11/30 Tue.-16
□
暗いのが怖いなら怖いと、さっさと言え。
先を歩いてダイニングを出るカイトは、文句をシリメツレツに仕立て上げた。
メイが皿洗いを楽しそうにしているのに腹を立てて、早く彼女を調理場から引きずり出そうとしたのだ。
だから、あんな性急に明かりを消したのである。
するといきなり、いぶし出されたウサギのように、穴蔵を飛び出していった。
カイトの方が出遅れてしまうくらいの勢いで。
そういうつもりでやったわけじゃないのだ。
知らなかったとは言え、彼女を脅かしてしまったことに、カイトはひどい不満を覚えた。
本当に、知らないことが多い。
当たり前だ。
まだ、彼女と出会って1日。
そんな短い時間で、一体何が分かるというのか。
時々見える断片から、カイトは彼女という輪郭を想像しなければならないのである。
部屋に戻るために歩く自分を、追いかけてくるメイの気配は、はっきりと感じていた。
その間にわずかでも空間があるのが、余計に苛立たしい。
彼女の腕を掴んで、強く引っ張っていきたかった。
けれども、またそんなことをして泣かれでもしたら。
皿と自分に、そんなにまで格差があるかと思うと、また一段と腹立たしい。
がんがん、と乱暴な足取りになりながらカイトは階段を上った。
ダイニングも。
廊下も。
階段も。
全部、電気をつけっぱなしのままだ。
通り過ぎてしまえば無駄な明かりなのに、カイトはスイッチに手を伸ばそうともしなかった。
これ以上、メイを怖がらせたくないというのもあったが、さっき自分がしくじったことへのハライセでもあった。
しかし、ちっとも気分が晴れない。自分で自分にハライセなんかをしても、全然いいコトはなかったのだ。
クソッ。
自室のドアの前まで来て、カイトは足を止めた。
勿論、いまの自分の渦巻く気持ちのせいもあったが、もう一つ、自分が何か大事なことを忘れているような気がしてしょうがなかった。
それが分からないから、渦巻きが余計に増えていく。
メイが側まで来たのが分かった。
バン。
ドアを開けた。
つい無意識に、いつものように上着を脱ぎ捨てた。
ばさっとそのまま床に落として。
それからぶらさげたままのネクタイを引っ張って落とす。
シャツのボタンを3つまで外したところで、このまま自分がここで服を脱ぐつもりだったことに気づいた。
クセとは怖いものだ。
慌てて手を止めて、後ろから入ってきたメイを振り返る。
すると、彼女は落ちている上着を拾っているところだった。
だっと踵を返して、カイトは彼女の目前に迫った。
「え?」
いきなりの突進に、面食らったメイの手から、バッと上着を奪い取る。
まだ、全然彼女は分かっていなかった。
こういう場合は、放っておけばいいのである。
そんなことが出来る性格じゃないのを、カイトは分かりかけてはいたけれども、つい自分勝手な希望を通したくなるのだ。
カイトは、ネクタイも拾った。
そのまま、ベッドの上に投げつけるように飛ばした。
いきなり、持っていた上着がなくなったメイは、まだその変化についていけないようで、びっくりしたまま手を見ている。
しかし、カイトの方は別の意味でビックリしていた。
驚きの余り、固まってしまう。
見てはいけないものを見てしまったのだ。
ベッドが。
いや、そのベッドはカイトのもので、朝と同じ形だった。
だがしかし。
枕が二つになっていたのである。
そして、毛布も余計に増えていた。もう1人分。
さぁーっっ。
カイトの血が一気に足元まで落ちる。
ここで、ようやく思い出したのだ。
ハルコに、着る物を買ってこいと言ったところまではいい。
けれども、一つ言い忘れていた。
客間の準備をしろということを、だ。
まさか、まさか、まさかーっっっ!!!!
冷や汗がダラダラ流れて来る。
ハルコは、もしかして2人の関係を、物凄く勘違いしているのではないだろうか。
そういう関係じゃないとは言わなかったが、そういう関係とも言ってない。
ということは、彼女が自己判断でそういう風に曲解して、枕を――
「あ? あの…」
ばびゅーんっっ!!!!!
