第20話 白銀の少女と黒紫の巨龍
セントリアル大坑道の更に奥深く、そこにはかつての大陸戦争で失われた旧帝国の主要都市ケーニンブルクが、ドーム状に作られている空間内にあった。
「ようやく、ようやく地上に出れる…!」
偶然にも鉱夫が開けてしまった穴を見つめながら、数百年間結界により地下に封じ込められてきたアルマロスが歓喜に震えていた。
「よう、数百年ぶりだな。アルマロス」
アルマロスが歓喜に震えていると、後ろから何者かが声をかけてくる。
「ハァ…まさか最初に会うのが君になるとは……一応久しぶりと言っておこうか。ベリアル」
落胆しながらアルマロスは後ろを振り返り、自身の後ろにいた同じ深淵魔人であるベリアルを見つめる。
「はっ! 何だ? 俺様だと不満か?」
「勿論ですよ。出てから最初に会うのはあの方と思っていましたので…」
アルマロスの態度に少しイラつくベリアルに対し、アルマロスはベリアルがイラついていると知った上で、煽るように言う。
「仕方ねぇーだろ。この都市には今だ勇者の結界が維持されている。そのせいでお前は弱体化、俺様は本体は入れず、力を可能な限り弱めた分身を態々作らないといけないほどだ。あのお方は弾かれて終わりだ」
「本当に厄介ですね。彼女の結界は…お陰で私ができるのは闇霧を吐き続けて結界外で眷属にした連中を通して外を見るだけですよ…」
2人は町の上に顔を向け、大地と街がある空間を隔てるように薄らと存在している半透明な結界を見つめる。
数百年前に張られた結界は、当時と比べて弱まってはいるもののなおも健在であり、アビスの魔物は触れようとしたら弾かれ、大ダメージを負うほど強力である。
「んじゃあ、お前の湿気た面を見た事だ。お前は分身に使った闇霧を取り込め、能力とかはないが、結界に耐えるために相当な量を使った。消耗はしているがお前の力をある程度回復させると思うからな」
「それはそれは、有難く貰いましょうか…丁度今、人類が私が坑道で作ったアビスの殲滅に動き出したようなので…貴方の闇と奴らから集めれた闇があれば…完全復活出来ることでしょう」
「なら、俺はお前が行動しやすいようにお土産を置いて見学するとしよう…」
「余計なお世話ですよ…」
「どうだか…んじゃあな」
「ええ、また…」
軽い別れ挨拶を終わらせると、ベリアルの姿は黒い靄へと変わっていき、アルマロスはそれに右手を向け、黒い靄を吸収し始める。
「……封印前の半分というところですかね?」
ベリアルの分身を形成していた黒い靄を吸収したアルマロスは、自分の手を動かしながら力の確認をした。
「…それでは、鴨が葱を背負って来るのを首を長くして待つことにしますか」
宙に浮いたアルマロスは目を瞑り、自分の支配下に置いたアビスを通して外の情報を集めながら、討伐軍がここに来るのを待つことにした。
―◇―
セントリアル大坑道から数キロメートル先にあり、ウィラード連邦軍第13旅団と傭兵連合による作戦本部が置かれている町にて、真白は地面に座り空ぼーっと見つめていた。
「何時間かかるんでしょうか…」
町で1人待つことになった真白は、暇で仕方なかった。
連邦軍や傭兵連合の者は、何やら慌ただしく動いており、少し耳を傾けてみると、
「傭兵の1人が突っ込んでいっただと!?」
「坑道外にてアビスが大量発生! 援護を求むとのことです!」
「エハルト小隊は何をしてる!!」
といった言葉が怒号のように聞こえてくる。
「アサヒさんとイオリさん、大丈夫ですかね…」
真白が2人のことを思っていたその時、
――ピシッ
という乾いた音と共に、突如空に亀裂が入った。
「あれって?」
亀裂に唯一気づいていた真白は、立ち上がり空にできた亀裂を見つめる。
亀裂は徐々に大きくなり始め、空間に大きな穴が開く。
その穴の向こう側は真っ黒な空間が見え、真白はその向こう側を凝視する。
すると、
「パギャアァーーーーー!!!」
ドラゴンが、雄叫びを上げながら穴から現れる。
「ど、ドラゴン!」
「違う! 深淵地龍だ!」
咆哮により上空の異変を察知した連邦軍は、慌てふためく。
そしてアビスドラゴンは、身体に纏わり着く黒い靄を振り払うように穴の外へと出てきて、そのまま町の中心付近に着地する。
アビスドラゴンが着地した風圧により、臨時作戦司令室のテントや一部の家の瓦などが吹き飛ぶ。
「パギャアァーーーーーー!!!!」
アビスドラゴンは雄叫びを上げ、風圧で自身の周りに立ち込めていた土煙を払った。
土煙が無くなったことでアビスドラゴンの姿がはっきりと分かるようになる。
20メートルはある巨体を黒紫色の鱗が全身を覆い、顔には宝石のような紫色の角があり、瞳は鋭く夜空に浮かぶ月の様に黄色く光っているように見える。
「第31歩兵連隊、戦闘準備だ急げ!」
「他連隊を呼び戻せ!」
「旅団長こちらへ!」
第13旅団は慌てながらアビスドラゴンを迎撃する準備を進める。
