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12/15 Wed.-3

 ラダは、トウセイが知る限りで言えば、一番美人のマネキンだった。


 マネキンに、顔はいらない。


 それが、彼の主義である。


 その美しい身体のフォルムと、顔がないのに表情があるように見える輪郭と、よく似合う服を着ていればいいのだ。


 そのラダを、いつまでも裸にしておくワケにはいかない。


 ネギを持った変な女に試着してくるよう服を渡した後、トウセイは、ラダのために服を選び始めた。


 しかし。


 本当に変な女である。


 試着室のドアの方をちらりと見る。


 普通の女には、トウセイはちっとも興味がない。


 妙にブランドとかを知ったかぶりする女は、特にお断りだった。


 そこにいるのは、自分の着ている服のブランドすら知らない女だった。


 名前は聞いていないが、黒い頭と茶色の目。


 どこにでもいそうな、色の配色だ。


 そして、赤い服に見とれていたのだ。


 人間、自分にない色を欲しがるとは言うが、トウセイの服を着てカーニバルになられるのはゴメンだった。


 特に、あの赤ほど彼女に似合わない赤はないだろう。


 予算を聞いた時も妙だった。


 10万からだんだん下がってきたのだ。


 一番最初に、10万なんて言葉を出せるのが普通じゃない。


 まあ、金持ちの女ならまだしも、ネギを持った女の口から出てくるとは思ってもみなかった。


 そうだ。


 あのネギがいけなかったのである。


 ブランドの服を着て、ネギの入ったビニールを下げて、彼の服を見ていたのだ。


 だから、声をかけてしまったのである。


 変なモノに対しては、何よりもアンテナの働くトウセイだった。


 クリスマスのパーティね。


 ここに来るまでの道のりで、歩きながら話を聞いてみれば―― そのために服を探しているらしい。


 たかがクリスマスパーティである。


 しかし、彼女にとっては、どうやら『たかが』ではないようだ。


 面白そうな匂いがプンプンする。


 大体、あの女は何者なのか。


 トウセイは、服装や態度や言葉から、その人間がどういう環境で生きてきたかは、大体分かるようになっていた。


 職業柄、のせいかもしれないが。


 彼の見立てでは、あの女は、ごくごく普通の女だ。


 どちらかというとゼイタクをしてきていない人間で、ブランドとは縁もなかったようである。


 その女が、ブランドの服を着て、クリスマスパーティの服を探しているのだ。


 まあ、僕には関係はないけどね。


 しかし、興味は長くは続かなかった。


 トウセイは猫である。


 スズメを狙っている一瞬は、確かに集中しているのだけれども、蝶々がひらっとしただけで、もうスズメを狙っていたことを忘れるのだ。


 彼の心は、ラダの服を選ぶ方に移り変わっていた。


 これだね。


 そう思って、ハンガーから服を抜いた時―― 試着室のドアが開いた。


 おそるおそる、という感じである。


 そこで彼女のことを思い出し、ラダの服を持ったまま見に行くことにした。


「あの…」


 また彼にヒドイことでも言われると思っているのだろう。心配そうな声が飛んでくる。


 僕はオニじゃないよ。

 目を半開きにする。


 こうなると、ホントにヒドイことを言ってやりたくなるもので、トウセイはわざとアラを探すような目で、彼女を不躾に眺め回した。


 なのに。


 お手上げである。


 彼が似合うと思った予想は、ドンピシャで。


 ケチのつけようがなかったのだ。見立てに狂いはなかったというところか。


「残念だね…」


 しかし、こんな言い方をする男である。


「え?」


 心配そうな顔だ。


 どこがおかしいのか、自分の姿をもう一度眺め回す女がいた。


 自分で似合っているかどうかくらい、分かるものだろうけどね。


 肩をそびやかしながら、トウセイは少しだけ親切になってやることにした。


「残念ながら、合格だね…僕としては、もうちょっとイヤミを言ってあげたかったんだけど」


 やれやれ。


 これで、彼女はクリスマスパーティとやらで―― 少なくとも、『服』はほめてもらうことが出来るだろう。


 本人がほめてもらえるかどうかは、彼女次第だから、トウセイの関知するところではない。


「ホントですか?」


 あのトウセイの言葉で、素直に喜べるのがまた変だった。


 嬉しそうに笑って、もう一度試着室の鏡を見る。


 その顔が、ぱっと曇ったのが試着室の鏡に映った。


 トウセイの見立てに、何か不満でもあるのだろうか。


「あ、あの…」


 振り返って、言いにくそうな女の顔とぶつかる。


 トウセイは、不満なら聞かないよ、というオーラで態度で望んだ。


 これ以上、彼女に似合う服など見つからないからだ。


「あの…後で、お金を持ってきた時に、この服を買っていいでしょうか?」


 今日は、買うことになるとは思ってなくて、お金持ってきてないんです。


 ダメでしょうか?


 なるほどね。


 トウセイは、試着室の入口に置いてあるネギを見た。


 こっち買い物がメインで、服を買うことになるとは思っていなかったようだ。


「分かったよ…それじゃあ、取り置きしておいてあげるから…名前と住所と電話番号を書いていけば」


 マヌカンを呼び止めて、お客様台帳を取ってこさせる。


 しかし、またさっと女の顔が陰った。


 この上、何があるって言うのさ。


 一体、自分の言った言葉の何が不満なのか、さっぱり分からないトウセイだった。


「あ、あの…」


 そして、また『あの』が始まった。


 人の顔色を伺うような声は、トウセイは嫌いだった。


 そんな彼女の前に、台帳とペンが差し出される。


 彼は、黙って見ていた。


「こちらの方に、お名前と電話番号を、下に住所をお願い致します」


 マヌカンも、彼女の戸惑いには無頓着な事務的な笑顔で台帳を差し出す。


 女の目が、台帳を見たあとトウセイを見た。


「あの…名前だけじゃダメでしょうか?」


 そして、妙なことを言い出すのだ。


 トウセイは眉を上げた。


「住所と電話番号も書けないのかい? 一体、どこのお嬢様だい」


 イヤミを炸裂させながら、トウセイは困惑している彼女の方へと近付いて行った。


「違うんです…その…」


 物凄く言いにくそうな声で、うつむいてしまう。


 まさか家出娘とか言うのじゃないだろう。


 それなら、ネギを買うハズがない。コンビニ弁当が関の山だ。


「あの…その…私…住所と電話番号…その…知らないんです」


 困り果てた声で言った。


 やっぱり、絶対―― 変だった。


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