第9話 大型船の失踪事件
星海。それは地命国の南東に位置する海のことであり、海は天候が悪くなければ穏やかなことが多く、水面に星々が綺麗に映ることから、星の海、星海という名前がつけられた。
その海をゴーレンと名付けられた魔導旅客船が、夜空の中を航行していた。
「後2日で、陸地だな」
「その次の日には、また海ですけどね!」
「それもそうだけど…次の航海が終われば、しばらくの間休みが貰える」
「私は家族と旅行に行くつもりです!」
「いいね〜」
ゴーレンの船橋では、艦長と乗組員達が船の運行の安全を維持しながら、雑談を楽しんでいた。
その時だった。
「うん? 船長、あれなんですか?」
「ん?」
前を見ていた乗組員は、甲板の上に居る何かに気づき、艦長に尋ねた。
「……イ、カ…?」
何かを見た船長がそう呟いた次の瞬間、
「この船を頂く! ゲソッーーー!!」
船長からイカと呼ばれたクラーケンは、雄叫びのような声を発しながら船橋の窓全体に向けて、口から黒いイカスミを吐いた。
「うわっ!」
「な、なんだ!?」
イカスミは窓にへばりついて視界を完全に塞ぎ、船長達は只々慌てふためく。
「警報鳴らせ! けいほッ――」
振り返り船長が乗組員に指示を出そうとしたその時、船長の胴体が窓ガラスを突き破って入ってきた1本の触腕に貫かれ、船長は吐血しながら床に倒れ込む。
「に、逃げッ――」
それを見た乗組員達は急いで逃げようとしたが、次々と窓を打ち破って触腕が入ってきて、船橋に居る乗組員達の胴体を貫いたり、首を容赦なく絞めたりし、数分も経たずに船橋に居た者達は全滅する。
そして、船橋の乗組員達を死に追いやった複数の触腕は、巡航速度で進んでいたゴーレンの速度を最高速度に上げ、舵輪を右へと器用に回した。
ゴーレンは速度を出しながら右へと傾き、時計回りで周り始める。
「やれぇーー!」
複数の触腕を船橋へと伸ばしているクラーケンが合図を出すと、全長12m程ある硬そうな鱗で覆われた3匹のワニ人間が海から這い出てきて、鋭い爪をゴーレンの右舷側面に食い入れて体重を掛け始めた。
右に舵を切っていた上に、数トンはありそうな化け物共に貼り付けられたゴーレンは、バランスを維持することが出来ず軋みながら海へと横転する。そして、船内には大量の海水が隙間から入り込み、ゴーレンは乗客や生き残った乗組員達を乗せたまま、暗く深い海の底へと化け物共に沈んで行った。
これを皮切りに、旅客船や貿易船の失踪事件が短期間で複数起き始めることとなった。
―◇―
傭兵連合会を後にした俺らは、金剛のターミナル駅に移動しており、そこで俺は路線図を見つめていた。
「次の目的地は何処にするのですか?」
「それなのだが…先日、伊織殿が言っていた勇者がどうも引っかかっておってな…そこで、他国を巡り勇者について知りたいと考えているのだが…何処か良い場所はないか?」
伊織からの質問に、俺は記憶喪失を理由に勇者について知りたいと述べる。
「そうですね。地命国の場合ですと、春先の豊作祭や秋の収穫祭などと言った特別な行事にしか、テラクリスタルは見られませんので、今すぐ見ることは不可能です…勇者様の神器や歴史を見れるとなりますと…ウィラード連邦国、チェラクア社会共和国、ワラカーラト王朝、アルカンディス帝国の4つのうちどれかになりますね」
「では、地命国以外で1番近い所は?」
「それでしら、ウィラード連邦国がオススメです」
「ウィラード連邦国…?」
伊織から勧められた国の名前を聞き返す。
ウィラード連邦国……確か、オリビア殿の所属軍がそんな名前だったな?
