君が辿る先
私、山田元五郎は五十歳という節目を迎えて、何も無い道をひたすらに歩く。
何も無いというのは比喩表現ではなく、実際に見渡す限り何も無いのだ。
建物はもちろんの事、空や雲、草木、地面すらない。只、真っ白な景色が続いている。
地面すらないのに一体何処を歩いているのだと思われるかも知れないが、私には見える。
これは道だ。
感覚としては空中に示された矢印を飛びながら追っている感覚に近いのかも知れないが、私は飛びながら移動している訳ではないので道と言わせてもらう。
そんな道を歩いていると不意に二手に分かれる道が出てきて左右それぞれが私に問い掛けてくる。
『家族はいる? いない?』
道が問い掛けてくるなど不思議な体験であるが、ただでさえ現実とは思えない場所だ。
疑問を持っていても仕方ない、こんな事もあるだろうと受け入れた。
家族…、そうだ私には同い年の妻と子が二人いる。
そういえば子供が家を出てから妻とまともに話していない。
結婚して二十五年、毎日弁当を作ってくれて、家事もこなしてくれている。
家に帰ったら先ず妻に感謝を伝えよう。
そうだ妻の好物であるケーキも一緒に買って帰るんだ。
そんな事をすれば「何したの?」と何か良からぬ事をしたと疑われるかも知れないが構わない。
彼女が喜んでくれるのならそうしよう。
家族はいる。
私はその声がする左の道へ進んだ。
それにしてもこの道は何なのだろう。
真っ白で天と地の境目がない世界で二者択一を迫られる。
では選択を迫っているのは誰であろうか?
私はこう考える、迫っているのは自分、ここは精神世界で自問自答をしているのではないかと。
『大きいストレスを感じる時がある? ない?』
分岐点に着くとまた問い掛けが始まった。
ストレスを感じる場面といえば聞かれて、直ぐに思い付くのは仕事面だ。
私は今の会社に二十年勤めている。
そのかいあってか今では係長という立場で仕事をさせてもらっている。
給与はそこそこ良いが二十年いて係長で止まっているのは私ぐらいなものだ。
上からは結果を求められ、下からは不満が漏れる。
どちらとも上手くやろうとしてしまうのが仇となり、どっち付かずの私は半端者という自覚が出来てしまい出世は出来ない、チャンスがあっても飛び付くのが恐いのだ。
上司の評価は一貫していい人というだけであり、それが全てであった。
こんな事を直ぐに思ってしまうのは仕事に対するストレスが大きいせいなのかも知れない。
大きいストレスを感じる時はある。
私はその声がする左の道へ進んだ。
道を歩いていて考える、仮に精神世界だとして何故こんな所にいるのかと。
そういえばいつからいるのだろう?
確か先週体調を悪くして…。
『タバコは吸う? 吸わない?』
そうだ、職場で倒れて…。
私は右へ進んだ。
『お酒は飲む? 飲まない?』
そのまま病院で診察を受けたんだ…。
私は左へ進んだ。
『あなたは病気に罹っている? いない?』
病気…。
そうだ私は癌だと言われて自らの人生を振り返ったんだ。
妻や子供達に何も残してやれないし何もしてやれない人生だった。
せめて退職したら色々な所に妻と二人で出掛けて等と考えてはいたが、私は夫としても父としても中途半端で出来損ないだ。
この時はとても悔しく情けなかった。
この想いを心に刻んで私は左に進んだ。
そこにある目的地を見て様々な感情が駆け巡る。
私はこんな情けない自分を受け入れてくれる所を探していたんだ。
「あなた! 良かった目を覚ましてくれて」
気がつくとそこは病院のベッドの上。
目の前には泣いている妻の顔が見える。
「お父さん!」
「親父!」
二人の子供達も来てくれていた。
私の癌を取り除く手術は無事成功した様子で、これからも暫くは生きていられそうだ。
それにしても良かった。
あの時左へ進んだ先で私に声を掛けてくれた若いスーツを着た男性、彼が掛けてくれた言葉で勇気をもらい命を繋ぐ事が出来た。
私は生涯彼からの言葉を忘れないだろう。
「お客様でも入れる保険ありますよ」
(了)




