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ここは水中のようだ。
そう言う友人が羨ましかった。
呼吸をするのと同じくらい自然に眠り、ゆるゆるとした動きで徘徊する。
その様はまるで深海魚のようだと、よく知らないながらに思った。
俺にとって世界は…
いや、世界に俺がいるべき場所などなかった。
できるならこの友人と同じ深海に沈みたい。そう思ったことは一度じゃなかった。
お前じゃ溺れるよ。
忠告は楽しげに生きる幼なじみから。
お前になってみたい、なれるはずもないだろうけど。
他人の生き方を羨み、妬み、羞恥心ばかりを抱えて歩む。俺だって、けしてこんなふうに生きたかったわけじゃない。
足掻いて、足掻いて、安定した足場を見つけようと必死だった。いつだって一生懸命で、歩くだけで精一杯だった。
「お前はマウスのようだな」
「なにそれ」
幼なじみ、羽生昴は笑みを深くして瞬く。
「いつもビクビクしてる。常に何かに怯えて、焦ってないか」
「意味不明」
素っ気なく返すのは、理解されたくないからだ。浅い底を深く見せたいという意地さえ、幼稚に思えるのに。
逃げるように目を落とした英単語帳をめくる。昴の視線がどこへいったのか怖くて顔を上げることができなかった。
どうして俺はこんなにつまらない人間なんだろう。恥ずかしい。申し訳ない。
羞恥心から目をそらすために口を開く。
「なあ、哉夜は今日も遅刻かな」
「あー、まだ来てないな。あいつも馬鹿だ」
毎週火曜には英単語のテスト、木曜には古語のテストと決められていて、今日は火曜日だ。つまり英単語テストの日。
そして昴が、俺ともう一人の友人である佐伯哉夜を馬鹿にするのは今に始まったことじゃない。
幼なじみだけあって小さい頃から馬鹿馬鹿言われつづけた俺はとっくに麻痺していて、哉夜はあの性格だからそんなこと気にもしない。叱る人間もいないから昴の馬鹿発言は留まるところを知らない。
「ん?あぁでも来た」
つまらなそうに呟いた言葉を拾って、廊下側最後尾の席を見ると哉夜がいた。
机に薄い鞄を落とし、音をたてて椅子を引くと身を投げるようにドカッと座る。
いちいちでかい音をたてるので、隣の席の女の子が勢いよく振り向いていた。哉夜は気にもしない。
「哉夜ー、今日英単のテストだぞ」
俺が大きめに声をかけると、不思議そうにこちらを見る。
「寝ぼけてるんじゃないか」
昴が呆れたように言う。
しかしこればっかりは否定はできない。哉夜はいつも寝てばかりいるから。
その後すぐに担任が入ってきて、プリントが配られる。
…6割はできた。悪くない結果だと思った、けど
昴は満点、哉夜は8割…不公平だ。
「お前やっぱ脳みそ小さいな」
「…暇だから授業中に見てた」
ずるい。
「だいたいお前、ケアレスミスが多いんだよ。cがsになってたりさー」
「叶、ここa抜けてる」
こいつらは…、ずるい。
どうして俺はこんななんだろう。人を羨むのも妬むのも、自分をこき下ろすのも罵るのも、どうしてこんなにむなしいんだ。
「うるせー」
そう言って笑うのが精一杯だった。
ぐちゃぐちゃに握り潰した答案用紙をごみ箱に投げる。そんな俺を、2人はそれぞれの眼差しで見ていた。




