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コーヒー投手のこと


 天布山の四月は、全然『春』と言う感じがしないんです。

 むしろ、ようやく雪解けがはじまったかぐらいの寒さです。

 季節に咲く花も、木々で鳴く鳥も、どこぞのもんといった感じです。

 ただ我々が季節を感じる事のできるイベントが、四月にあります。

 

 それは、新入生を寮に出迎える事です。

 今年も、きっかり二十人。天布山にやってきました。

 

 ケン達が最上級生になり、新一年生が入ってきて山も賑やかになってまいりました。

 私たちスタッフは、淡々と掃除やら雑務をこなしておりました。

 ある時です。私が生徒達が朝練の最中、トイレの掃除をしていた時でした。

 

「こやくん! こやくん!」


 と、用務員の内藤さんが駆け寄ってきました。

 内藤さんは本日はお休みをいただいているはずでした。

 

 どうしました? と私が尋ねると。


「これを見てよ!」


 といって、スマートフォンの画面を見せてきました。

 

 それは、新入生が山に持ち込んだものをチェックした際に、内藤さんが撮った写真でした。

 一応、新入生には検閲があるのです。


 画面には、スティックタイプのインスタントカフェオレが写っていました。

 

「……これが何か?」


「僕のいった通りだろう!?」


 そういって内藤さんは、例のメモを再び広げて私に見せてきました。

 メモには相変わらず……



「一年目:コーヒーピッチャー(球種がまっすぐ、スライダー、フォーク、カーブ)

 二年目:信仰系ピッチャー(フォームが決まってサイドスロー)

 三年目:自然系キャッチャー、

 四年目:???」


 と、書いてあり、内藤さんの指は一番上の段を指していました。

 四年周期で、決まって同じタイプの選手が入学してくるという、内藤さんの立てた都市伝説めいた仮説です。

 なんでこの仮説を彼が信じるかというと、この特定の選手は決まってチームの中心人物になることが多いから気がついたのだそうです。


「今年の三年は神林。鳥の真似ばっかしてるから『自然系キャッチャー』。

 二年はわからない。特徴がないから『???』だ。そして今年!

 ほら! コーヒーピッチャーが入ってきた!」


 その持ち物は、新一年生の米津くんと言う投手の持ち物でした。

 私はどうにも腑に落ちないのでお借りしたスマホを何度かスクロールしてみたのです。

 すると、一塁手の田島くんも同じものを持ち込んでいるようでした。

 寮で与えられる食事は、甘いものが少ない。だからこういったものを持ち込んでおいたら自室でこっそり粉のまま舐めることもできてエネルギーを補給できるからおすすめ。

 みたいなことを、OBが言っているなんて噂を聞いたことがあります。

 つまり、米津くんだけがこう言ったものを持ち込んでいるとは思えなかったのです。

 案の定、何人かいたわけでして。


 内藤さんの言い分では、

「米津のが一番値段が高い。コーヒーに対するこだわりを感じる」

 とのことでした。


「米津くんを注目しておきなよ。必ず活躍するから。そうしたら、信じてよな」


 内藤さんは私にそれだけ言って、休日を満喫しに街まで降りて行きました。



 内藤さんの予想ですが、半分、はずれでした。

 米津くんは一年から全く練習についていけず、最初の数ヶ月で早くも辛そうな表情になって行きました。

 球種も、まっすぐとチェンジアップ。内藤さんが自分で立てた仮説とは違う選手でした。


 米津くんに代わり、この学年で活躍した投手がいました。それが石川繭次郎くんです。

 ひょろっと背が高く、優しい顔をした少年でした。

 一回の練習で折れちゃいそうな細い体なのに、上級生にも怯まず投げる姿は、当時からタフネス味を感じましたよ。

 監督も石川くんの素質を感じ、この学年のエースは石川くんになる空気に早くもなりつつありました。

 

 彼が、確か……進級して二年生になった春のことです。

 その日は私がちょうど、詰所にいる時でした。

 遠慮がちな「トン……トン……」と言うノックの音が聞こえると、

ドアの前には石川くんが立っていました。


「親から差し入れが山に届きまして……。いつもお世話になっている用務員の皆さんにも、と思いまして」


 彼にはこう言うところが昔からありました。当時から本当に真面目というか、しっかりした子でした。 

 しかし、いただいたものは紙袋に包まれていて、なんだかよくわかりませんでした。


「これは……?」


 私が聞くと、彼は恥ずかしそうに、こう言ったんです。


「ええ。実家がコーヒー農園をやってまして。国産のものです。よかったら召し上がってください」


 ……内藤さんの言っていた『コーヒーピッチャー』のことなんて、この瞬間まで完全に忘れていました。

 


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