夏の終わりのこと
山の上では、春なんてあったとしても、ほんの一瞬です。
私はまだ、この時点では半年しか山にいないのですが、高校生達の三年間なんてほんの一瞬の事なのでしょう。
私が山で経験する、初めての夏です。
甲子園で華々しく優勝をしてきた神崎くんたち三年生は、宿舎が変わるので山を寮を出て、山を降りるのです。
森下くんも結局、エースになる覚悟を決めたみたいで、神林く森下くんのバッテリーで春夏連覇したそうです。
『不作の世代』なんて、もう誰も言いませんよね。今では、『奇跡の世代』なんて呼ばれています。
世間様の手のひら返しというのは、すごいものですね。
三年生達は、決勝戦から戻ってくると、休む間もなく自室を片付けて、下山の準備をはじめるんです。
その時の彼らの顔が、本当に楽しそうで嬉しそうでね。
試合結果に満足しているからなのか、この山から降りられるのかは別にしてね。
彼らが山を降りる最終日、
三年生達にグランドまで呼ばれました。下級生達も、我々スタッフも、こういう時には顔を出さない監督までも。全員です。
制服姿で整列した三年生たち、その中央には主将の田部井くん。
「監督! それからスタッフの皆さん!!
僕たちは今日! 山を降ります!! 皆様、本当にありがとうございます!!
……
……僕は、宮城県の石巻からこの山まで来ました。
地震が起きた瞬間も、グローブを握ってグランドにいました。
その時の仲間の半分は、もういません。
僕だけ…… 僕だけが野球を続けられました。高校まで野球を続けられるなんて思っていませんでした。
おかげで、この『最強学年』の主将として、チームを引っ張る立場になることができました。
……あの時の仲間に、胸を張って、『俺たち最強だったぞ』ということができます。
後輩のみんな、監督、それからスタッフの皆様のおかげです。 ありがとうございます!!」
「「ありがとうございます!!」」
なんだかこちらまで泣いてしまいそうになりました
* * * * *
それからグランドを整備している時でした。
「おっちゃん! おっちゃん!!」
私に声をかけてきたのは神林くんでした。
どうやら関係者一人一人に挨拶に回っているようです。こういうところ、ほんと真面目な生徒です。
彼は笑顔で近づいてきて、私に握手を求めてきました。それに応じます。
その時の彼の言葉が印象的でした。
「また会うぜ。きっと会う。山の上、なつの片隅での」
彼のこの言葉がわからないまま神林くんは山を降りて行きました。
八月。夏はまだ続きますが、彼らとの夏は終わりました。
しかしこのようにして、神林くん達三年生の夏は終わりました。
百人いれば、百通りの夏があり、百通りの夏の終わり方があります。
彼らの夏の終わりには、片隅では私たちが写っていたのでしょうか。
天布山。標高、たかが数百メートルの山中。時間の止まるような場所でも、三年はあっという間に終わる。
山の上で、また新たな生徒がやってきて、夏の終わりに去っていく。
私たちはただただそこにいるだけです。夏の終わりの、片隅に。