第15話 暴風が去った後
復興の手伝いをした俺らは、ワレクトンのホテルに一泊し、次の朝を迎えていた。
伊織がベットですやすやと寝ている中、俺はアンダースーツの状態で、ドアの隙間から部屋の中に放り込まれていた新聞を朝日が照らす大窓の前にある椅子に座って読んでいた。
「………本当にこれからどうするべきか…」
新聞を読み終えて綺麗に畳んでから、机の上に置いた俺は頭を悩ませる。
今読んだ新聞には、テロのこともしっかりと乗っていたのだが、それを越える大事件が一面を飾っていた。その大事件というのは、俺らが遥々ここに来た理由であるウェントスクリスタルが、何者かによって盗まれたのだ。日本で言えば、三種の神器の一つが何者かによって盗まれる様な物。そりゃあ大事にもなる。テロに国宝盗難、今や政府機関は犯人探しとテロの後処理によって大忙しだろう。
そして、見るために来たウェントスクリスタルが盗まれてしまった以上、俺らがここに来た理由は完全に無駄足になってしまった。まぁ紳士解放戦線のテロによる被害を抑え込めれた分マシと考えるか…それはそれとして、これからどうするべきか…
椅子に持たれながら色々と考えていると
「……ふぁ~…おはようございます…」
「機体装着…!」
『承認。TALOS起動します。』
伊織が目を覚ましたので、俺は慌ててTALOSを装着した。
「いつもながら、鎧を付けるのが早いですね…」
「はははっ、まぁな」
目を擦りながら伊織はTALOSを着た俺を見つめてくる。
「そ、そう言えば伊織殿、少々不味いことになったぞ!」
「? どうしたのですか?」
「これを見てくれ」
話の話題を逸らすため、俺は手に持っていた新聞を伊織に渡した。
「……これ、本当ですか…?」
「っぽいな。大手であろう新聞社が発行してるんだ。間違いないだろう」
「……」
異世界の住人としても今回の事件はとても不味いらしく、伊織は驚きのあまり放心状態になった。
まぁ、かつて世界を危機から救った勇者が、力を残す際に悪用されないように分散させて預けたのに、それが奪われたとなったら、責任重大だろう。
そうしていると、部屋のベルが鳴った。
「はーい!」
俺は放心状態の伊織を放置し、部屋のドアを開けた。
「アサヒ様。ご朝食をお持ちいたしました」
「おお! では、ぜひ頂こう…!」
ホテルウーマンが朝食をワゴンに乗せて持って来たので、俺はホテルウーマンを中に入れて、テーブルの上に朝食を並べて貰う。
朝食は、2個のロールパンとバター、こんがり焼かれた2枚のベーコンとオムレツ、付け合わせにサラダと至ってシンプルな物だった。
「それでは、失礼いたします」
2人分の長所が並べたホテルウーマンは、一礼した後部屋から出て行った。
「伊織殿、朝食が…」
「……」
相当驚いているのが、伊織は未だ放心状態だったので、俺は仕方なく先に朝食を食べることにした。
「キャストオフ」
口部分だけ外して、俺はフォークとナイフを使って、最初にオムレツを口に運んだ。
「~~っ…ふわとろっ!」
オムレツを一口食べた俺は、余りにも美味しさに身を震わせる。
ホテルの料理とか無縁の人生だったが…ここまで美味いのか…!
「次はこのベーコンを…!」
他の料理の味が気になった俺は、ベーコンを半分に切り、1枚から2枚になったベーコンの片方を口の中へに入れた。
カリッカリ! 焦げがなく均一にカリカリにベーコンは焼かれており、塩加減も絶妙。ちょっと、シェフ呼んで、褒めてチップあげたい
ベーコンをしっかりと味わった俺は、今度はロールパンに手を伸ばす。
「…キャストオフ」
流石にパンは素手で触りたいと思った俺は、TALOSのグローブを外し、1つ持ってみる。
「おお、温かい…」
スーパーとかで売っているロールパンしか買ったことない俺は、ほんのりと温かいロールパンに感激しながらバターナイフでパンにバターを入れれるくらいの穴を開け、そこにバターを入れて口へと運ぶ。
「…不味い訳がねぇ……!」
出来立てのパンにバターを塗るという絶対不味くならない古来からの食べ方、実に良い。
「……」
パンを半分程食べた際、俺はふと良いことを思いつき、残りを口へと放り込んで味わって食べる。
そして、伊織がまだ放心状態なのを確認したのち、もう1個のロールパンをバターナイフで横に切り、両面にバターを塗り、そこに小さめに切ったオムレツ、半分のベーコン、サラダとして使われているレタスを乗せ、ハンバーガーのように挟む。
「……」
出来てしまった絶対美味い組み合わせに、意を決した俺はかぶりついた。
「……っ! あっぶな…! 一瞬死んだ爺ちゃんが、川の向こうで旭日旗を振っているのが見えた」
あまりの美味しさに、俺は三途の川に行きかけて戻って来た。
「これミックスサンドにしたら売れるだろ…」
そんなことを呟きながら、俺は一気に残りを一口で食べてよく噛んで味わう。
