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01/09 Sun.-9

 手を握られた。


 メイに好きだと言われた。


 抱きしめた。


 メイに好きだと言った。


 抱きしめた。


 口づけた。


 こめかみが、ガンガンしていた。


 身体中を血が、逆流しているせいだ。


 いまの事実を、自分が誰よりも信じていないせいである。


 ただ、さっきの事実を並べては、本当かどうか確認せずにはいられずに、また口づける。


 抱きしめる。

 抱きしめる。


 もっと。


 どこで、間違ったのか。


 彼女は、ずっと自分のことが好きだと言った。


 カイトも彼女のことを、ずっと好きだった。


 2人のずっとは、どこから重なっていたのだろうか。


 あんな離れ方をしてしまった。


 メイを傷つけて、もう二度と会う資格がないと思った。


 なのに、彼女は自分からカイトの前に戻って来たのである。


 しかも、ただ戻ってきただけではなかった。


 好きだと。


 そう言ってくれたのである。


 どこで、ボタンをかけ違えたのか。


 いや、違う。


 知らなかったのだ。


 カイトは、自分と知り合う以前の彼女を、知らなかったのである。


 だから、一緒に暮らし始めた時のメイと比較のしようがなかった。


 どんな素振りを見ても、元々そうなのだと思っていたのだ。


 カイトに対して、そんな気持ちを抱いているなんて知らなかった。


 知っていたら―― 気づいていたら、あんな事件など起こさずに済んだのに。


「バカや…ろう」


 自分に向かって唸る。


 ちゃんと分かっていたら、彼女を泣かせたり傷つけたり、こんな寂しいところに一人置いていたりしなかったというのに。


「お願…い…もっ……もっ…と…」


 強く抱きしめて、と懇願するメイ。


 愛しい。


 ずっとこんなに愛しかったのだ。


 離れて生きていけると思ったのか、こんなに愛しい存在と。


 腕の中に置いてなお、飢えるような足りなさを感じ、満たしたいという気持ちでいっぱいになる相手と、これから一生離れて暮らせると、本当に思っていたのか。


 信じられなかった。


 また、ぎゅっと抱く。


 お互いのコートの感触を、何度も何度も抱きしめた。


「クソッ…!」


 しかし、足りなかった。


 カイトはばっと彼女を引き剥がすと、自分のコートを脱ぎ捨てた。


 瞬間。


 ハッと動きを止めた。


 冷たい汗が、背筋を落ちる。


 こんなに荒れ狂っている自分を、止める自信がなかった。


 しかし、それではまた、彼女に乱暴しかねなかったのだ。


 記憶が、彼の足に枷をつける。


 ベッドの上で力を抜かれてしまったあの光景が、カイトの神経を冷たく縛ったのだ。


 また、メイを。


 そう思ったら、カイトはコートを脱ぎ捨てたまま動けなくなった。


 それどころか、もう一度彼女を抱きしめる自信がなかった。

 コートなしで抱きしめたら、もっと彼女の感触を知りたくなる。


 何もかも、むしり取りたくなる。


 自分のも―― メイのも。


 また、同じコトを繰り返したら。


 カイトは。



 動けなかった。


 なのに。


 ハッと、カイトはその音に顔を向けた。


 自分の目に飛び込んできた光景を、彼は信じられなかった。


 グレイの目を大きく見開いて、彼女の姿を見た。


 メイが。


 彼女が、もつれる指で―― 自分のコートのボタンを外していたのである。


 もう、こんなものを着ていることさえ、耐えられないかのように。


 驚いて見ているしか出来ない。


 そんな彼の前で、コートが脱ぎ捨てられた。


 しかし、指はそこで止まらなかった。


 そのまま、下に着込んでいたジャケットのボタンも外してしまったのである。


 ばさっと、足元に落ちた。


 そして。


 同じ勢いのまま。


 ブラウスのボタンを外そうとしたのである。


 稲妻が。


 カイトを撃ち抜いた。


 思いは―― 同じだったのだ。


 欲しいと思う気持ちは、自分だけじゃなかったのだ。


 メイも、カイトを欲しいと思っている。


 こみあげる気持ちを、カイトは眉をぎゅっと寄せることで押しとどめた。


 手を伸ばす。


 そして、ボタンにかけられた彼女の手を握り込む。


 ビクンッ、と震える身体。小さな手。


 動きを止めたメイは、うつむいた。

 髪が、カーテンみたいに彼女の表情を隠す。


「いや…?」


 小さな声だった。


 本当に消えてしまいそうなくらい、小さな声。


 不安で怖くて震えている声だ。


 カイトは目をひんむいた。


 何ということを、彼女は聞くのか。


 それを聞きたかったのは、カイトだというのに。


「バカや…!」


 また、抱きしめた。


 そんなワケあるはずがない。

 カイトが、彼女を抱くのをイヤがるなんて、絶対にありえないことだ。


 だが、きっと乱暴になる。


 この衝動を、抑えられるはずがなかった。


 優しくしてやる自信なんて、本当に全くなかった。


 それでもいいのか。


 本当にいいのか。


 でも、もう―― 止められそうになかった。


 メイは、彼の爆弾のスイッチを入れてしまったのだ。


 がむしゃらに、彼女を抱きしめた。


 この腕を離したくない。


 いや、もう二度と自分の側から離したくない。


 メイの身体を抱え上げて、固いパイプベッドに降ろす。


 しかし、首に回された腕は解かれず、そのまま彼女の上に乗り上げる形になってしまった。


 頬に、柔らかくて冷たい髪の感触がある。


 まだ、腕を離してくれなかった。


 その強い力。


 胸が、締め付けられる。


「優しく…できねぇ」


 その耳元で、苦しい声を出した。


 ぜってー、無理だ。


 どんなに、彼女が大事で大事で泣かせたくなくても、このままじゃ自分が間違いなく敵になる。


 こんなに愛しい存在を前に、穏やかな気持ちになれるはずがなかった。


 メイは、首を横に振った。


 何度も何度も、涙のまま。


「ひどくて…いいの。あなたがそこにいるって、私に教え…」


 全部聞かなかった。


 こらえきれず、噛みつくように口づけてしまったから。

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