神などいない
何やら雑誌を片手に、宗教の勧誘に来たらしい相手を前に、彼は無表情に静かに、尋ねた。
「神がいるなら、何故暴君が罰せられない?
罪のない民が、何故救われない?」
突然の問いに、唖然と口を開閉させるだけの相手に、彼は続けた。
「神などいない」
その1週間後、地球は滅ぶと、世界中のメディアが告げた。
二人きりの部屋で、彼はやっぱり、と呟いた。
「神などいない」
よくあるSFのように、惑星の衝突で後わずかの時を残し、滅ぶ地球の上で。
彼はやはり小さく、静かに宣告するかのように言った。
TVでは、宗教家たちが盛んに信じる者は救われるのだと叫んでいた。
視線を彼へと移したあたしは、TVをぷつりと消した。
そうして彼との距離を膝で詰めた。
純粋な彼は、人の不幸に傷つき、誰より神を信じたくて、でも信じられずにもがいていた。
地球が滅ぶと知る、ずっと前から。
「神様は、いるよ」
のろのろと、彼の視線がようやくあたしを向く。
その腕を両手で掴んで、彼の手のひらを、自分の左胸に当てた。
「ここにいるよ」
彼の手を、あたしの鼓動が柔らかく押し返した。
もうすぐ終わってしまうけれど、それでも、生きていた。
感じていた。
微笑んだあたしは、彼を優しく引き寄せて抱きしめた。
誰が許さなくても、あたしの中の神は、彼を愛し、赦している。
例え地球が滅んでも。
あたしの中の神は、不器用で優しい、純粋なあなたを、愛し続ける。