第13話 暴風の吹く先
空高く飛び上がった俺は、街を見下ろす。
街にはあちらこちらで黒い煙が上がっており、耳をすませば銃声や悲鳴などが聞こえてくる。
「全部張り倒したいところだが…まずはこれだな」
宙に浮きながら、俺は街全体を覆っている光る膜に近づく。
膜は目には見るが物理的に触れることはできないようで、触れようとした手は膜を貫通し、手を抜くと膜は元の状態へと戻る。
「発生装置的な物を破壊しない限り、無限に張り直されるな…」
膜の性質を少し調べた後、俺は膜に沿って地面へと降りて行く。
「あれか」
降りて行く最中に、膜の発生装置らしきパラボラアンテナを見かけた俺は進路を変えて、一直線で装置がある場所へと飛び、そこに降り立つ。
「な、なんだ貴様っ!」
「俺達の邪魔をするつもりか!」
突然現れた俺に驚きながら、装置の護衛をしていた男達は小銃の銃口を俺に向けて構える。
「色々と問い詰めたいところだが、時間がないからな…こんな大事を起こす覚悟ある以上、死ぬ覚悟もあるよなぁ!」
「何を言って…」
俺は粒子式刀剣の出力上げて刀身を伸ばし、装置を男達ごと横にぶった切った。
「…人殺めたが…罪悪感は全くないな。まぁ悪人だし仕方ない」
輪切りになった男達の遺体を避けながら、俺は装置に近づく。
アンテナがあった部分が切られて地面に落ちたため、装置は火花を散らしながら完全に停止しており、少し仕組みに興味があった俺は、切断面から装置の内部を見てみる。
装置の内部は様々なコードが複雑に絡み合っており、素人目線だとよく分からない。
「…ん? なんだ?」
装置を観察していると、薄っすらと靄のような物が風に乗って流れるのが視界に映り、俺は辺り見渡す。
目を凝らすと、俺の周囲に今にも霧散しようなほど希薄な靄が、後ろから前へと風に乗って飛び消えて行った。
「もしかして、あれが魔素とやらか?」
今見えた靄が、魔素なのか俺が考え始めた時、
『ザッ―ザザッ――ザ―――ブ――マセブン―ガンマ7応答せよ! ガンマ7!』
という声が何処からか聞こえ、俺は声がした方へと少し歩く。
『ガンマ7! 魔素乱流化装置に穴が開いている! そちらで何が起きている! 報告しろ!』
遺体となって転がっている一人の男の懐から再び声が聞こえたため、俺は懐あさって一つのビー玉を見つけた。
「…あー、あっあー、こちらガンマ7、ガンマ7。攻撃を受け、その対処をしていた。既に問題は解決した。早急に再起動する」
もしやと思った俺は、魔力をビー玉に込めて話しかける。
すると、
『了解した。魔素が大分漏れている。できるだけ早く復旧するように』
ビー玉から返事が返って来た。
それじゃあここで1つ、驚かせてやるか
「了解致しました。それではこれより、アンバランスフィールドとやらの破壊を開始します」
『っ!? 貴様、何もn――バキッ!