「ギャアォッン!!」
だが、歩兵連隊が動く前にアビスドラゴンは暴れ出し、尻尾で兵や傭兵を蹴散らしたり足で家屋を踏み潰すなど暴れ出した。
「流石にこれは…!」
真白は己の力を使うために動こうとしたが、すぐに足を止めた。
「でも、このまま使ったら…」
能力を使った際の噂が帝国まで届き、追手がやってくるかもしれないと思った真白は、能力の使用を躊躇った。
真白がそう悩んでいた時、彼女の目にテントとして使われていた布が留まり、それと同時にあるアイデアが浮かんできた。
「これを使えば…!」
布を手に持った真白は、その身体に見合わない力で布を割いて即席のローブを作り、それを羽織った。
「それでは…行きます!」
ローブのフードを深く被り、真白は能力を発動させた。
ローブの背中部分に空けた穴から黒い模様が蠢く半透明の吸盤がないタコのような触手が、8本程うねうねと動きながら現れる。
「…行きますよ。ドラゴンさん…!」
真白は宙に浮き上がり、その場で右手をアビスドラゴンに向ける。すると、4本の触手の先から紫色の光弾が放たれ、光弾は真っ直ぐとアビスドラゴンの頭部に向けて飛んでいく。
「ッ!!」
勇敢にも挑んできた兵士を踏み潰そうとしていたアビスドラゴンは顔に3発の光弾を受け、その際に出た煙を振り払いながら真白の方を見る。
「…パギャアァーーーーー!!」
怒りの感情が乗った咆哮を上げ、アビスドラゴンは建物や人を蹴散らしながら翼を羽ばたかせて真っ直ぐと真白に向かって飛び始める。
「ドラゴンさん、こっちです!」
アビスドラゴンのヘイトが自分に向けられたことを確認した真白は空を飛び、自身を囮にしてアビスドラゴンを町の外へと誘導を始める。
「ここまで来たら…全力で戦えます!!」
アビスドラゴンと一定の距離を保ちながら飛び続けた真白は町の近くにあった野原までやって来て、くるりと身体を捻ってアビスドラゴンの方を向く。
「えい!」
振り返った真白が可愛い声でそう言うと、8本の触手の先端から紫色の光線が放たれ、アビスドラゴンの鱗や翼を焼き切る。
「ギャオォンッ!!」
翼を焼き切られたアビスドラゴンはバランスを崩し、身体で土を抉りながら地面に不時着した。
「…パギャァ…ッ!」
頭部に着いた土や砂を振り払い、アビスドラゴンは真白の方を向くと、角から電流を発し始める。
「…パギャアァーーーーー!!」
角が光ると同時にアビスドラゴンは咆哮と共に角から衝撃波を放った。
「あっ、ヤバい!」
本能的に危険だと判断した真白は触手を複数本束ねて盾を作り、衝撃波に挑む。
「ぐうぅっ!」
触手の盾で何とか衝撃波を耐えるが、防ぎれなかった振動が真白の身体に伝わり、気分が悪くなる。
「…うぅ……もう許しません…!」
乗り物酔いに似た気持ち悪さに襲われながら、真白はアビスドラゴンを何処か子供のような愛らしさを感じる目で睨みつけると、8本の触手を1本に纏まるように絡ませ合う。
「全ての魔力を…集めるイメージ……」
真白は目を瞑り、己の魔力や自然に漂っている魔素を1本になっている触手の先端に集め始める。
「ギャ…オン……」
先程の衝撃波を放ったアビスドラゴンは、球状に触手の先端に集められている魔力に気づき、本能で死を察して逃げようとするが、衝撃波を放った際に消耗した体力が多すぎたようで、上手く身体が動かなかった。
「収束、魔動砲!!」
真白は脳内に浮かんできた単語をそのまま口に出しながら、触手に溜めた魔力を一気に放った。
放たれたエネルギー波は、地面を抉りながらアビスドラゴンへと進んでいき、逃げきれなかったアビスドラゴンは跡形もなく消し飛んだ。
「……」
真白は唖然としながら触手を見つめる。触手は、技に巻き込まれたせいなのか先端部分が消えて、明らか短くなっている。
「……こんな威力でしたっけ…?」
記憶の中にあった収束魔動砲との違いに真白は混乱する。
真白の記憶では、収束魔動砲はそこまで大きくない光線を放ち、威力は8メートルはある巨石を粉砕する程度であり、真白はアビスドラゴンに致命傷を負わせようとはしていたが、消し飛ばすことになるとは夢にも思っていなかった。
「…………」
今の収束魔動砲の威力を見た真白はあることに気がついた。
もし、このことを知らないままアサヒ達について行って、この技を使っていた場合、どうなっていたのだろうと…場合によっては自分を助けてくれて良くしてくれていた2人を殺めることになったのではないかと…
「……」
それに気がついた真白は過呼吸になりながら、己の力に恐怖を感じる。
「…ごめん…なさい……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
自分が間違っていたことに気づき、真白はその場に蹲り震えながらアサヒに対して過剰に謝る。
その後真白は、収束魔動砲の音を聞いて駆けつけた伊織が来るまで、その場を動こうとしなかった。




