表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/175

12/15 Wed.-10

 い―― た。


 派出所の中で、彼女は立ちつくしていた。


 飛び込んできたカイトを見ていた。


 泣いたばかりです、と言わんばかりの真っ赤な目だ。

 それが、カイトに助けを求めるかのように、一瞬もそらされなかった。


 感動の再会とか、そういう世界とは全然違う。


 まったく違う。


 カイトだって、呆然と彼女を見ていた。


 いた。


 ケイタイは、秘書からだった。


 途切れ途切れの声が、この派出所の名前を言ったのだ。


 他の情報は、何一つ耳に入らなかった。


 ただ、そんな頼りない瀕死のケイタイのぼやきを、カイトは信用してしまったのである。


 いた。


 生きていた。


 ケガもないようだ。


 でも、泣いていたのだ。


 彼女に出会うまでは、あんなに我を失ってしまったというのに、いざ目の前にしたら、自分が何をどう考えていたのか、そしてこれからどう考えればよいのか、カイトには分からなかった。


 ただ、2人とも動かないで、お互いを見る。


 先に動いたのはメイだった。


 ごめんなさい、と。


 そういうことを言ったのだ。


 カッと、頭に血が昇った。

 その言葉が引き金だった。


 ごめんなさい、だと!


 それを言われて、分かったのである。


 いまのカイトは、本当は彼女を抱きしめたいのだ。


 痛いくらいに抱きしめて、『バカヤロウ!』と怒鳴って、それでも抱きしめた指を解きたくないのである。


 もう二度と、こんな思いはしたくなかった。


 こんな、生きたままちぎられるような激痛なんか、二度と味わいたくなかったのである。


 それを!


 メイは、全然分かっていなかった。


 彼女の中では、迷惑をかけてごめんなさい、というトコロなのだ。


 迷惑とか、そうでないとかというレベルではない。


 そんな言葉ではないのだ。


 何一つ。


 通じてなどいない。


 彼女のことを探し回っている間、それをイヤというほど思い知らされた。


 何一つ理解していることなどないのだと。


 メイは。


 ただ、そこにいればよかった。


 そこにいろ、という願いがあった。


 しかし、それは何の契約書もない、裏付けが一つもない関係だったのである。

 お互いが、そうあり続けることを望むしかなかった。


 カイトはずっと望むだろう。

 メイがそこにいるということを。


 しかし、彼女の方はどうなのだ。


 ゾクッ。


 メイが見つかったというのに、彼の背筋には悪寒が走った。


 この事件は、予兆に過ぎないことが分かったのだ。


 彼女が望めば、いくらでも逃げることが出来る。


 もうカイトの側にいたくないと思ったら。

 大体、側にいたいと思っているのだろうか。


 またあの借金が、カイトの視界をシェイドする。


 恩、義理、義務。


 メイと自分をつなぐ、たよりなく見えない契約書。


 それを一番破りたいのはカイトだった。

 いつだって、破り捨てていた。


 けれども、彼女がそれを破ったら。


 もう。


 あの家には。


 イナイカモシレナイ。



【GAME OVER


あなたは、もう3人死にました。


コンティニューは―― できません】




 カイトは、ばっと彼女の腕を捕まえた。


 怖い考えから、彼は逃げ出さなければならないのだ。


 このままでは、ゴーストにとりつかれてしまう。


 なのに、彼女は買い物の袋を拾った。


 夕食のナベの材料らしいものが、たくさん詰まった重そうな袋。


 んなもんのタメに!


 ブチブチッ―― 瞼の裏の毛細血管が切れる。


 奪い取るや叩きつけた。


 そんなもの、見たくもなかったのだ。


 買い物などに出てしまったから、こんなことになったのである。

 彼女が、仕事をするのを容認してしまったがために。


 クソッッッッッ!


 もう。


 一秒の猶予もなかった。


 メイを、バイクで連れ去った。


 こんな現状には、もう耐えられなかった。


 この事件が起きるまでは、きっと何もかもうまくいって大丈夫だと思っていたのに、彼女との間の無記入の契約書が、カイトを苦しめた。


 足に火をつけられる。



 家に帰り着くや、カイトは彼女の腕を掴んで引っ張って行った。


 もうバイクなど知ったことではない。また後ろで倒れる音がしたが、耳に入ってもいなかった。


「あっ…」


 転びそうになりながらも、彼女はその力に引っ張られていく。


 カイトの頭の中には、一つの単語が渦巻いていた。


 メイを失ってしまう、と。


 それは、今日ではなかった。


 しかし―― 疑惑が明日に延びたに過ぎないのだ。


 明日になったら、『今日こそは失ってしまうかもしれない』と、カイトは思う。


 明日は大丈夫でも、明後日にまた同じことを。


 これから毎日、きっとずっとそれを繰り返すだろう。


 ついに、ゴーストにとりつかれてしまったのだ。


 明日。


 唇が震えた。


 うなじの毛が総毛立つ。

 なかったのだ。


 カイトのビジョンでは、メイと自分の明日は真っ暗だったのである。


 また、身体がちぎられた。


 彼女がすぐ後ろにいるというのに、いま確かにこの手を掴んでいるというのに―― 離した瞬間に、全てが消えてしまいそうだった。


 離したら。


 階段を上る。


 玄関のドアも開けっ放しだ。


 離してしまったら。


 じゃあ。


 離さなければ。


 離れられなくなれば。


 違う。


 離したくないのだ。


 もう二度と、この手を離したくないのである。


 存在を確かめるように、もっとぎゅっと手首を掴んだ。


 間違いなく、そこにいるのはメイなのである。


 掴んでいる間はいい。


 けれども、いつかは離さなければならない時が来る。


『いってらっしゃい』や、『おやすみなさい』が、彼らを絶対にひきはがす。


 それは、『さようなら』と同じコトバ。


 ずっとこうしているなんて不可能だ。


 そんなのは!


 頭の中で、血が暴走する。


 その、さようならを踏み壊したかった。


 壊すには、彼女を手に入れるしかない。


 絶対に自分のものだと、それが間違いないのだと分かるくらいに、カイトは完全にメイを手に入れるしかないのだ。


 そうでなければ、彼はずっとこのゴーストに食いちぎられていく。


 手に入れる。


 バン!


 カイトは、自分の部屋のドアを開けた。


 彼女を探す時にこの部屋を開けたので、電気もつけっぱなしだった。


 絶対、手に入れる!


 迷うことなく歩いた。



 彼女を―― ベッドに引きずり倒した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