12/11 Sat.-3
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メイは、ハラハラしていた。
ハルコとカイトが向かい合って座っている。
自分は、ハルコの隣に。向こう側の陣営はカイト一人だ。
彼は、むっつりしていた。
やっぱり、いまの状況を喜んでいないようだ。
『大丈夫よ』、などとハルコに言われてお茶を運んできたまではよかったが、いつカイトが爆発して怒鳴り出すのか心配だった。
また先週のように出て行ってしまって、夜まで帰ってこなくなるのでは、と。
隣のハルコは、そんな彼など放っておいてニコニコしている。
その指先が、白い紙箱を開けようとしていた。
「この間と、同じところのケーキよ」
モンブラン、おいしかったでしょう?
言われていたので小皿とフォークは持ってきていた。一応、3人分。
3人でお茶をするのに、2人分だけ持ってくるのはイヤミのように思えたのだ。
こういう雰囲気で、カイトを仲間はずれにするのはマズイのでは、と気を利かせた結果だった。
「わぁ!」
しかし、甘いモノ好きの病気が、うっかりメイに感嘆の声をあげさせたのだ。
まだ記憶に新しい、あのモンブランがやってきたのである。
はっと我に返った。
カイトの目の前だったのだ。
慌てて、口を押さえた。
「あら…どうかしたの?」
口を押さえている彼女に、疑問の視線が飛ぶ。
隣からと―― 向かいから。
「あ、いえ…その…」
恥ずかしさに赤くなる。
女同士だったなら、甘いものにキャーキャー言っても平気なのだが、いまはカイトの前なのだ。
何てバカな女なんだろう、と思われていないか心配だった。
それに、前にハルコとケーキを食べたこともバレてしまったのである。
さっきの言葉を推測すれば、すぐに出る答えだった。
そっ。
口から手を離しながら、カイトの方を盗み見る。
怒ってるー!!!!!
はっきりと、それが分かった。
物凄い不機嫌な顔なのだ。
標準の不機嫌よりも、もっともっとバージョンアップしている。
眉間に濃い影が入っていた。
「モンブランでいい? こっちのイチゴのも好きだったわよね?」
また、たくさん買ってきたようだ。
どれにするかメイに勧めてくれるのだが、彼女は硬直したままだった。
カイトが睨んでいるのだ。
「カイト君…何て顔してるの?」
メイが反応を示さないことに不審に思ったハルコが、ぱっと向かいへと視線を投げた。
彼女の目にも、はっきりとカイトの不機嫌が分かっているようだ。
「しょっちゅう出入りしてんのか?」
矛先が、ハルコに向いた。
あっ。
メイは、またハラハラを始める。
以前もケーキを持ってお茶をしにきたことがバレたことで、それがハルコへの不興になってないか心配だったのだ。
「あら…たまにね。おかげさまで、おなかの子は順調よ」
彼女は笑顔だが、メイのハラハラを募らせるだけだった。
一応、彼女は妊婦なのだ。
怒鳴られるのは、身体によくないのではないかと思った。
「あっ、あの! ケーキを持ってきてもらったのは、一回だけですから」
まだ、自分に矛先が向いた方がマシである。
彼の気を逸らすように、ちょっと大きめの声を出した。
しかし、カイトの視線はちらり、だけだ。
尚更、口元が歪んでいるように見える。
「ほら…カイト君が怖い顔をしているから、彼女が心配してるじゃない」
せっかくのケーキが台無しよ。
はぁ、とため息をついたハルコは、開けられたままだったケーキを一つ取って小皿に乗せた。
「はい…モンブラン。大丈夫、イチゴも取っておいてあげるから」
食欲よりも心配が先にたっているメイに、お皿が回ってくる。
ちらり。
カイトを見る。
本当に、ここでケーキを食べるのが正解がどうか分からないのだ。
そうしている間に、彼女は自分の分も小皿に取る。
ハルコの視線がカイトを見て、目だけで『食べる?』と聞いた。
ぷいっと、顔をそむけるのが返事で。
勧められるのも、ゴメンという感じだ。
「それじゃあ、いただきましょうか…」
ハルコの方は、ためらう素振りもない。
ケーキを保護しているセロファンを取ってしまうと、すっとフォークを入れたのだ。
どうし…。
どうしよう―― そう思いかけた、メイの心の上に、音がかぶった。
「食え」
えっ?
いま、どこから声が聞こえたのか。
メイはぱっと顔を上げて、キョロキョロした。
男の声だ。
この中で、男と言えばただ一人である。
声も間違いなく彼のものだった。
カイトだ。
彼は、頭を抱えるように前髪に手を突っ込んだままだった。
「ほら…お許しが出たわよ」
クスクスクスクス。
ケーキのかけらを口元の側に持ってきた状態で、ハルコが笑っている。
ギロリと、カイトが彼女を睨んだ。
「許しなんかじゃねぇ」
もう、ほんとど怒鳴り出す寸前だ。
え? え? え?
ぱぱっと2人の顔を見比べて、メイは戸惑った。
結局、どっちなのか分からないのだ。
「いいのよ…食べてオッケーってことなんだから」
ハルコに促されて、メイはもう一度向かいを見た。
彼は、ついに横を向いたまま目を閉じてしまった。
パリパリ。
セロファンをはがす。
カチッ。
フォークを取る。
またカイトを見たが、その目は閉じているままだ。
さくっ。
フォークを入れる。
カチ。
しっかりとフォークに乗せた。
またカイトを見る。
横顔は、もう何も言ってくれない。
ぱくっ。
口の中に、栗の甘い感じがぱっと広がった。
カイトは―― 怒鳴らなかった。
怒鳴らないということは、大丈夫というのが分かってきた。
どこまで彼が譲歩しているのかは分からないけれども、とりあえずいままでの経験からいけばそうである。
変な風に思われていなければいいのだけれど、とメイはまだ心配をしていたが。
二口目を食べる。
カイトは、ようやく目を開けた。
大きな手が、無造作に伸びてコーヒーのカップを掴む。
いつも夜に使っているマグカップだ。
自分もそうで。
ハルコはお客様なので、ティーカップを出している。
「あら…」
ハルコが自分のカップを見た後に、2人のそれと見比べた。
「確かそれ、私がカイト君とシュウにあげたカップよね」
何気ない口調だった。
ええー!!!!!
しかし、メイはびっくりだ。
まさか、そういういわくつきのカップだとは思ってもみなかったのである。
食器棚に入っていたのを、適当に出してきただけなのだ。
青ざめている彼女に、カイトはちらっと視線を投げてきた。
「覚えてねぇ…んなの」
視線は、すぐに他の方へ行く。
関係ねーだろ、とでも突っかかりそうな声だ。
「まあ、そうよねぇ…思えばシュウがコーヒーを嗜むとも思えないし…でも、それを言うならカイト君もよね。自分じゃ、めったにコーヒーなんかいれて飲まないでしょうし」
使われてるの、初めて見たわ。
「確か、そっちのがシュウのよね」
メイのは白いマグ。
カイトのは青いマグ。
男の人だから、と思ってカイトに青いマグを使っていた。
そうして、ハルコが指したのは―― カイトの持っているカップだった。
ということは。
メイは、カイトがもらったマグカップで飲んでいたのである。
「覚えてねぇっつってんだろ! 大体、何年前の話だ!」
カイトは、ついに大声で怒鳴った。
「あら、ごめんなさい…大丈夫よ、きっとカイト君もシュウも、一度だってそのカップを使ったことなんかないんだから、新品同然よ」
カイトの怒鳴りよりも、妊婦は隣のメイを見てフォローしてくれたが、彼女はまだ固まったままだった。