メイを置いて、部屋を飛び出した。
最後の望みを託して、客間を覗こうと思ったのだ。
客間は2部屋ある。
1階と2階に一つずつ。
カイトは、手近な2階の客間のドアを開けようとした。
ガチャガチャッッ。
カギがかかっている。
どこかを探せばカギはあるだろうが、この事実で部屋の用意をしていないということが分かった。
クソッ。
今度は1階だ。
思い切り段を飛ばして降りていきながら、カイトはシュウの部屋の前を通り過ぎ、奥の客間のドアを――。
が。
やっぱり、カギがかかったままだった。
――絶望的だった。
ハルコは、客間の用意をしなかったのである。
その代わりに、カイトのベッドに枕と毛布を余計に用意したのだ。
あんにゃろう…。
内心で、にっこり微笑む彼女の顔を思い出して、怒りをつのらせる。
とんでもない勘違いをしてくれたものである。
日頃は気の利いた女性であるのだが、今回ばかりは大ハズレだ。
帰りの足取りが重くなった。
通りすがりにあったシュウの部屋のドアを、八つ当たりにガンとけっ飛ばす。
しかし、足を止めたりはしなかった。
ムカムカしたまま廊下を通り過ぎ階段にさしかかる。
その時に、ようやく後方のドアが開く。シュウに違いない。
チッ。
何事かという視線を背中に感じても、カイトは振り返ったりしなかった。
向こうも声をかけてこなかった。
階段を上る。
降りるときの1/10の速度だった。
部屋に帰りたくなかったのだ。
今夜の越し方のことを考えると、めいっぱいの憂鬱が襲いかかってくる。
また一晩、彼女と同じ部屋ということか。
信じられねぇ。
思い出すだけでグラグラしそうだった。
昨日の夜、なかなか寝付けなかったことも、心の中でわだかまっていたものも。
あんな眠った気のしない夜なんか、大嫌いだった。
その夜が、また来るのだ。
階段を上がったら。
心配そうな顔がドアの前にあった。
置いていかれた動物みたいな目で――っ!!
んな目ぇ、すんなー!!
ダンダンダン!!
心の中で、足を強く踏み鳴らした。
夜のことを考えると、限りなく自分が信用できないケダモノのように思えるのに、そんなバカヤロウを目の前に、何て顔をするのか。
これがカイトではなく他の男だったなら、絶対どうかされるに違いない。
絶対に、絶対!!!
頭の中の決めつけは、冷えたガムのように彼にこびりついた。
彼女に信用して欲しかった。
だから、あんなガラにもない宣言をしたのだ。
けれども、いまみたいな目は反則だった。
知らない顔を持ち出して、いまのカイトに向けるなんて――チクショウッ。
無言で顔をそらしながら、カイトは彼女の脇をすりぬけて自室に戻った。
忌々しいベッドを見ないようにしながら、ソファにガンとふんぞり返る。
パタン、とメイも部屋に戻ってドアを閉めた。
けれども、彼女はそのドアの側から動こうとはしなかった。
じーっと突っ立っている。
どこにいたらいいのか分からないようだ。
う。
カイトは、更に困る。
この部屋の、どこに彼女を置いておけばいいか分からなかった。
向かいのソファが空いているけれども、その席を勧めるのは、ある意味自爆を誘うようなものである。
そんな至近距離で、彼女を見るなんて。
ダイニングは、まだマシだった。
あそこは食事をする場所である。
たとえ向かい合っていても、他にもすることがいっぱいあるのだ。
しかし、ここで向かい合わせで座ったら。
本当に何もすることがないのだ。
ガタッと立ち上がって、カイトは机の方へと向かった。
昨日電源をブチ切ったままのノートパソコンが、まったくその時のままの状態で放置されている。
「テキトーに、そこら辺に座ってろ…」
オレは、仕事をする。
そういうポーズを背中で見せつけながら、カイトは電源を入れた。
前回不正終了をしたので、ディスクチェックをするからちょっと待ってくれと、コンピュータが告げてくる。
シャツ姿のまま、彼はその椅子に座った。
シーン。
思い切り静かだ。
あん?
カイトは眉を顰めた。
どうしても、無意識に後ろの気配を探ってしまう自分に気づかないまま、彼は振り返った。
そして――吠えた。
「誰が、んなとこに座れっつったー!!!!」
メイは。
ドアのすぐ側の絨毯の上に座り込んでいたのだった。




