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山茶花の嫁  作者: 櫻木サヱ
 揺らぐ距離

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7/7

朝餉の沈黙

朝餉の席に、久遠がいる。

それは、いつの間にか当たり前になりつつあった。


最初は偶然だと思っていた。

たまたま時間が重なっただけ。

そう自分に言い聞かせていたが、三日、四日と続くうちに、それが違うと気づく。


「おはようございます」


紗夜が一礼すると、久遠は短く頷いた。


「……ああ」


それだけ。

それでも、初日の無言よりは確かに前進している。


卓に並ぶのは、簡素だが温かい食事。

湯気が立ちのぼり、器の白が朝の光を受けている。

二人は向かい合って座り、黙って箸を取った。


沈黙は、相変わらず多い。

だが、第1章の頃の沈黙とは違っていた。


張りつめたものではない。

拒絶でも、無関心でもない。

ただ、言葉が必要とされていないだけの静けさ。


久遠は食事の進みが早い。

だが、紗夜の箸が止まると、それに気づいたように、わずかに手を止める。


気づかれている。

そう思うと、胸の奥が少しだけざわめいた。


「……味は」


唐突に、久遠が口を開いた。


「?」


「合わぬものがあれば、言え」


それは命令でも、確認でもない。

気遣いに、限りなく近い声音だった。


「どれも、ありがたく」


紗夜はそう答えた。

嘘ではない。

ただ、それ以上をどう言えばいいのか、分からなかった。


久遠は小さく頷き、それ以上は追及しなかった。

踏み込まない。

けれど、目を離しもしない。


食事を終え、湯を飲み干したとき、久遠がふと視線を上げる。


「今日は、村へ出る」


「はい」


「……宗一郎から聞いているだろうが」


言いかけて、言葉を止める。

珍しいことだった。


「奥様として、顔を出すだけでいい」


「承知しました」


それは、同行の許可とも、期待とも取れた。

紗夜は静かに息を整える。


久遠は立ち上がり、出ていく前に一度だけ振り返った。


「無理はするな」


短い言葉。

だが、はっきりと紗夜に向けられていた。


一人残された席で、紗夜はしばらく動けずにいた。

朝餉を共にすること。

それだけのことなのに、胸の奥が温かい。


千代が、そっと声をかける。


「奥様……お顔が、少し柔らかくなりましたね」


「そうかしら」


自分では分からない。

だが、否定もしなかった。


庭に出ると、山茶花が朝露をまとっていた。

まだ落ちない。

まだ、咲いている。


紗夜は思う。

この沈黙は、耐えるためのものではない。

同じ時間を、生きるための沈黙なのかもしれない、と。


そしてそれは、

確かに、距離が揺らぎ始めた証だった。

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