みんなのこと
初めてくる場所なのに懐かしいって、そう思ことはありませんか?
私の場合はこの山がそうでした。
山はいつだって、故郷のような色彩と温もりを与えてくれます。
数ヶ月ぶりの天布山です。歩いて登るのは初めてですので、宿舎も、グランドも見つかりませんが、
体が勝手に動くのできっと、きっともうすぐです。
警察やら国やらから、我々にかけられた容疑は理不尽を通り過ぎて呆れてしまうものばかりでした。
私が洗脳を受けていて、私の言っている言葉が全て造られた思い出で、私が暴力魔である上に私は「古谷」ですらない。
それを国が本気で言ってると想像するだけで寒気がします。
どこのSF小説の話ですか。
甲子園の歴史が教えてくれるのは、強豪校は色々と理由をでっち上げられて叩かれるということです。
私たちの場合は、環境の特殊さから大げさな尾鰭がついただけです。
しかし、そういう学校を叩いて喜ぶ連中は知っているのでしょうか?
その学校の子達だって、叩かれる直前までは高校生だったんです。
輝かしい青春を送っていたんです。
私たちだってそうです。私たちは、ただ野球をしていただけ。
それをある日、覚えのない理由で野球を、生徒を、人生を取り上げられたのです。
私たちが罪人。そんなわけがありますか。
生徒たちを育ててきた私たちが犯罪者だと呼ぶなら、教員は皆犯罪者です。
奪われるのは、一瞬。
マスメディアが、その日の快楽のために取り上げて流す嘘の数々に、
その日の快楽のために楽しむ、くだらない世間。
野球を奪われた子たちの事など、誰も考えようとしません。
自分達が何も持っていないから、目に付く鼻につくやつを、嘘までついて排除したい。その嘘を、くだらない大嘘を、たった一時の快楽のために数でもって真実へと変えてしまう。
どうやらそれが世間様みたいです。
でも覚えていてください。あなた方に消されたあの子たちは……
神林くんは、森下くんは、服部くんは、中村くんは、石川くんは、阿久津くんは、岸くんは、
そこにいたんです。みんなで野球をしてました。みんなの青春は、確かにこの山にあったんです。
どうしてそれを嘘と決めつけるのが正しいと思うのでしょうか?
久しぶりにこんなに走ったので、頭が痛くなってしまいました。
でも大丈夫。段々と、慣れ親しんできたあの空気に、近づいてきたような気がします。
山の上には、私の居場所があって、そこには仲間がいて、監督がいて、生徒たちがいます。
そこ子達が、私に向けていうんです。
「またあったね。やっぱりあったね。山の上。なつの終わりの片隅で」
夏の終わりの片隅に 了




