冬の庭
夜半に降った雪は、朝には止んでいた。
屋敷は白く縁取られ、音を吸い込んだように静まり返っている。
紗夜は早く目を覚まし、誰もいない庭へ出た。
吐く息が白く、足元の雪がきしむ。
冷えは感じるが、嫌ではなかった。
庭の中央、山茶花の木の下に立つ。
雪をかぶりながらも、花は変わらず咲いている。
いくつかは落ち、赤と白が雪に滲んでいた。
花ごと落ちるその姿は、何度見ても胸に残る。
潔さと、諦めと、そして――強さ。
「触れるな」
低い声が背後から聞こえた。
振り返ると、久遠が立っていた。
外套を羽織り、いつもより少しだけ柔らかい表情をしている。
「……失礼しました」
咄嗟に手を引く。
久遠は紗夜の仕草を見て、ほんのわずかに眉を下げた。
「切らなければいい」
「?」
「散るのは構わない。人の手で終わらせるのが、嫌なだけだ」
紗夜は、しばらくその言葉を噛みしめた。
「山茶花は、強い花ですね」
久遠は答えなかった。
だが、否定もしない。
沈黙が流れる。
冷たい空気の中で、不思議と居心地は悪くなかった。
「この屋敷は、寒いでしょう」
久遠がぽつりと言う。
「はい」
正直に答えた。
「……それでも、耐えられるか」
その問いは、領主としてではなく、夫として向けられたもののように聞こえた。
紗夜は少し考えてから、静かに答える。
「耐えることは、教えられてきました」
久遠の視線が、僅かに揺れる。
「だが、それだけではない」
彼は一歩だけ近づいた。
距離はまだ遠い。
けれど、これまでで一番近い。
「ここで、何を望む」
紗夜は息を呑んだ。
望むことを、問われたのは初めてだった。
すぐには答えられない。
言葉が、喉の奥で凍る。
「……分かりません」
正直な答えだった。
久遠は、ゆっくりと頷いた。
「それでいい」
彼は山茶花を見上げる。
「分からぬまま、折れずにいろ」
それは命令でも、慰めでもなかった。
ただの、願い。
久遠はそれだけ言って、屋敷へ戻っていった。
残された庭で、紗夜はしばらく立ち尽くす。
胸の奥が、微かに温かい。
耐えるだけの冬ではない。
そう思えたのは、初めてだった。
山茶花は、雪の中で静かに咲いている。
こうして、
名ばかりの夫婦の冬が、静かに始まった。




