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11/30 Tue.-23

「……!!」


 本当は、「きゃー!!」と叫びたかったのだ。


 自分の身体にずしっと何か大きなものが降ってきて、反射的に目を覚ましたメイは、驚きの余り声にならない悲鳴を上げた。


 その重みで、ベッドの上に仰向けに倒れて。

 しかし、それでも軽くはならなかった。


 自分の身体の上に重石があるのだ。


 な、な、何?


 心臓が口から飛び出しそうだった。


 何が自分の上に乗っているか分からなかったのだ。


 しかし。


 ドキン!


 一際強く、心臓が跳ね上がった。


 彼だ。


 メイは分かったのである。


 いま、自分の上にいるのは――カイトだったのだ。


「あ…あ…」


 これは一体どういうことなのか。


 彼女には触れないと宣言してくれたハズのカイトが、何故いま自分にのしかかっているのか。


 優しいハズの、彼が。


 メイは唇を震わせた。


 この突然起きた現象に対処出来なかったのだ。

 彼を抱きしめたいという衝動は覚えたけれども、こういうのとは違うのだ。


 こういうのとは――


 しかし、メイの硬直は解けた。


 自分の耳元で、カイトの息を感じたからだ。


 規則正しく繰り返されるそれは、まるで寝息だった。


「え?」


 目を今度は見開いて。


 意識を彼の唇の方へと向ける。


 すーすーすー。


 静かな呼吸音。


 それと、お酒の匂い。


 あっ!


 メイは、かぁっと全身が赤くなるのを感じた。

 いま、彼を疑ったことが、物凄く恥ずかしいことに思えたのだ。


 カイトは、酔って眠っているだけだった。


 酔っている時は、いろんな判断能力が低下するもので。


 彼は、いつものクセでベッドに向かっただけなのだろう。

 そこにメイが寝ているということを忘れて。


 そうして、倒れ込むように眠ってしまったのだ。


 要するに、いまのカイトにとって彼女は、女ではなく敷布や枕と大差ない存在なのである。


 それだけなのに。


 私ったら。


 自分のことを、バカバカと繰り返すだけしかできなかった。


 カイトの意識がなくて、本当によかった。


 でなければ、身体の下で顔を押さえてジタバタしているメイを目撃されてしまうところだった。


 すかー。


 そんな彼女の心など知らないカイトは、気持ちよさそうに眠っている。

 身体と呼吸の下で、メイがいたたまれない思いをしているというのに。


 あれだけ心の中で騒々しい真似をしていても、彼には全然伝わっていない。

 起きる気配すらないのは、お酒で眠りが深い証拠。


 メイは、手探りをした。


 これからどういう状況に持って行こうにも、この暗さではどうしようもないのだ。


 いままで探したことはなかったけれども、一応ここはベッドである。

 だから、ベッドサイドの明かりくらいあるかもしれないと。


 それは、ビンゴだった。

 スイッチが手に当たって。


 パチン。


 薄白い明かりは、サーチライトだ。

 ごく狭い範囲を、円形に切り取って見えるようにしてくれる。


 あっ。


 メイは、ドキドキと胸を騒がせた。


 さっきまで暗くて意識していなかったけれども、カイトの無防備な寝顔が――本当に、すぐ側にあったのである。


 寝顔を見たのは、初めてだった。


 だから、きっとこんなにまで胸が騒いでしまうのだ。


 若い男女がこういう状態というのは、あまり聞こえがよくない。

 いま誰かに踏み込まれたら、きっと誤解されるに違いなかった。


 でもでも。


 メイは、離れがたかった。


 彼の下から這い出る。


 だが、広いベッドであるにも関わらず、触れあえないほど遠くに離れることが出来なかった。


 暖房は効いているが寒くないようにと、とにかく自分がくるまっていた毛布だけを何とかはがして、彼にかける。


 カイトは全然起きる気配がない。


 明かりを消して、同じ毛布の中にもぐりこむ。


 やっぱり起きる気配はなかった。


 もう少し。


 あとちょっと。


 彼が酔って眠っているのをいいことに、メイはあの時に出来なかったことをしたのだ。


 おずおずと。

 同じ毛布にくるまって、カイトの身体を抱きしめる。


 もうちょっとだけ…起きないで。


 お願い。


 彼女は、それを願った。

 本当はしてはいけないこと。

 それは分かっているのだ。


 想像とは、違った。


 想像よりも、カイトの身体は固い。


 それに、空想の時のように腕がうまく回せない。

 すぐ側に顔があって、心臓が破れそうなくらいドキドキしていて、直視できない。


 こんなこと。


 いけないのに。


 でも、抱きしめたかった。それはもう、自分でも信じられない勇気と衝動。


 そんな時。


「うー…」


 カイトが唸った。


 心臓が飛び跳ねて、彼から慌てて逃げようとした。

 もしもいま起きられたら、何の言い訳も出来ないだろう。


 しかし、毛布をはねのけるように動いた腕が、彼女の身体を捕まえた。


「あっ…」


 思わず洩れた自分の声に後悔を覚えるヒマもなく、メイは強く抱きしめられていた。


 むにゃむにゃ。


 口の中で、何かカイトが呟いている。


 それが、頭の側で聞こえるくらいの胸の中。

 彼女の想像などぶち破るような腕の感触が、自分を抱き寄せているのだ。


 冗談ではなく、カイトの鼓動が聞こえた。

 乱れる様子もなく、ただトクトクと繰り返す。


 自分が、夢を見ているんではないだろうかと不安に思える。

 こんなに自分に都合のいい夢はなかった。


 まるで恋人同士のような――


 それを思った瞬間、メイの魔法は解けた。


 余りに悲しいことに気づいたのだ。


 結局、何をどう思っても感じても、いまこうやって抱きしめられているのでも、単なる物理的結果に過ぎないのだと分かったのだ。


 無意識に抱えて眠る枕と大差ないのである。


 心がないのでは、人形と同じ。


 彼女は、目を伏せながら身体をはがそうとした。


 けれども。


 カイトは、彼女をしっかり抱きかかえている。


 あ…離して。


 一度落ちてしまった心は、なかなか登らない。


 しかし、彼の腕はしっかりとメイを抱きしめ眠り続ける。


 決して乱れない呼吸と心拍数の中で、彼女はずっと目を閉じることが出来なかった。

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