俺がガンマ7の者ではないと気付いた相手は慌てた様子を見せ、俺は話の途中でビー玉を粉々に潰した。
「しっかし、アンバランスフィールドか…さっきの靄や魔素が漏れているという言葉から、仕組みとしては魔素とやらが逃げ出さないようにあの膜で覆い、魔素の量を増やして、魔法を使用不能にしたり、魔力酔いを引き起こすという感じか? 現代風に例えるなら、密室の空間の二酸化炭素の量を増やして、苦しめると言えるか…? えげつねぇ物を作りやがる…」
紳士解放戦線に嫌悪感を感じながら、俺は装置に銃弾を撃ち込んで修理が出来ないようにする。
「さて…膜の一部を破壊したとはいえ、かなりの広範囲で覆われてる…アンバランスフィールド潰しを始めるとするか!」
気持ちを切り替えて少し宙に浮いた俺は、地面すれすれを飛行しながら、他の装置破壊に取り掛かった。
―◇―
「クソッ!」
順風満帆に進んでいた計画が、何者かに台無しにされたことによりガンマ隊隊長は憤る。
「全隊に通達! 何者かが魔素乱流化装置の破壊を目論んでいる! 総員注意せよ!」
ビー玉に見える魔法通信機のチャンネルを切り替え、隊長は生存しているであろう他の者達にそう告げ、再びチャンネルを変えた。
「こちらガンマ隊、何者かにより魔素乱流化装置の1つが破壊され、結界の維持が展開不能となった。撤退の許可を求む! 繰り返す。撤退の許可を求む!」
これ以上自分の隊が留まる必要はないと判断した隊長は、上層部に撤退の許可を求めた。
隊長の要求は上官達が居る地下室に届くが、
「装置を隠蔽させてアルファ隊、ベータ隊に合流させるべきでは?」
「いや、範囲を縮小して、もう一度魔素乱流化装置を張るべきだ」
そこに居た者達は撤退命令を出すつもりは毛頭ないようで、ガンマ隊への新たな命令を話し合い始めた。1人の男を除いて。
「…ガンマ隊は魔素乱流化装置を持って郊外へ撤退。持ち出すのが不利と判断した場合は、復元不可能なレベルで破壊しろ。急げ…!」
今作戦の指揮官である金髪の男は、撤退をさせるつもりがなかった男達を睨みつけながら指示を出す。
「で、ですが彼らはまだ戦えm「人数が少ない我々は、お遊びで人材を失う訳にはいかない! それに、今回の作戦目的は既に達成していると言っていい。ガンマ隊は早急に撤退。良いな?」
「「「はっ!」」」
金髪の男に強く言われ、男達はガンマ隊の許可を出した。
「よしっ! 全隊に告ぐ、総員魔素乱流化装置を持って撤退せよ! 繰り返す、魔素乱流化装置を持って総員撤退せよ!」
許可が出たことに隊長は隊員達の命が助かったと思い、内心喜びながらガンマ隊全隊員に撤退命令を出した。
『ガンマ8了解』
『ガンマ9了解』
『ガンマ10了解』
撤退命令に12班中3つの班が返事を返すが、いくら待ってもそれ以外の班からの返事は来なかった。
「…ガンマ11からガンマ 6、応答せよ」
嫌な予感を感じながら、隊長は返事をした3つの班とやられてしまったガンマ7以外の班に問い掛けるが、一切応答がなかった。
「……」
隊長を含めてその場に要る他の隊員達が冷や汗を流し始める。
「……た、隊長…」
「…皆を信じて我々も撤退するぞ」
「……はっ」
言い表せない恐怖を感じながら、ガンマ隊隊長が率いるガンマ0は大聖堂の屋上から郊外に向けて撤退を始めた。
その後、無事に撤退が完了したガンマ隊の班は、ガンマ0だけだった。
―◇―
時間は少し巻き戻り、テロが始まって間もない頃。
一台の車がテロが起きているワレクトンに背を向け、安全な地域へと走っていた。
「全く、私が何をしたというのよ…!」
その車の後部座席に足を組んで座っている初老の女性は、不機嫌そうに愚痴を零す。
彼女の名前は、ジュエニー・フォレスト。ヨグルサム共和国副首相であり、つい最近に男性保護法という男性の人権を無くす法律を通そうとした女性至上主義者である。
「世界平等会…全く下品で野蛮な連中だわ。やはり男は奴隷として扱うのが最適なのよ…」
黒煙が複数立ち上っているワレクトンを窓越しに見ながらジュエニーは呟く。
なお、彼女の思想は女尊男卑が酷いこの世界の一般人からしても異質な物であり、過激派とされている。