そして、あっという間に俺は朝食を食べ終わってしまった。
これはこの飯目的で泊まってもいいな。
そんなことを思っていると、
「すみません…驚きのあまり固まってました…」
気が付いた伊織がやってきて、反対側の席に座った。
「それでこれからどうしますか…?」
「まぁそれは朝食後にしよう。ここの朝食はとても美味いからな…しっかり味わった後に今後を決めた方が良い」
「そうですか…アサヒ殿がそこまで言うのであれば、後にしますか。それでは、頂きます」
俺に勧められて、伊織はしっかりと手を合わせた後、俺と同じようにナイフとフォークを使ってオムレツを一口大に切り、それを口へと運ぶ。
「っ! 確かに美味しいです!」
「そうであろうそうであろう…!」
オムレツを口の中に入れた伊織は少し驚いた表情を浮かべ、噛んで飲み込んだ後に俺と同じ感想を述べ、俺は何故だか誇らしくなった。
そこから俺は、朝食を美味しそうに食べる伊織を見ながら、珈琲を飲んで平穏を楽しむことにした。
―◇―
数百年前。勇者の力と知恵で人間や亜人がアビスへ反撃を開始し、追い詰め始めていた大戦末期。
そして、大戦末期の2月22日。アビス侵攻により奪われ人口の多さや周辺に牧場があったことにより、アビスの主要な発生源となっているヴェルイセン帝国の主要都市ケーニンブルクの奪還戦が始まっていた。
「進めぇ! 我々には勇者様が付いている! 我々の土地から奴らを追い出すのだぁーー!!」
初老の男、ワルター・フォン・ザクゼン上級大将率いる第1帝国軍の歩兵は、魔術師団の魔術師達から大量のバフを貰った状態で、ケーニンブルク目掛けて剣片手に突撃を行っていた。
「…まるで津波だね」
その様子を空から見ている1人の黒髪に長髪の女性が居た。
彼女こそが、数百年間その名を世界中に轟かせる勇者、神楽崎時雨である。
「雑魚は任せても大丈夫だけど…問題は…」
時雨は目を凝らしてケーニンブルクの街中を見つめ、とある人物を探し始める。
その人物とは、アビスをその身に宿し深淵亜人以上の力を持った深淵魔人の1体である。
情報収集のためにケーニンブルクに侵入した調査隊が命をかけて手に入れた情報から知れたことであり、それを聞いた時雨は急遽別戦線からケーニンブルク奪還作戦に参加したのだ。
時雨は、また別の戦場で深淵魔人と一線交えており、その際は何とか追い返したという状況であり、1軍団程度では敵わないと判断したのだ。そのため、死傷者をできるだけ抑え込むためにも、深淵魔人の相手は自分が極力引き受けることにしているのである。
「どこ…一体どこなの…」
時雨は必死に深淵魔人らしき者を探す。
前回、時雨が相手をした深淵魔人は正に戦闘狂と言っていい程、猛攻を仕掛けてきており、どちらかというと遠距離を主体としている時雨とは相性最悪だった。そのため時雨は、前回の反省として今回は先制攻撃を仕掛けようとしているのである。
「…初めましてだね…勇者ちゃん…!」
「っ!」
街を見ていた時雨の後ろから何者かが声をかけ、時雨は驚愕しながら自身の武器である聖杖アークエーテル振るって相手を叩き払う。
「痛いなぁ〜…もう……いきなり叩くとか、君は常識知らずなのか?」
時雨は距離を取りながら相手の方に振り返っていつでも戦えるように身構える。
相手は、高貴そうな服を着た黒髪に色白の片眼鏡をかけた男が立っており、片手には1冊の分厚い本を持っていた。
「女性の背後にいきなり立つからよ…それで、貴方は深淵魔人の1体ね?」
「その通り…! 俺は博識の支配者アルマロス。以後お見知り置きを…」
アルマロスと名乗った男は、空中で深々とお辞儀をしながら自己紹介を行った。
「先日は俺の同僚がお世話になったんだって…? どうだった彼は? ああ見えて純粋な力だと、俺達の中で1番強んだよね~…脳筋だけど……まぁ、勇者である君からして、彼の強さはどれくr――」
アルマロスが時雨に質問しようとしたその時、
「イグニス、ウェントス…バーンサイクロン…!!」
紅色の球体イグニスコアとウェントスクリスタルが光り、時雨はイグニスコアなどが付けられて装飾されている方をアルマロスに向け、鮮やかな青色の球体アクアコアで完璧の制御された炎を纏った竜巻をアルマロスに向かわせる。
「人が話している最中に攻撃って…流石に無礼過ぎない?」
間一髪でバリアを張れたアルマロスは時雨に対して文句を述べる。
「人ならざるものが何を言っているのかしら…ウェントス、ウィンドリッパー!」
時雨はアルマロスを冷たい態度であしらえ、様々な角度に風で斬撃を複数作ると、それを飛ばしてアルマロスの身体を切り刻もうとする。
「……成程…彼奴が撤退を選んだ理由が良く分かる…」
自分を中心に球体上にバリアを張ったアルマロスは、襲いかかってくる斬撃を完全に防ぎながら何やら1人納得する。
