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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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一円の恋

作者: 霧間愁
掲載日:2025/11/26

 それは画期的だ、と誰かが言った。

 世界は人間の価値を金銭に置き換え可視化することに成功したのだ。

 つまり、生きている私の頭上には私の価値が表示されている。

 あらゆる人に私の価値=金額が表示されているのだ。

 ただし、私の価値は私自身が見ることは出来ない。

 それは人間の尊厳を守るため、と誰かが言った。

 そして、私も誰も彼の金銭的価値を数字として、観ることが出来る。


 朝の洗面所で、大きなため息をつく。顔のそばかすやにきびだけを気にした訳ではなかった。おでこのからその上、他人からは見えているだろう数字を想像するとやっぱり大きなため息が出た。

 私には私の価値が判らない。

 「ご飯冷めちゃうわよ」、母がリビングから声をかけてくれる。焼きたての食パンにバターはぬられ、温かな紅茶が用意されているだろう。

(自分でやるのになぁ……)

 親は子供に甘いという常識。幼い頃から変わらない日常。

 出来るだけ明るい声で「はーい」と扉と廊下の先、リビングにいるであろう母に返事をした。


 朝、街ゆく人たちの頭上には数字。

 小さい頃から人の頭の上をまじまじと見るものではありませんと育ち、自分の価値を高めましょうと言われながら教育され、将来は誰かの役に立つ仕事をしましょうと言われた幼少期。

 息苦しさを感じながら、ようやっと高校二年生。

 どの時代の10代ひな形のように私は今、将来と恋で悩んでいる。

 小学校の頃は簡単だった。運動神経と顔立ち、それに頭の上にある数字を見て好きになればよかったのに、と思う。いや、いまもそれほど変わらないか……。考えてみれば順番が変わっただけ、数字、顔、運動神経。きっと社会に出れば、ここに学歴が加わるのだと何処か達観している。

 住宅街の路ですれ違っていく小学生たちの数字は、ほんの少しずつ上がり、追い抜いていく老人たちの数字はゆっくりと静かに下がっていく。小さな桶に少しづつ水が溜まっていくのと、溜まっていた水が少しづつ抜けていく様に似ていた。横切った主婦の井戸端会議は、会話内容よりも上の数字の乱高下の方が騒がしい。すれ違ったスーツ姿の人は携帯端末で話しながら段々と数字を挙げていき、立ち止まってメモを取り始めると値段が下がっていった。

 為替の様に、誰かに取引されているわけでもないのに、この頭の上の数字は日々上下し続けている。

 私にはこの世界が、とても醜く残酷で恐ろしく平等に感じて生きていた。

 この世界で何をすればいいのだろう。何ができるのだろう。

 なんの自信も未来設計も出来ぬまま、私は進学を選ぼうとしていた。それは周りにただただ流されるままに、だ。

「おはよう」

 あの声が聞こえてきて、私の思考は書き換えられ、鼓動は早くなる。

「おはよう」

 上手く挨拶を返せただろうか。一々と心配になった。

 彼のドコを好きになったのかと問われれば、答えられない。どこ、という事もなく、ただ、好きなのだ。学校へと向かう足は軽く、そして鈍い。

「今日は、部活ないんだ。何処か行かない?」

 「みんなで」と続く彼の言葉に頷く私は、少し気まずい。二人きりで!と言いたい私と二人で行ったら「面白くない女」認定されて嫌われないかという葛藤が渦巻く。

「今日もマスク外せない?」

 心配そうな声。

 いつからかマスクを鼻先から下ろせなくなった。中学だったか、小学生高学年だったか。思い出せないし、劇的な出来事もない。人類何度目かのパンデミックがあったわけでもなく、よくある「インフルエンザ」予防のためとマスクをし始めただけ。

 それから、だ。心が少しだけ軽くなったのは。

 いつしか手放せなくなり、人前で素顔を見せることがなくなり、お昼ご飯も、親しい友人の二人と食べる。友人の二人もマスクを人前で外せない(やまい)を患っているので、ほぼ友人と言うよりも同士という感じだが。

 体育の時ですらマスクは外せない。私は怖くなっていた。大勢の前で外そうとすると過呼吸に襲われた。

 この顔にすら金額が付けられる。「この顔でその値段」と誰かに思われてしまったら、いや彼に思われたら私は羞恥のあまりに死を選んでしまうかもしれない。

 数年経ったある日には、笑い話になるのかもしれないが、今の私にはそれが重要で深刻な事なのだ。

 彼の心配してくれる声に、勇気を出したい自分と出せない不甲斐なさに心が挫けそうになり始めたところで、彼の友人が割はいってきた。

 ¥25,216,184-

 挨拶をしながら、失礼とは解っていても、思わず頭上に目がいってしまう。数千円、昨日よりも下がっていた。

 コイツはいつも――いつもいつも彼と話していると、話しかけてくる印象がある、いつも毎回だ。よく笑っているが、笑い方に品がない。子供っぽいのだ。

 彼は優しいので、こんな子供の相手もする。ただ調子にのるというのが、こどもの常套というもの。

「今日、どこか行くの?」

(行くの!でも、アナタはついてこないで)とは、言えない。そんな事を彼の前で言ったなら、幻滅されるかもしれない。

「あぁ、行くよ。お前も来る?」

 彼が当然の様に誘い、そして当然の様に承諾した。そんなやり取りを見て、胸にざらつきを覚える。

 嫉妬……なのだろうか、モヤモヤとしたものが私の中に渦巻いていて、どうすればいいのか解らず苛々とした。

「ごめん、先行くね」

 校門が見えたところで短く言って私は小走りになる。

 靴を履き替えると「おはよー」と友人が駆け寄ってきた。思わず「聞いてよ」とこぼす。

 「何々?」と友人は優しく微笑んで、二人で教室へと向かった。

 ¥7.971,962-

 すれ違う教師。

 ¥16,241,152-

 すれ違う同級生。

 ¥8.242,981-

 すれ違う教師。

 ¥18,211,179-

 すれ違う同級生。

 ¥21,931,153-

 すれ違う同級生。

 ¥48,205,197-

 ¥9,881,992-

 ¥13,674,902-

 ¥9,081,894-

 ¥85,149,326-

 ¥19,021,844-

 ¥37,562,018-

「それはさ、アイツが悪いよ」

「だよね、だよね」

 私は友人が共感してくれたことにとりあえずの安堵をする。

 私の一日は大体こんな風に始まるのだ。


 10代ひな形のように私は今、将来と恋で悩んでいる。

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