
え?
けれども、受け答えをしながら笑っている声を、彼は聞いてしまった。
あの声を聞き間違うハズなどない。
メイだ。
彼女が、このダイニングで笑っているのだ。
頭に、カッと血が昇った。
声を立てて笑うところなど、彼は見たことも聞いたこともなかった。
なのに、カイトのいないところで、こんなに楽しそうに。
バン!
カイトは遠慮会釈なく、ドアを開け放った。
メイの驚いた目が、自分を映す。
もう笑顔は、どこにも残っていなかった。
クッ。
カイトは彼女を見ないようにして、照準をもう一人の方へと映す。
ロックオンした直後に、スカッドミサイルを何十発とお見舞いしたいくらいだった。
メイの手前側。
いつもカイトが座るその席に、男の背中があった。
彼の席に座っているのだ。
その背中が、いきなりの乱入者に驚く風でもなく、ゆっくりと振り返る。
「よぉ、元気そうだな」
彼の憤怒の形相など見えていないかのように、にこやかな笑顔。
こんな知り合いは、一人しかいない。
ダイナマイトが点火された。
「ソウマ! てめー、何しにきやがった!」