「副首相、申しにくいのですが…世界平等会と紳士解放戦線は別物とされています…一緒にされるのは如何なものかと…」
「あんなの一緒よ。一緒! どうせ裏で繋がっているわよ! なんでさっさと解体命令を各国は出さないのかしら…」
運転手からの指摘に、ジュエニーは苛立ちを見せながら答える。
補足として、世界平等会は紳士解放戦線と同じ組織であったのは確かなのだが、過激な活動に異を唱えた者達が離反して、平和的に平等を求めるのを目的に結成した組織のため、根本から違う組織だと断言出来る。その上2つの組織は、仲違いをしているので、協力し合うことはまず無いと言ってよい。そのため、ジュエニーの答えは、半分正解であり半分不正解と言えるだろう。
「そんなことよりも、私はあんな野蛮人共に殺されたくないわ! 護衛が居ない以上もっとスピードを出して安全な場所に向かいなさい!!」
「は、はぁ…」
((なんでこの人、副首相になれたんだろう…))
過激な思想持ちのジュエニーが副首相になれたことに運転手とジュエニーの隣に座っている護衛の女兵は、それぞれ疑問に抱く。
余談だが、仮にでも首相であるジュエニーに護衛が付いていない理由としては、魔素乱流化装置の影響である。本来ならば護衛として、魔導空機にそれぞれ乗った4人の軍人が就くはずだったのだが、魔素乱流化装置の影響で魔導空機の出力が落ちて飛べなくなった上に、専用車が使えなくなってしまったからである。そのため、彼女らは偶然にも魔素乱流化装置内に入らなかった運転手の私用車しか使えない状態になってしまい、取り敢えずは避難させるということで、1人の護衛と運転手、そしてジュエニーだけ先に郊外に向けて走り出し、残りの者達は車を確保次第合流するという算段になったのである。
そして、ジュエニーの指示により速度を上げた車がトンネルに入ろとしたその時、
――ドォーンッ!!
運転手が見逃してしまった道路上にあった爆弾が車がその上を通ろうとした時に起爆し、エンジンが吹き飛び運転手が死亡した車は、完全にコントロールを失い横転。何度か回った後、トンネルの入口付近にて、逆さまの状態で止まった。
「ぐっ……ばはっ! な…なんで、ごんなめに…」
護衛が身を挺して守ってくれたお陰で、何とか生き残ったジュエニーは、上にのしかかっている護衛の遺体をどかせながら炎上する車内から這いずり出てくる。
しかし、ジュエニーは瀕死状態と言って良く。片足は潰れ、左腕は力が入らない、そして顔は頭から流れてくる血で真っ赤に染まる。
そんな彼女の前に軍服を着た十数人の男が現れ、逃げ道を塞ぐように囲う。
「悪運だけは強い奴だな…」
そう言いながら1人の男がジュエニーに目の前に出てきて、手に持っていた小銃の銃口を彼女の脳天に突き付ける。
「あ、あなだだちは…!」
「そうだな…冥途の土産として丁度いいだろう。我々はデルタ隊こと、紳士解放戦線特殊部隊ハウンド…そして俺は、隊長のミハエル・ハルトマンだ」
「ぎざまらっ!」
ハウンド隊長のミハエルをジュエニーは睨みつけるが、武器も持たない瀕死の者に特殊部隊が怯むことなく、ジュエニーはそのまま引き金を引いた。
――パァンッ!
乾いた音がトンネル内に鳴り響き、ジュエニーは力なく倒れ込んだ。
「…あーあー…こちらデルタ隊、ターゲットの死亡を確認。作戦通りにこのまま撤退する」
『了解した。また後で会おう』
ミハエルは上層部に報告を済ませ、そのまま隊員達を引き連れて撤退して行った。
紳士解放戦線が行った作戦、ワ号作戦の主目的は2つ。1つ目は、彼らの技術部が開発した魔素乱流化装置を実戦運用すること。そして2つ目は、過激派として有名なヨグルサム共和国の副首相ジュエニーを見せしめとして殺害し、世界中の女性至上主義者への牽制という名の脅しを行うことである。
そしてこれらの目的は、試験隊だったガンマ隊の実質的な壊滅と魔素乱流化装置の試験機の13個中12個損失という事態は起きたが、目的は達成しているため作戦成功と言える。
今回のワ号作戦の成功が、今後の世界にどう影響を与えるか、それは神ですら分からないだろう。




