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12/11 Sat.-2

 どうして、こうなる?


 カイトは、二種類の意味でそんなことを思った。


 一つ目は、いま自分がダイニングの席に座っていること。


 上着を着てないので、まだ暖房が効ききっていないこの部屋では、寒いことこの上なかった。


 同時に、いつもここが暖かい部屋だったことを、思い知らされるのである。


 メイが、朝食の時に暖めてくれているのだ。


 上着を着ていらしていいですよ、みたいに言われたが、ついヤセ我慢をしてしまった。


 わざわざ二階に上がって上着を着て、また下に来るというのは、この朝食に物凄い意気込みをかけているように思われそうでイヤだったのだ。


 この格好なら、たまたまやってきたという言い訳がききそうだった。


 朝。


 彼が、まだベッドの住人だった時。


 ドアの外で、人の歩く音がした。


 大きな音ではない。


 それどころか、気をつけて歩いている、という風だった。


 普通なら、そんな音は気にもならない。

 耳にも入ってこないだろう。


 だから最初は、全然意識していなかった。


 彼は眠りの水の中に、まだ半分以上頭を突っ込んでいる状態だったのだ。


 しかし、意識の中の糸電話が何かを伝えてきたのだ。


 ビクンッ!


 カイトは飛び起きた。


 今のは!


 さっきの足音から、どれくらいたったのかは分からない。


 ちょっと眠ったのか、それとも、もう結構な時間がたったのか。


 時計を見ると、まだ十時。


 あの足音は、夢でなければメイのものだろう。

 ということは、彼女は階下に下りたのだ。


 こんなに朝から起きて、何をしようってんだ。


 甦るのは、先週の記憶。


 床にはいつくばるようにして、掃除をしていたあの姿である。


 まさか。

 また。


 カイトは、寝起きの重い身体をベッドから引きずり下ろした。


 そして、ダイニングまで来てしまったのである。


 そこは、一番彼女のいる可能性の高い場所で―― まさしくビンゴだった。


 調理場の方にいたのだ。


 しかし、はいつくばってはいるのではなく、フライパンに油を落としているところだった。


 どうやら、自分の朝食の準備をしているらしい。


 労働ではないのが分かったカイトは、そのまま引っ込んで帰ればよかったのである。


 彼女にも気づかれてはいないのだから。


 だが、その横顔をじーっと見つめてしまっていた自分にすら、この時の彼は気づいてなかったのだ。


 結局見つかって、朝食の席に招待されたのである。


 もう一つの「どうしてこうなる?」――は、魔法だった。


 いや、魔法というか何というか。


 彼女が出した冷凍のご飯が、いま自分の目の前にチャーハンとなって存在するのである。


 思わずスプーンですくってみたが、普通のご飯と何ら変わりがない。


 カイトは、大学時代は一人暮らしだった。


 ご飯を炊いたことは一度もない。

 炊飯ジャー自体なかった。


 しかし、コンビニ弁当でも外食でも、ご飯を食べたことくらいはある。


 そしていまは、毎日のようにご飯を食べているのだ。


 が。


 何で…こうなるんだ?


 顰めっ面で、ご飯をつつく。


「不思議ですか?」


 彼の表情と行動から分かったのだろうか。


 顔を上げると、メイが、笑顔を浮かべながら向かいの席に座るところだった。


 カチコチに凍ったご飯→解凍すると乾燥しきったパキパキご飯。


 これが、カイトの意識の流れだ。


「ほら…お肉だって、解凍してもちゃんとお肉じゃないですか」


 分かりやすいたとえで言ってくれる。


 確かに理論上はそうかもしれない。


 しかし、どうしても解凍したご飯を、そのまま食べられるという発想が、カイトにはなかったのだ。


「いま、いろんなものが冷凍して売ってありますよ。野菜なんかだと、長期保存が出来て、使いやすくていいんですって」


 人それぞれ得意分野が違うが、メイの場合は料理方面に関しては、知識―― というか、生活の知恵みたいなものがあるようだ。


 未知の分野である。


 冷凍というものが、偉大なのだと分かったくらいだが、カイト自身の仕事や生活に、恩恵を与えることはないだろう。


 ゲームソフトは冷凍して解凍しても、何にも意味はない。


 データ圧縮や解凍が、似たような意味かもしれないが。


 いつまでも、つついていてもしょうがないので、チャーハンをすくって口に運んだ。


 ちゃんとしたご飯だった。


 シンプルな塩胡椒の味付けの、シンプルな具材のチャーハン。


「うめぇ…」


 やっぱり、メイの指には魔法があると思った。


 ※


 三度、車が動いた。


 午前中、車が出ていったのは、シュウが会社に行ったからだろう。


 ちょうどお昼に車が入ってきたのは、車検が終わったヤツだ。


 そして、昼過ぎに車が入ってきたのは――


 カイトは、自分の机を爪の先で2度叩いた。


 どうやら、昨日メイが言っていた、お茶の相手がやってきたようである。


 こっちに火の粉が飛んでこないことを願いかけて、ふと止まった。


 ということは、ハルコとメイが2人だけでお茶を楽しむということである。


 それで、いいだろ!


 何に不満があるのかと、自分に問いただす。


 その時のメイを見ることが出来ないのが、どうやら不満のようだった。


 ハルコと話す時の彼女は、きっと笑うのだろう。おしゃべりになったりもするのだろう。


 だんだん、カイトの機嫌が悪くなってきた。


 ぶっすー、と顔が歪んでくる。


 要するに―― ハルコに、嫉妬してしまったのだ。


 笑顔や言葉や態度など、カイトの知らないことをあの元秘書は、きっとたくさん知っているに違いなかった。


 メイに楽しそうな表情を浮かべさせるには、自分に山のように問題があることを棚上げして、ワガママな不満を思ったのだった。


 しかし、心配には及ばなかった。


「こんにちわ…お邪魔するわね」


 ハルコは、この部屋に一人でやってきたのだ。


 メイとのお茶とやらは、どうしたのだろうか。


 いま、かなり怪しいことを考えていたカイトは、突然の来訪者にどきっとする。


 人の気持ちを読んでいるのではないかと思われる、妖怪夫婦の片割れだ。


 この気持ちを読まれでもしたら、とんでもないことになる。


「ケーキを持って遊びに来たのよ」


 にっこり。


 白い紙箱を掲げて、ハルコは微笑む。


 ケーキ。


 そう言えば、カイトが大喜びするとでも思ったのだろうか。


 これまでの付き合いを考えたら、彼が甘いモノが苦手だということくらいご存知だろうが。


「あら…あなたにじゃないわよ」


 そのイヤそうな表情が伝わったのだろう。


 ハルコは苦笑しながら、紙箱をテーブルの上に置いた。


「このケーキは、私と…私のおなかの中の子…」


 ワンピース姿だが、まだおなかは全然目立っていない。


 妊娠していると言われても、全然カイトには認識も実感もできなかった。


「それと…」


 ハルコは、ついおなかを見てしまっているカイトに気づいたのか、また微笑んで。


 むっとして、カイトは顎を横に向けた。


 だから、何を続けようとしているのか、すぐには反応出来なかった。


「それと…メ…」


 言いかけたハルコの声の上に、ノックが重なった。


「メイです、お茶を持ってきました…」



 ここで、お茶をする気かー!!!!!

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