表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/175

12/16 Thu.

 朝が来る。


 カイトは―― 家には帰らなかった。


 彼は、会社の開発室で朝を迎えたのだ。


 帰れるハズもない。


 どのツラ下げて帰れというのか、あの家に。彼女の側に。


 ギィ。


 椅子の背がきしむ。


 パソコンの画面は、もう長いことスクリーンセーバーになっている。

 戦車がバンバン砲撃をするような、穏やかではないセイバーだ。


 開発室の電気もつけずにいたために、彼の顔にその砲撃が反射する。


 赤の砲撃。緑の砲撃。黄色の砲撃が交互にカイトの頬で弾けた。


 帰れねぇ。


 昨日のままの背広姿だ。


 よれよれのグチャグチャのまま、カイトはうわごとのようにそう思った。


 怖くてしょうがない。


 こんなに怖い思いをしたのは、本当にこれが初めてだ。


 帰ったら。


 彼女に出会ってしまったら、見てしまうのだ。


 あの茶色の目の色が、変わってしまったことを。


 もしくは―― 別れを言われてしまう。


 彼女の口から、直接『さようなら』なんて言葉を聞かされたら。


 それが怖いのだ。

 震えるくらい、怖い。


 何もかも、自分ではないような気がする。


 彼女に出会ってから、ずっとそうだった。


 最後までそうなのか。


 最後。


 ゾッとしたものが背筋に走る。


 不治のウィルスの詰まった袋を割ってしまった気分だ。


 目には見えないが、確かにいま、自分の肺に入った。

 そんな確信があった。


 もう、どんなに水で洗い流そうとも、薬を飲もうとも―― 手遅れ。


 この悪寒は、症状の始まり。


 どんなに暴れようがわめこうが、これから彼を蝕むのだ。


 ねぇ!


 ガシャン!


 放り投げる。


 ねぇ! ねぇ! どこにあんだよ!


 ガシャン、ガシャン!!!


 転がり出る自社他社のソフトを投げ捨てながら、カイトはラックの中を探し回る。


 いまにも、ウィルスの次の症状が現れそうだった。

 それから逃れたかったのだ。


『ダークネス』のゲームを掴んだ時、カイトはむしり出すようにしてゲーム機の中に突っ込んだ。


 スイッチを入れる。


 やったことはなかった。


 彼は、普通かったるいアドベンチャーゲームなどやらないのだ。


 化け物の館に迷い込む、カップルのストーリーだった。


 化け物に追いつめられる主人公。


  BAD END


 化け物になってしまう主人公。


  BAD END


 恋人を誤って殺してしまう主人公。


  BAD END

  BAD END

  BAD END

  BAD END



 どれにも―― 恐怖はなかった。


 ※


 一度も、社長室には行かなかった。


 秘書から何度か電話があったようだが、彼は片っ端から切った。


 朝食も昼食も食べずに、パソコンの前でキーを叩くのだが、3文字打ったら止まってしまう。


 歯車の中に、杭が挟まっているようだ。


 指を止めるたびに、昨日のことが甦った。


 ぞっとする悪寒とめまいが、何分かおきに彼を襲う。


 症状に緩和は見られない。


 大体、食事もせずに徹夜状態で、なおかつ心理的苦痛を休みなく繰り返されたら、目眩がしても当たり前だった。


 だが、そんな自分の気持ちを、彼は蹴り飛ばした。


 この程度の悪寒や目眩なんか、昨日のメイの気持ちとは比較にもならないのだ、と。


 彼は、ボロボロにならなければいけないのだ。

 そうしなければ、許されないような気がした。


 いや。


 メイが許しても―― 自分が許せない。


 理性とか彼女への大事な思いとかを、彼は自分で踏みにじったのだ。



 綺麗な椅子だった。



 カイトの心の中にあった、メイ用の椅子は、キラキラしていてピカピカしていた。

 彼女が座っているための椅子だったのだ。


 それを、カイトはカッとなって蹴り倒した。


 はっと気づいて、椅子を起こしたら―― もう、彼女はどこにもいなかったのだ。


 見ると、椅子は重い鉛色になっていた。


 彼女が。


 メイが座っていたからこそ、キラキラのピカピカだったのだ。


 カイトは、意識を振り払った。


 夕方になっても。

 夜になっても。


 同じ気持ちを、何度も繰り返すだけだった。


 そして痛めつけた。


 最低のバカ野郎と自分をなじり続けた。


 夜中になる。


 日付変更線を越える。


 どうやって帰ったのか覚えてもいない。

 気づいたら、自分の家の玄関の前だった。無意識に、彼の身体は動いていたのだ。


 電気がついたままの玄関のドアを開ける時、心臓が破裂しそうなくらい暴れていた。


 このドアの向こうに彼女がいたら。


 しかし、いなかった。


 当たり前だ。


 いるはずなどない。


 時計を見たら、もう朝の方が近かったのだから。


 ホッとした自分にムカついた。


 部屋に帰って、背広のままベッドに倒れ込む。


 意識は余りはっきりしていないというのに、全く眠りの縁に引きずり込まれる気配がなかった。


 またそれにムカついて起きあがる。


 押し入れの棚の中に、どこかからもらった缶ビールのケースがあるのは知っていた。最近は飲んでいなかったので冷やしていない。



 ぬるいままのビールを、何本も飲んだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