「私も少々本気を出すとしましょう…行きますよ。勇者ちゃん…!」
「全く、面倒な相手をすることになったわね…」
アルマロスは嬉しそうな表情を浮かべてバリアを解き、それに対し時雨は内心イラつきを覚えながらアークエーテルを構え、両者はまるで合わせたかのように同じタイミングで相手に攻撃を仕掛けた。
奪還作戦開始から数時間が経過した。第1帝国軍は、幾ら倒しても戦死した帝国兵の遺体から新たな深淵亜人を作るアビスに苦戦を強いられており、この状況を打開できる力がある勇者はアルマロスを抑え込めるのに手一杯であり、援護は出来そうになかった。
「………参謀長…全責任は私が負う…プランZを発令。勇者に発光信号で合図を送れ」
「……はっ…!」
未だ続く勇者とアルマロスの戦いと、アビスに第1帝国軍が押され始めているのを見たワルターは、少し悩んだ末、苦渋の決断として参謀長のアウグスト・フォン・シャルンホルストに1つの命令を出した。
プランZ。それは、もし仮にアビスの手からケーニンブルクを奪還できなかった場合、アビス発生源となっているかの街を勇者の力をもって結界を張ってアビスを閉じ込め、周辺の土地ごと街を地下に奥深くに沈めて封印するというものであり、プランZの発令は作戦失敗と帝国が弱体化することを意味していた。
だが、アビスとの戦いがまだある以上、下手に兵士を失う訳には行かないと判断したワルターは、プランZの発令に踏み切ったのである。
そして、プランZが発令されたことにより、魔術師団の1つが大規模な魔法の構築を始め、構築が終わり次第空に向けて光弾を放った。放たれた光弾は空高く飛びあ上がり、花火のように爆発音を周囲に響かせながら爆発し、光で周囲を明るく照らした。
「っ! 総員撤退! 死にたくないなら早くしろぉ!!」
発光信号を確認した各小隊長は隊員達に撤退命令を出し、安全地帯まで後退を始める。
「…どうやら、貴方の相手はこれ以上できないよね」
同じく発光信号に気が付いた時雨もまた、プランZが発令されたことを知り、それに向けて準備を始めることにした。
「何をするか分かりませんが…そう簡単には行かせませんよ?」
左腕が無くなっているアルマロスは右手に持っていた真っ黒で簡素な剣の刀身を伸ばし、時雨目掛けて振り下ろした。
「悪いわね。あまり時間ないのよ…アクア、ウォータージェット!」
「うおっ!」
時雨は杖先から大量の水を放出させてアルマロスに浴びせる。
「アクア、アイシング!」
「しまっ…!」
大量の水を浴びせながら時雨がそう言うと、杖先から水が凍り始め、放出されていた水はあっという間にアルマロスを氷の中に閉じ込める。
氷の中に閉じ込められたアルマロスは、宙に浮くことができなくなり、そのまま街中へと落ち始める。
「これはおまけよ……墓石としなさい。テラ、ロックフォール!」
アルマロスが落ちて行った方に時雨は杖先を向けると、空気中の砂ぼこりや地上の細かい石などを集め、直径10メートルはある岩を作り、それをアルマロス目掛けて放った。
「…っあ! まさか私が氷漬けにされるとは…あの力、実に興味がぶk――」
とある一軒家に氷塊として落ちたアルマロスは、内側から氷を破壊して脱出したが、次の瞬間上から自分の何倍もの大きさがある岩が落ちてきて、それに圧し潰された。
「今、撤退の援護をします…! イグニス、フレイムダンパー!」
アルマロスを一時的に封じ込めた時雨は、安全地帯まで撤退しようとしている第1帝国軍を追うアビスの軍勢に向けて、直径2メートルある火球を豪雨のように降らした。
アビスが足止めを食らったことにより、第1帝国軍は無事安全地帯までの撤退を完了させ、それを時雨に知らせる発光信号を上げた。
「アルマロスが来る前に終わらせる…! イグニス、アクア、ウェントス、テラ…」
発光信号を受け取った時雨は、アークエーテルに埋め込まれている各属性の力を1つずつ力を解放させる。
「エーテル…! シールスフィア!!」
時雨が杖先を街に向けると白い球体が放たれ、白い球体は街中に消えて行ったと思うと、一瞬にして街ごと周辺の土地を球体状の結界で覆った。
「テラ…アースイマース!」
結界が街を覆っている中、時雨は新たな魔法を発動させる。
すると、大きな地響きが発生し、揺れと共に街が地中へと沈み始めた。そして、数秒程で帝国の主要都市だったケーニンブルクは完全に地中奥深くへと消えて行き、街があった場所には、まるで何もなかったかのように岩や土以外何もない裸地が広がっていた。
「……ごめんなさい…」
空中でケーニンブルクがあった場所を見つめながら、時雨は故郷に帰れなくなった人、アビスという呪いから解放されなかった者達に対して、そう一言謝り一粒の涙を流した。
こうして、ケーニンブルク奪還戦は、ケーニンブルク喪失、死傷者46119名という大失敗で終わった。




