12/24 Fri.
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シャンシャンシャーン。
クリスマスクリスマスクリスマスクリスマス。
メイはケーキを売っていた。
この日が、一番の稼ぎ時だ。
わざわざ店の前に特設店舗を作って、メイはもう一人の女の子と2人で立っていた。
今日の天気は晴れ。
生憎、雪は降らないということだが―― それが、こんなに嬉しい日もなかった。
たとえ、彼女らはサンタ風の衣装を着込んでいるとは言え、結局スカートである。
タイツをはいてブーツを履いていても、裾から寒風が吹き込んでくるのだ。
「早く売ってしまおうね。そしたら早く帰れるよ」
もう一人の子は、バイトが長い。
去年のクリスマスもこうだったらしい。
去年は予想外に早く売り切れて、仕事上がりも早かったという。
今年もそうだといいな、とメイは思った。
でも、去年売り切れたせいで、今年は去年よりも街頭販売のケーキの数が多いのだという。
それは、ちょっと嬉しくない材料だ。
とにかく、大きな声で呼び込まなければいけない。
そういう仕事はやったことがなかったが、やります、ということで雇ってもらったので、今更ダメだと言うワケにもいかなかった。
「大丈夫。最初の一歩を踏み出してしまったら平気だって。こっちはサンタの格好してるしね。女の子のサンタは目を引くんだよ」
励まされて、メイはすぅっと息を吸い込んだ。
「メリー・クリスマス! ケーキはいかがですか?」
※
日中はよかった。
日差しもあったし、風も思ったほど冷たく感じなかった。
大変だったのは。
「寒いぃ…」
日が暮れた後だった。
慣れているとは言え、もう一人の子がその場で足踏みをする。
本当に、足からアスファルトに凍りづけられそうな気がするのだ。
「もう、主婦の人たちも寒いから家に帰っちゃいましたね…大丈夫かなぁ」
まだ、山と積まれたケーキを見る。
辺りは真っ暗だ。
会社帰りの、コート姿の人たちが行き交っている。
本当に、こんな街頭販売で売り切ることが出来るのだろうか。
すごく心配になってきた。
「バカね、あのサラリーマン連中が、本当のターゲットよ」
小さく耳打ちされる。
家には、ケーキが既にあるというのに、子供を喜ばせるためにもう一個。
酔っぱらいがふざけてもう一個、という風に売りつけるのだそうだ。
膝が笑い出しそうになるのをガマンして、メイは一生懸命笑顔を浮かべた。
かなり枯れてきた喉で、大きな声で呼び込みをした。
目の前に男の人が立つ。
「いらっしゃいませ!」
反射的に、メイは大きな声で応対した。
「あ、ごめんごめん…これ、カレシ」
しかし、すぐ隣のサンタに止められる。
見れば、オーバーを着込んだ若い男だった。
「何だよ、まだ終わんねーのかよ」
「ごめんって、分かってんじゃない…ほら、まだこんなに残ってんのよ。終わったらケイタイ鳴らすから、ね? お願い」
サンタがカレシに手を合わせている。
きっと、この仕事が終わった後に約束をしているのだ。
2人でケーキを食べるのだろうか。
自分がこんな格好をしているというのに、メイはあまりクリスマスの実感がなかった。
今年は、クリスマスから隔離されているようなところで、静かに生活をしていたせいだ。
ただ、カレンダーの日付だけが、12月24日になったのだ。
けれども、この環境もいまの仕事も、自分で考えて決めたことである。
ちゃんと、クリアしなければならない。
ああ。
でも、どうせなら。
こんな風に出会いたかった。
メイはパン屋に勤めていて、街頭でケーキを売っていて。
カイトは、会社の帰りに通りかかって。
背広とかコートのまま、何故かケーキを買うのだ。
それが、彼との一番最初の出会いだったらよかった。
そうだったら、きっと勇気を出して、当たって砕けてもいいから『好きです』って言えたのだ。
たとえ、結果がどうなったとしても。
絶対に、絶対に、告白したのに。
でも、きっと彼はこんなところは歩かないし、ケーキに目もくれたりもしないだろう。
出会いは―― 結局なかったのかもしれない。
同じ目の高さで。
間に何のシガラミもなく。
好きとか嫌いとかを、堂々と表現できたら。
きっとカイトがケーキを嫌いだと知っていたとしても、『メリー・クリスマス! ケーキはいかがですか?』って、大きな声で呼びかけられただろう。
「ごめんねぇ」
隣から声をかけられて、メイは、はっと我に返った。
見れば、もうあの男の人はいない。
「売れ残ってるって分かってて来るから頭にくるよねー。10個くらい買ってくれたらいいのに」
彼女も早く仕事を終わりたいのだろう。
ちょっとふくれながら、在庫のケーキを見る。
でも、わざわざ彼が訪ねてきて嬉しそうなところが―― 羨ましかった。
※
ケーキ。
買ってきちゃった。
というか、何個か余ったのだ。
売り子としての責任もあったし、何となく欲しい気持ちになって一個買ってきた。
まだアルバイト代も出ていないというのに。
そういう意味では、ちょっと自己嫌悪だ。
預かったお金を使い込んでいるような気にさせられる。
すみません。
お金の封筒に向かって、メイは謝った。
ストーブをつけてお茶を入れる。
今日の夜ゴハンはパンだ。
職場が職場だけに、売り物にならないものをもらってきたのだ。
けれども、パンを食べる前にケーキの箱を開けた。
白い生クリームのイチゴのケーキ。
サンタの砂糖菓子と、メリークリスマスのチョコレートの看板。
プラスティックのモミの木。
ベタベタなクリスマスケーキである。
クリスマスは、好きだった。
父親が、知り合いのところからケーキを買ってくる。
そして、家で2人でケーキを食べるのだ。
父はあまりケーキを食べなかったので、ほとんどメイが独り占めだった。
思えば。
父のいない、初めてのクリスマスだった。
父の買ってないケーキ。
変な気分だ。
誰もいないクリスマス。
メイは、振り切るようにケーキを切った。
お皿に乗せる。
フォークはまだ買っていないのでスプーンですくった。
ぱくん。
クリスマスケーキは、何故か毎年同じ味だ。
どこで買っても同じ味。
でも、他の日に食べるケーキとは違った。
クリスマス味のケーキなのだ。
好きな人が、誰か一人でも側にいないと―― 悲しい味になる。