12/15 Wed.-10
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い―― た。
派出所の中で、彼女は立ちつくしていた。
飛び込んできたカイトを見ていた。
泣いたばかりです、と言わんばかりの真っ赤な目だ。
それが、カイトに助けを求めるかのように、一瞬もそらされなかった。
感動の再会とか、そういう世界とは全然違う。
まったく違う。
カイトだって、呆然と彼女を見ていた。
いた。
ケイタイは、秘書からだった。
途切れ途切れの声が、この派出所の名前を言ったのだ。
他の情報は、何一つ耳に入らなかった。
ただ、そんな頼りない瀕死のケイタイのぼやきを、カイトは信用してしまったのである。
いた。
生きていた。
ケガもないようだ。
でも、泣いていたのだ。
彼女に出会うまでは、あんなに我を失ってしまったというのに、いざ目の前にしたら、自分が何をどう考えていたのか、そしてこれからどう考えればよいのか、カイトには分からなかった。
ただ、2人とも動かないで、お互いを見る。
先に動いたのはメイだった。
ごめんなさい、と。
そういうことを言ったのだ。
カッと、頭に血が昇った。
その言葉が引き金だった。
ごめんなさい、だと!
それを言われて、分かったのである。
いまのカイトは、本当は彼女を抱きしめたいのだ。
痛いくらいに抱きしめて、『バカヤロウ!』と怒鳴って、それでも抱きしめた指を解きたくないのである。
もう二度と、こんな思いはしたくなかった。
こんな、生きたままちぎられるような激痛なんか、二度と味わいたくなかったのである。
それを!
メイは、全然分かっていなかった。
彼女の中では、迷惑をかけてごめんなさい、というトコロなのだ。
迷惑とか、そうでないとかというレベルではない。
そんな言葉ではないのだ。
何一つ。
通じてなどいない。
彼女のことを探し回っている間、それをイヤというほど思い知らされた。
何一つ理解していることなどないのだと。
メイは。
ただ、そこにいればよかった。
そこにいろ、という願いがあった。
しかし、それは何の契約書もない、裏付けが一つもない関係だったのである。
お互いが、そうあり続けることを望むしかなかった。
カイトはずっと望むだろう。
メイがそこにいるということを。
しかし、彼女の方はどうなのだ。
ゾクッ。
メイが見つかったというのに、彼の背筋には悪寒が走った。
この事件は、予兆に過ぎないことが分かったのだ。
彼女が望めば、いくらでも逃げることが出来る。
もうカイトの側にいたくないと思ったら。
大体、側にいたいと思っているのだろうか。
またあの借金が、カイトの視界をシェイドする。
恩、義理、義務。
メイと自分をつなぐ、たよりなく見えない契約書。
それを一番破りたいのはカイトだった。
いつだって、破り捨てていた。
けれども、彼女がそれを破ったら。
もう。
あの家には。
イナイカモシレナイ。
【GAME OVER
あなたは、もう3人死にました。
コンティニューは―― できません】
カイトは、ばっと彼女の腕を捕まえた。
怖い考えから、彼は逃げ出さなければならないのだ。
このままでは、ゴーストにとりつかれてしまう。
なのに、彼女は買い物の袋を拾った。
夕食のナベの材料らしいものが、たくさん詰まった重そうな袋。
んなもんのタメに!
ブチブチッ―― 瞼の裏の毛細血管が切れる。
奪い取るや叩きつけた。
そんなもの、見たくもなかったのだ。
買い物などに出てしまったから、こんなことになったのである。
彼女が、仕事をするのを容認してしまったがために。
クソッッッッッ!
もう。
一秒の猶予もなかった。
メイを、バイクで連れ去った。
こんな現状には、もう耐えられなかった。
この事件が起きるまでは、きっと何もかもうまくいって大丈夫だと思っていたのに、彼女との間の無記入の契約書が、カイトを苦しめた。
足に火をつけられる。
家に帰り着くや、カイトは彼女の腕を掴んで引っ張って行った。
もうバイクなど知ったことではない。また後ろで倒れる音がしたが、耳に入ってもいなかった。
「あっ…」
転びそうになりながらも、彼女はその力に引っ張られていく。
カイトの頭の中には、一つの単語が渦巻いていた。
メイを失ってしまう、と。
それは、今日ではなかった。
しかし―― 疑惑が明日に延びたに過ぎないのだ。
明日になったら、『今日こそは失ってしまうかもしれない』と、カイトは思う。
明日は大丈夫でも、明後日にまた同じことを。
これから毎日、きっとずっとそれを繰り返すだろう。
ついに、ゴーストにとりつかれてしまったのだ。
明日。
唇が震えた。
うなじの毛が総毛立つ。
なかったのだ。
カイトのビジョンでは、メイと自分の明日は真っ暗だったのである。
また、身体がちぎられた。
彼女がすぐ後ろにいるというのに、いま確かにこの手を掴んでいるというのに―― 離した瞬間に、全てが消えてしまいそうだった。
離したら。
階段を上る。
玄関のドアも開けっ放しだ。
離してしまったら。
じゃあ。
離さなければ。
離れられなくなれば。
違う。
離したくないのだ。
もう二度と、この手を離したくないのである。
存在を確かめるように、もっとぎゅっと手首を掴んだ。
間違いなく、そこにいるのはメイなのである。
掴んでいる間はいい。
けれども、いつかは離さなければならない時が来る。
『いってらっしゃい』や、『おやすみなさい』が、彼らを絶対にひきはがす。
それは、『さようなら』と同じコトバ。
ずっとこうしているなんて不可能だ。
そんなのは!
頭の中で、血が暴走する。
その、さようならを踏み壊したかった。
壊すには、彼女を手に入れるしかない。
絶対に自分のものだと、それが間違いないのだと分かるくらいに、カイトは完全にメイを手に入れるしかないのだ。
そうでなければ、彼はずっとこのゴーストに食いちぎられていく。
手に入れる。
バン!
カイトは、自分の部屋のドアを開けた。
彼女を探す時にこの部屋を開けたので、電気もつけっぱなしだった。
絶対、手に入れる!
迷うことなく歩いた。
彼女を―― ベッドに引きずり倒した。