表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/175

12/24 Fri.

 シャンシャンシャーン。


 クリスマスクリスマスクリスマスクリスマス。


 メイはケーキを売っていた。


 この日が、一番の稼ぎ時だ。


 わざわざ店の前に特設店舗を作って、メイはもう一人の女の子と2人で立っていた。


 今日の天気は晴れ。


 生憎、雪は降らないということだが―― それが、こんなに嬉しい日もなかった。


 たとえ、彼女らはサンタ風の衣装を着込んでいるとは言え、結局スカートである。


 タイツをはいてブーツを履いていても、裾から寒風が吹き込んでくるのだ。


「早く売ってしまおうね。そしたら早く帰れるよ」


 もう一人の子は、バイトが長い。


 去年のクリスマスもこうだったらしい。


 去年は予想外に早く売り切れて、仕事上がりも早かったという。


 今年もそうだといいな、とメイは思った。


 でも、去年売り切れたせいで、今年は去年よりも街頭販売のケーキの数が多いのだという。


 それは、ちょっと嬉しくない材料だ。


 とにかく、大きな声で呼び込まなければいけない。


 そういう仕事はやったことがなかったが、やります、ということで雇ってもらったので、今更ダメだと言うワケにもいかなかった。


「大丈夫。最初の一歩を踏み出してしまったら平気だって。こっちはサンタの格好してるしね。女の子のサンタは目を引くんだよ」


 励まされて、メイはすぅっと息を吸い込んだ。



「メリー・クリスマス! ケーキはいかがですか?」


 ※


 日中はよかった。


 日差しもあったし、風も思ったほど冷たく感じなかった。


 大変だったのは。


「寒いぃ…」


 日が暮れた後だった。


 慣れているとは言え、もう一人の子がその場で足踏みをする。


 本当に、足からアスファルトに凍りづけられそうな気がするのだ。


「もう、主婦の人たちも寒いから家に帰っちゃいましたね…大丈夫かなぁ」


 まだ、山と積まれたケーキを見る。


 辺りは真っ暗だ。


 会社帰りの、コート姿の人たちが行き交っている。


 本当に、こんな街頭販売で売り切ることが出来るのだろうか。


 すごく心配になってきた。


「バカね、あのサラリーマン連中が、本当のターゲットよ」


 小さく耳打ちされる。


 家には、ケーキが既にあるというのに、子供を喜ばせるためにもう一個。


 酔っぱらいがふざけてもう一個、という風に売りつけるのだそうだ。


 膝が笑い出しそうになるのをガマンして、メイは一生懸命笑顔を浮かべた。


 かなり枯れてきた喉で、大きな声で呼び込みをした。


 目の前に男の人が立つ。


「いらっしゃいませ!」


 反射的に、メイは大きな声で応対した。


「あ、ごめんごめん…これ、カレシ」


 しかし、すぐ隣のサンタに止められる。


 見れば、オーバーを着込んだ若い男だった。


「何だよ、まだ終わんねーのかよ」


「ごめんって、分かってんじゃない…ほら、まだこんなに残ってんのよ。終わったらケイタイ鳴らすから、ね? お願い」


 サンタがカレシに手を合わせている。


 きっと、この仕事が終わった後に約束をしているのだ。


 2人でケーキを食べるのだろうか。


 自分がこんな格好をしているというのに、メイはあまりクリスマスの実感がなかった。


 今年は、クリスマスから隔離されているようなところで、静かに生活をしていたせいだ。


 ただ、カレンダーの日付だけが、12月24日になったのだ。


 けれども、この環境もいまの仕事も、自分で考えて決めたことである。


 ちゃんと、クリアしなければならない。


 ああ。


 でも、どうせなら。


 こんな風に出会いたかった。


 メイはパン屋に勤めていて、街頭でケーキを売っていて。


 カイトは、会社の帰りに通りかかって。


 背広とかコートのまま、何故かケーキを買うのだ。


 それが、彼との一番最初の出会いだったらよかった。


 そうだったら、きっと勇気を出して、当たって砕けてもいいから『好きです』って言えたのだ。


 たとえ、結果がどうなったとしても。


 絶対に、絶対に、告白したのに。


 でも、きっと彼はこんなところは歩かないし、ケーキに目もくれたりもしないだろう。


 出会いは―― 結局なかったのかもしれない。


 同じ目の高さで。


 間に何のシガラミもなく。


 好きとか嫌いとかを、堂々と表現できたら。


 きっとカイトがケーキを嫌いだと知っていたとしても、『メリー・クリスマス! ケーキはいかがですか?』って、大きな声で呼びかけられただろう。


「ごめんねぇ」


 隣から声をかけられて、メイは、はっと我に返った。


 見れば、もうあの男の人はいない。


「売れ残ってるって分かってて来るから頭にくるよねー。10個くらい買ってくれたらいいのに」


 彼女も早く仕事を終わりたいのだろう。


 ちょっとふくれながら、在庫のケーキを見る。


 でも、わざわざ彼が訪ねてきて嬉しそうなところが―― 羨ましかった。


 ※


 ケーキ。


 買ってきちゃった。


 というか、何個か余ったのだ。


 売り子としての責任もあったし、何となく欲しい気持ちになって一個買ってきた。


 まだアルバイト代も出ていないというのに。


 そういう意味では、ちょっと自己嫌悪だ。

 預かったお金を使い込んでいるような気にさせられる。


 すみません。


 お金の封筒に向かって、メイは謝った。


 ストーブをつけてお茶を入れる。


 今日の夜ゴハンはパンだ。

 職場が職場だけに、売り物にならないものをもらってきたのだ。


 けれども、パンを食べる前にケーキの箱を開けた。


 白い生クリームのイチゴのケーキ。


 サンタの砂糖菓子と、メリークリスマスのチョコレートの看板。

 プラスティックのモミの木。


 ベタベタなクリスマスケーキである。


 クリスマスは、好きだった。


 父親が、知り合いのところからケーキを買ってくる。


 そして、家で2人でケーキを食べるのだ。


 父はあまりケーキを食べなかったので、ほとんどメイが独り占めだった。


 思えば。


 父のいない、初めてのクリスマスだった。


 父の買ってないケーキ。


 変な気分だ。


 誰もいないクリスマス。


 メイは、振り切るようにケーキを切った。


 お皿に乗せる。


 フォークはまだ買っていないのでスプーンですくった。


 ぱくん。


 クリスマスケーキは、何故か毎年同じ味だ。


 どこで買っても同じ味。


 でも、他の日に食べるケーキとは違った。


 クリスマス味のケーキなのだ。



 好きな人が、誰か一人でも側にいないと―― 悲しい味になる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