12/12 Sun.-1
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日曜の朝。
自室のベッドに座ったまま、メイは困っていた。
クリスマスの服を買いに行かなければならないのだが、どういうものを買ったらいいのか、まったく分からないのである。
パーティの主旨を、もっとよく聞いておけばよかったと後悔する。
しかし、まさか自分が本当に行くことになるとは思ってもみなかった。
主催者であるハルコに付き合ってもらうのが、一番いいのだろうが―― ここで、ハタとメイは困った事実にぶち当たったのである。
電話番号を知らないのだ。
いつも、向こうから電話がかかってくる。
こっちの方から、切実に呼びかけることがなかったために、いままでその事実に気づきもしていなかったのだ。
電話があることさえ、よく忘れそうになるのだ。
鳴った時は、心臓が飛び出しそうになるほどで。
おそるおそる取ると、ハルコだったり、あのアオイという人だったり。
あの後、二回くらいセールス関係の電話がかかってきたくらいか。
メイは、あのセールス電話に弱い。
ついつい聞き入ってしまったりして、切るタイミングを逸してしまうのだ。
おかげで、断るのに苦労した。
カイトなら、問答無用で電話を切りそうだ。
シュウなら、相手の弁舌にもうち勝つ論法を持ち出して撃破しそうである。
そこまで想像したら、笑ってしまったが。
意識が脱線したことに気づいて、メイは修正した。
ふぅ、とため息をつく。
今日のカイトは、まだ起きてくる気配はない。
最後は―― まあ、今日明日でなくてもいいか、と決着した。
クリスマスまで、もう少し日があるのだから。
それに、ハルコのあの様子からすれば、また遠からず遊びに来てくれるだろう。
平日の方が、カイトの目を気にせずに買い物に行けそうな気もする。
そこで気をつけなければならないのは、余り高い服を見立てられないように、ハルコを止めることだった。
その可能性は、いままでのことを考えると多いにありそうなのだ。
しかし、不安が拭えない。
最初から据え付けてあった机の引き出しに、預かっているお金を入れているのだが、あれだけの額を裸で持たされているというのが落ち着かなかった。
自分が何かポカをしてしまって、なくしてしまわないか―― それが、一番の不安事項だったのだ。
そんなことになろうものなら、服どころの話ではない。
何度も何度も、場所を確認してしまった。
そう。
要するに、そんなことを考えたり、不安に思ったりでしか、時間がつぶせない状態になっていたのだ。
買い物がてら、出かけようかとも思った。
この場合の買い物というのは、洋服のことではなく日用品とか食材だ。
しかし、それをカイトに見つかったら、また怒られるのではないだろうかという不安がよぎる。
彼がどれをOKだと思っていて、どれをダメだと思っているのか、はっきりと線を引けずにいるのだ。
けれども、今日はお天気がいい。
寒いは寒いけれども、散歩がてら出かけるにはよさそうな日だった。
散歩、だったらいいかな?
あれこれ考えを巡らす。
けれども、やはり家からいなくなったら心配されるのではないだろうかと思った。
彼は、とても優しい人なので。
そうだ!
メイは、パンと手を鳴らした。
いい考えが浮かんだのである。
彼も散歩に誘えばいいのだ。
しかし、叩いた手をそのまま拝むように合わせたまま止める。
実現しそうにないことに思えたのだ。
そうよねぇ。
はぁ。
手をようやく離してベッドにのせながら、メイはため息をついた。
カイトの性格と照らし合わせてみると、彼がのんびり週末に散歩に出る性格ではないように思えたのだ。
散歩に誘ったら、きっとすごく驚いた目で見られるだろう。
何気なく出会った時に、散歩に出かけると言うことを伝えるのが一番いいのかもしれない。
怒られなければいいのだが。
あっ。
メイは無意識に緊張した。
階段を下りてくる足音がしたのだ。
玄関から出てすぐのところで、ぼんやりと日向ぼっこしていた彼女は、慌てて中に入った。
「おは…」
じゃない。
もう昼過ぎだ。おはようございます、じゃない。
けれども、同じ家で生活していながら「こんにちは」という言葉は変に思えて、うっかり声をかけそびれてしまった。
カイトは、玄関のところにいるメイに気づかなかったようで、そのままダイニングの方へと向かう。
階段を下りてきたら、真正面が玄関だというのに、彼の視線や意識はすっかりダイニングの方に行っているようだった。
おなかがすいたのだろうか。
彼女は、そう思った。
起きてくるかなと待ってはいたけれども、気配がなかったので昼ご飯はもう済ませていた。
ちゃんと、彼の分のご飯は炊いているので、起きてきた状況によっては、おかずをこしらえようとは思っていたのだ。
ということは、こんなところでのんびりしている暇はなかった。
メイは、ダイニングへ急ごうとした。
が。
ダイニングに入ろうとした途端、ドシン、と何かとぶつかった。
すごい勢いで飛び出してきたものがあったのだ。
「きゃあっ…!」
不意を打たれて、後ろに弾き飛ばされそうになる。
「…!」
しかし、彼女は転がらなかった。
何かにしっかり止められたのだ。
止められたら止められたで衝撃が来る。
メイは、それが落ち着くまで動くことは出来なかった。
目もぎゅうっと閉ざした状態で。
そっ。
おそるおそる目を開ける。
はぁっ、と乱れた吐息がすぐそばにあった。
きゃぁー!!!!
メイは心臓が飛び出しそうだった。
その悲鳴を、心臓と一緒に必死で飲み込む。
カイトだったのである。
片手で彼女を支えて、もう片手はダイニングの入り口に引っかけて、彼女の転倒を止めてくれたのだ。
一気に、全身が熱くなる。
夢が勝手に彼女の中をプレイバックしたのだ。
「あっ…あのっ…ごめんなさ…!」
焦りまくったメイは、もがくようにして彼の腕から逃れて、自分の足で立った。
馬鹿みたいにドキドキしている。
それを、気づかれたくなかった。
そんな彼女に、カイトは眉を寄せた。
怒ったような顔になる。
「ご飯…そう、ご飯食べません? おなかすきましたよね?」
わたわたとその場を取り繕いながら、メイは逃げるようにダイニングに入った。
「いらねー」
しかし。
まだダイニングの外にいるカイトの声が聞こえた。
足音がする。遠ざかる音だ。
えっ、とメイは廊下を覗くと、彼の背中は階段の方へと消えた。
何で?
わざわざダイニングまで来たのに。
何故、あんなに慌てて飛び出してきたかは分からないが、おなかがすいていたのではないのだろうか。
それとも、彼女の態度が気に入らなかったのだろうか。
もしかして―― 何か、イヤなものでもあったのかな。
そう思って、メイはダイニングや調理場の方を見たけれども、彼の食欲を失わせるような、めぼしいものは見つからなかった。
何だか。
気になって、散歩どころではなくなってしまった。