岩崎、阿久津、石川伝 六
【岩崎、阿久津、石川伝 六】
山の上は今日は快晴。
いつも気にならない鳥の鳴き声がはっきり聞き取れる。
木には赤いものや、緑のもの、鮮やかな実が成り、草や土から発せられる匂いが、夏を感じさせる。
何もない殺風景な山だと、いろいろな人間が言うが実は、細かいところに目をやれば季節を感じることは出来るのだ。
誰もいないいマウンドに一人、石川が立っている。
ここに立って、余韻に浸っているのだ。
頬を撫でる風が心地よい。
今は、ここには誰もいないが、いつも騒がしいグランドにひとりぼっちというのも悪くない。
山に帰ってきてからは頭痛もひいた。試合中、痛みを顔に出さないようにするのに必死だった。
監督には……流石にバレていたかもしれない。それでも変えないで使ってくれた。
途中何度か、意識が飛んだんじゃないかって思う瞬間もあったけど、なんとか投げ切った。
山を降りたら、自分はいったいどうするんだろう?
野球は無理だと思う。
野球どころか……まともに暮らしていけるだろうか?
ここのところは学業にも支障が出ている。
自分は、山を降りれるのだろうか?
降りれないなら、ここで投手コーチをさせてはもらえないだろうか?
自分には何の実績もないが、こんな大きな組織でコーチなんて任せてもらえるだろうか?
……そんなに甘い話はないと思う。
夏が終わったら自分はどうするんだろう?
呆然と考えていたら、いつの間にか目の前に用務員さんが立っていた。
名前が思え出せないが、知っている人だ。
笑うでもなくこちらを、ただただみている。
「君は何者なんだ」
「え」
用務員さんの表情は読み取れない。
「どうして四年前に入学してきた生徒が、また山に登ってくるんだ?」
「? ……何のことですか?」
「君たちは何処からきて、 山に何をしにきてるんだ!?」
用務員さんの言っていることが、何一つわからない。
彼は真っ白い手をポケットに入れ、一枚の紙を取り出した。
「一年目……コーヒーピッチャー……球種が決まってスライダー、フォーク、カーブ。
二年目……信仰系ピッチャー、フォームがサイドスロー。
三年目……動植物やサバイバル、地質学に明るいキャッチャー。
四年目、特に何もない学年。
この十数年これを繰り返している。頑なに繰り返している!
未来のことは普通わからないのに、ここの人間は『繰り返す』ことを知っている! なぜだ!?
お前たちは何を隠していて、何をやっているんだ!?」
「し、知りません! 何のことですか!?」
「何で四年周期で同じような人間が入山してくるんだ!?
お前達は一体何者なんだ!?」
用務員さんが肩を掴んできた。
この人は何を言っているんだろう?
どうしてここに誰もいないんだろう?
頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、頭が痛い、
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……
* * * * * *
「石川先輩!!?」
「石川!! 石川!!」
暗闇の中で、たくさんの声が聞こえる。目を開くと、目の前に太陽があった。思わずまた目を閉じる。
どうやらマウンドの上で倒れていたようだ。
自分の肩を強く揺すってくれていた人は監督だった。
厳しい人だし、褒めてくれたことなんてないけど、やっぱり優しい人なのだ。
沢山の人が声をかけてくれるけれど、嘘みたいに体が全く動かないし、声も出せない。
大丈夫ですよ。今起きます。今起きますから。
頭が痛くても、イニング跨ぎこなせたんだから大丈夫です。抑えてみせますから。
圭介、泣いてる場合じゃないぞ。次の打者は足遅いから、ゲッツー狙うんだから。
岩崎、ちゃんとここは抑えるから、次のイニングから頼むからな。肩作っておくんだぞ。
沖田……最後まで教えてあげられなくてごめんな。お前の真っ直ぐとカーブで、松ヶ谷を守ってくれよ。
阿久津、岸、田島、中原…… ……みんな、ごめん。
* * * * *
八月十四日。甲子園のグランドにて、石川繭次郎は帰らぬ人になった。
司法解剖の結果では、脳梗塞だったそうである。
この日はデイゲームだが気温が高く、すでに何人かが搬送されていたとの情報が入っている。
ちなみに搬送された人間のリストには、松ヶ谷高校野球部OBの山本、学年で言えば石川の四つ上。
さらにその四つ上の加藤政司の名前がある。彼らも数日間の入院の後に、脳梗塞でこの世を去った。




