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山茶花の嫁  作者: 櫻木サヱ


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2/4

山茶花は冬に咲く

冬の朝は、音が少ない。

紗夜は輿の中で、その静けさを指先で数えるように感じていた。


布越しに伝わる外気は冷たく、吐く息は自然と浅くなる。

それでも、心は不思議なほど凪いでいた。

怖くないわけではない。ただ、恐怖に名前をつけることを、ずいぶん前にやめてしまっただけだ。


嫁入りとは、そういうものだと教えられてきた。

家のため。血のため。名のため。

個人の感情など、そこには最初から含まれていない。


「まもなくでございます」


輿の外から控えめな声がする。

紗夜は小さく息を整え、背筋を伸ばした。

何度も練習した所作。何度も言い聞かせた心構え。

すべては、今日のために。


輿が止まり、布が上げられる。

視界に入ったのは、広く整えられた屋敷と、無駄のない立ち姿の男だった。


久遠。

今日から、夫となる人。


噂は聞いている。

冷酷、非情、情を解さぬ男。

人の心よりも領地と理を優先する領主。


だが実際に目にした彼は、噂よりもずっと静かだった。

表情は薄く、視線は真っ直ぐで、そこに揺らぎがない。


「遠路、よく来た」


それだけだった。

労わりとも歓迎とも取れない、事実だけを告げる声。


紗夜は一礼する。

深く、正確に。

教え込まれた角度のまま。


「本日より、よしなにお願い申し上げます」


声は震えなかった。

久遠は短く頷き、それ以上言葉を続けなかった。

まるで、それで必要なやり取りはすべて終わったかのように。


案内されて屋敷へ向かう途中、庭の一角に白い花が見えた。

雪の名残がある中で、凛と咲く花。


「山茶花でございます」


誰かが小さく言う。

紗夜は足を止めることなく、視線だけを向けた。


冬に咲く花。

散るときは、花びらではなく、花ごと落ちる。

潔く、音も立てずに。


この家に、よく似合う。

そう思った瞬間、自分もまた、ここにそうやって在るのだろうと理解した。


屋敷の中は広く、冷えた空気に満ちていた。

人はいるのに、温もりが薄い。

それは、久遠という人間そのもののようだった。


部屋に案内され、必要な説明を受ける。

形式的で、過不足のない言葉。

紗夜はすべて頷き、すべて胸にしまった。


夜になっても、久遠が部屋を訪れることはなかった。

それを不思議には思わない。

期待していないから、失望もしない。


灯を落とす前、障子越しに庭を見る。

月明かりの下、山茶花が白く浮かび上がっていた。


紗夜はそっと手を胸に当てる。

ここに来て、何かが始まったのだろうか。

それとも、終わったのだろうか。


答えは出ないまま、静かな夜が更けていく。


冬の屋敷で、

山茶花だけが、変わらず咲いていた。

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