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11/30 Tue.-12

 オレぁ、ぜってー食わねーからな。


 イライラしながら、カイトはそれを思った。


 まだ目の前で、メイはぐすぐす言っているのだ。


 ここがダイニングで、テーブルの上に料理が乗っていて、いまから食事だ、という雰囲気ではなかった。


 といっても、保温プレートの上にある鍋の中身を、カイトが知っているハズもない。

 また、開ける気にもならなかった。


 勿論、この食わないというのは、断食の宣言などではない。


 彼女が手をつけない限りは、カイトだって手をつけないということだ。


 大体、何でピーピー泣きやがるんだ!


 昨日はほとんど泣かなかったというのに、今日になった途端、ボロボロと。


 確かに、彼女にとっては激動の24時間であったことは間違いない。


 しかし、カイトは全然納得できなかった。


 メー…ワクだったのかよ。


 ズシン。


 自分の心を掠めた思いに、いきなり木星にいるような気分を味わわさせられてしまう。

 地面にはいつくばらされている間に、ガニメデが頭の上を通り過ぎていくのだ。


 いつもの5倍の重力。


 そうだ。


 カイトは、一つも彼女に確認を取っていないのである。


 あの店から連れ出す時も、ここに連れてくることも、これからのことも。


 だからメイは、自分が今どういう立場におかれているのか、分からないに違いない。


 ようやくにして、カイトは彼女気持ちをわずかながら感じられたような気がしたのだ。


 しかし、迷惑だったかどうかなんて、メイに聞けるハズもなかった。


 ズシン。


 今度は、口が木星送りになる。


 もしも、そんなことを聞いて、彼女に肯定されたらどうなるか。


 ここにいるのが、イヤだと言われたら。


 カイトが、異星送りのロケットへと詰め込まれかけている間に、だんだんメイの涙は小康状態になっていった。


 もう、鼻をすする音も嗚咽も聞こえない。


 落ちついてきたのだろう。


 彼は、顔を顰めたまま立ち上がった。


 メイの方に行くのではない。


 ドアをへだてた、続き部屋の調理場へ行くのだ。


 電気をつけて、ばっと周囲を探す。


 ハルコが綺麗に掃除をしてくれているようで、流しなどピカピカだ。

 しかし、彼が探しているものは流しじゃない。


 顎を巡らせる。


 あんな、『泣きました!』と宣言しているような顔のまま、食事をさせるワケにもいかなかったのだ。


 第一、カイトがそんな顔を見たくなかった。


 フキンで顔を拭かせるワケにもいかない。

 あれは、何に使ったか分からないようなタオルだ。


 カイトは、めぼしいものが見つけられなくて、足早に調理場をウロウロした。


 ようやくキッチンタオルを見つける。


 箱ごとがしっと掴むと、カイトは調理場を後にした。


 ドアも開け放したまま、電気もつけっぱなしのまま、カイトはダイニングに戻ったのだ。


 メイは、うつむいていた。


 その横に立って、ダン、と箱ごと置く。


 そして、また無言で自分の席に戻った。


 どすん、と座って。


 彼女にかける言葉を検索する。


 とにかく、メイを少し安心させる言葉が必要だったのだ。


「あー…」


 とりあえず唸ってみる。


 これで言語中枢のつかえが取れるというワケではないが、このまま黙っていると喉の奥から言葉ではなく、違うものが出てきそうだった。


「あー…あのな」


 がしっと頭に手を突っ込む。


 食事の前には、あまり衛生上よくないことだが、いまの彼はそれに気づいていない。


 メイは、彼の持ってきたキッチンタオルを取り出しながら、顔を拭き始める。


 でも、言葉は聞こえているはずだ。


「あのな…オレは、おめーに何もしねーから…妙な心配すんな」


 出てきた言葉は、それだった。


 どうせ、何もできねー。


 クソッ。


 内心で暴れるほどぶすったれているのが分かっていても、カイトはそれを宣言しなければならないのだ。


 でないと、一生彼女は自分を信用してくれないような気がしたのである。


 ぐしゃぐしゃにしたキッチンタオルを持った顔が上を向く。


 潤んだ茶色の目が、じっと彼の言葉を見ていた。


「そんで!」


 妙に声に力が入ってしまった。


「…金のことも気にすんな。返そうなんて考えなくていいからな!」


 大体、小娘1人がまっとうな仕事で返せる金額ではないのだ。


 ここで、またあんな商売に逆戻りされては、彼がアタッシュケースを開けた意味がない。


「あの…」


 涙声が自分に向けられる。


 多分、さっきカイトが言ったことについての反論なのだろう。


 しかし、カイトは言葉尻を彼女に渡したりしなかった。


「うー…んで、行くとこねーなら……ここにいろ」


 彼女から、目をそらしながら――声が違う音を含まないように気をつけながら、カイトは言ったのだ。


 こんなに、言葉に気をつけてしゃべったことなどなかった。


 ずっとここにいろ。


 そういう音が、メイにバレないように。


 カイトは、そっぽ向いたままだった。


 食卓に肘をついて、自分の顎を抱えてそっぽを。


 こんな言い慣れない言葉が、自分の口から出てくる日が来るなんて。


 とんでもない事実だ。


 けれども、彼女に出て行って欲しくなかった。


 何も出来なくても、それでもここにいて欲しかったのである。


 いままでのしがらみとかそういうものも、忘れて欲しかった。


 金のことも、昨日いた職場のことも何もかも。


「そんなことできません!」


 ばっとタオルをひきはがして、彼女が強い声で主張する。

 とんでもない、と言わんばかりだった。


「いーって言ってんだろ! オレは気にしちゃいねー!」


 分かんねー女だな。

 黙ってオレの言葉を鵜呑みにしろ!


 カイトは、本当に無茶苦茶である。


「だって…あんな…そんなのおかしいです」


 何で、そんなによくしてくれるんですか? 分かりません。


 うっ。


 カイトは、彼女の言葉に詰まらされた。


 自分でも答えの出てない、一番の疑問点を突っ込まれたからだ。


 彼は顔を歪めた。


「……むかし…そう、昔! その…オレも、見ず知らずの人に借金を返してもらったんだよ…だから! だから…いいんだよ。オレが…そうしたかったんだ」


 つっかえつっかえ――カイトは、木星の唇を動かした。



 勿論、大ウソである。



 カイトにそんな過去などあろうハズがなかった。

 けれども、これくらいの理由がなければ、メイが納得しないように思えたのだ。


 シーン。


 カイトの最後のセリフで、ダイニングが静まり返る。


「そう…だったんですか…」


 彼女の声が、いきなり同情的なものに聞こえた。


「ばかやろ! 同情される言われなんかねぇ!」


 あんな下手なウソを、見事に彼女は信じ込んでくれた。

 よほど人を疑わない性格だ。これでは、世の中で騙されたい放題である。


「……すみません」


 しゅん。


 カイトが畳みかけたせいで、また彼女は小さくなろうとした。


 だー!!!!


 また、苛立ちとかそういうものが、一斉にヤリを持ってカイトに襲いかかってくる。


 こういう言葉のやりとりは、本当に彼は苦手なのだ。


「でも…」


 それなのに、まだメイは、食い下がろうというのか。


 カンカンッッ!!!


 カイトは、フォークで皿を乱暴に叩いた。

 もう、この話題で彼女としゃべりたくなかったのだ。


 伝えることは伝えた。


 彼には、これ以上言う言葉を探せるハズもない。


「メシだメシ! ハラ減った!」


 けれども――これも大ウソだった。

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