「はい! ヨグルサム共和国を中心に、複数の中小国家で形成されている国です。そのヨグルムサム共和国の歴史博物館に、ウェントスクリスタルが飾られて展示されていたり、勇者様が活躍していた当時の貴重な物品が見れたりしますよ」
「そうか…では、次の行先はヨグルサム共和国にするとしようか…!」
伊織と話し合い、次の目的地を決めた俺は、路線図を見直してどこを辿ればヨグルサム共和国に行けるか調べ始めると、
「アサヒ殿。ヨグルサム共和国には、機関車よりも船で行く方が良いですよ」
伊織が助言してくれた。
「そうなのか?」
「はい。ここからヨグルサム共和国に行こうとすると、かなりの額が必要になりますので、ここは金剛の南西にある港都翔鶴から、ヨグルサム共和国行きの船が出ているので、それに乗ってみては如何でしょう? それならば、必要になるお金が安く済むと思いますよ」
「なるほど、船か…確かに、それであれば問題は無いだろう! では、早速その翔鶴へと向かってみよう!」
俺は伊織からの提案を受け入れ、港都である翔鶴早速魔導機関車に乗ることにした。
でも、やっぱりこの地命国の地名、日本海軍の艦艇から取られているよな?この国を作った人物、相当な海軍好きだったんだろうなぁ…
俺はそんなことを思いながら、伊織と共に翔鶴行きの蒸気機関車に乗って行った。
それから数十時間後、俺らは二日後の昼過ぎに翔鶴の目前まで迫っていた。時間が掛かった理由としては、金剛から出た時間が遅く、途中で下車して宿で二泊したからである。なお、男だといつバレるかと内心冷や冷やしていたから、宿では一睡もできなかったし、TALOSを装着したままだったから身体が少し痛い。
『まもなく~…終点~…翔鶴~翔鶴~…お忘れ物が無いようご注意くださ~い』
列車は速度を緩め、ゆっくりと駅のホームに入り停車した。
「それでは行きましょう!」
「そうだな」
ゆっくりしていた俺らは客車からホームに降り立った。
「街を一望できる場所に駅があるとは…」
改札を潜った俺らは、そこから見ることができる翔鶴の街並みを見ていた。
街は木製の家屋が立ち並んでおり、その先には大きな港があり、小さな木製の船から大きな鉄製の船まで大小様々な船が停泊していた。
スマホかカメラがあったら撮りたいと思う程のどかで心安らぐ景色だ。
「さて、船は出ているのか…」
「そればかりは港に行ってみないと分かりませんね。船に乗り遅れないためにも急ぎましょう!」
「…ああ」
先程駅から港を見た俺は、何処か嫌な予感を感じながら、伊織と共に港へと向かって行った。
坂道を下り始めてから十数分後、俺達は港に着いたのだが、
「…やけに静かですね…私が前に来たときは、市場を中心に賑わっていたのですが…」
港はその大きさに似合わず静寂だった。
見た所、海が荒れているという訳でもなさそうだし…これは何かあったと見ていいだろうな。
そう考えた俺は、
「伊織殿、ここは一度、近くの傭兵連合会に行き、話を聞いて見るべきでは?」
と、伊織に提案してみた。
「そうですね。港のこの静けさを知るためには、傭兵連合会に行くのが一番でしょう」
俺の提案を伊織は受け入れてくれたため、俺らは早速傭兵連合会に向かうことにした。
再び俺らは街中を歩き、港のすぐ近くにある酒場と一体化している傭兵連合会の建物にやってきた。
建物に入ると、酒場で酒を呑んでいた人達や話し合っていた人達の視線が一斉に俺に向けられるが、もはや慣れているため、俺らはそのまま受付の方へと向かった。
「少々聞きたいことがあるのだが…良いか?」
「なんだいいきなり?」
受付に居たバンダナを頭に巻いた黒髪の女性は、俺が声をかけると不愛想に返した。
「ヨグルムサム共和国に行ける船が出ていると聞いたのだが…今は出ていないのか? 港があまり賑わっていないように見えてな」
「なんだいそのことか…船なら当分の間出れないよ」
「「えっ?」」
女性の返しに、俺らは声を出して驚いた。
「ここ数日、大型船が何者かに襲われていてな。今日まででに8件起きている。一応何個かの海上輸送護衛の依頼が来ているが、逃げ場がないってことで全員がビビって居やがる。おかげで、全ての船がここに停泊している状態だ」
「なるほど…」
船が止まっている理由を聞いた俺は、掲示板の方に移動し、そこに最重要依頼とデカデカと離れている3枚の依頼の内容を見る。
《南陽海運の貿易船をチェラクア社会共和国まで護衛 金貨12枚》
《至急!ヨグルサム共和国行き豪華客船グレイシア号護衛 金貨50枚》
《国内海路ルートで北に行くはなぎ丸の護衛 金貨20枚》
うっわー…どの依頼書も金貨10枚以上の報酬金…でも、こんなに報酬出ると言うのに誰も受けないということは、相当海に行きたくないんだな~…
そんなことを思いながら、俺は迷わず豪華客船の依頼を手に取った。
目的地にタダで行けて、大金を貰えるとか最高じゃん。
そして俺は、女性にその紙を手渡す。
「これに、私と伊織殿が受けよう」
「本気か? この任務…失敗すれば海の藻屑になって、仮に生き残れたとしても、ペナルティとしてランクの降格並びに損害賠償として金貨100枚が請求されるぞ?」
依頼書を受け取った女性は、俺らの方を見て忠告をする。
「私は問題ない。伊織殿はどうする?」
「アサヒ殿がそういうのであれば、問題ないと思うので、私もやってます!」
「とのことだ。頼む」
俺らは唖然としている女性にそれぞれの傭兵書を出した。
「面白い。気に入った!」
女性は二カッと笑い、依頼書に俺らのことを登録した。
「グレイシア号は、翔鶴中央港に停まっている。豪華客船だからすぐに分かると思う。向こうへの連絡はこっちで行うから、早めに行きな。あそこは、乗客が出港はまだかまだかと言っていて、船長が困り果てていたからな」
「そうか。それでは早急に向かうとしよう。色々と助かった」
「では、行ってきます!」
俺らは女性の言われて、グレイシア号が停泊している場所へと向かうことにし、女性にそれぞれ別れの挨拶を伝えて、傭兵連合会から出て行った。
「久しぶりに、度胸がある傭兵らしい奴にあった気がするな…期待しているぞ?」
俺らを見送った女性は笑みを浮かべつつ、グレイシア号へ依頼受理の報告をするため、魔導通信を行う準備を始めた。




