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岩崎、阿久津、石川伝 四

 夜の技術練、最後の、松ヶ谷名物、先輩後輩の1イニング勝負。

 ここのところ、二年投手の阿久津は絶好調で、昨日も一昨日も先輩たち相手に完封している。

 二年生にして、謎の貫禄のようなものも見え始めており投手として凄みが増している。

 そして、先輩相手に三連勝が掛かっている今晩の試合で、

 二年生、岩崎が投手として指名された。


 帽子を深く被り直した岩崎は、マウンドの上で落ち着いていた。

 なんだか最近は、阿久津の活躍すら嬉しく思えるようになっていた。

 もう腐らない。覚悟を決めたのだ。

 その阿久津は、二年生側のベンチに座って岩崎をじっと見ている。

 これも数日前までにはなかったことだ。阿久津に意識されている。そのことも、岩崎にとっては力になった。


 打者、一番はセカンド川崎。

 前回は初球を叩かれている。

 岩崎の戦いが始まる。


 初球は、インハイのストレートを選んだ。これが際どいところだがギリギリでストライクゾーンに食い込む。

 初球ストライク。投手にとってはいいニュースだ。

 二球目に岩崎が選んだ球は……これまたインサイドの真っ直ぐだった。流石に川崎先輩はバットを振る。

 しかし今度はストライクゾーンより高めに入ったために川崎が打った打撃は後方に高く跳ね上がった。

 一年生捕手中原はマスクを脱いでキャッチャーフライにしようと試みたが、ファールとなった。 

 しかし、これでツーストライクだ。

 先輩、しかも川崎先輩に対してツーナッシング。今日の岩崎は、集中しきれている。

 

 中原は、打席の川崎が普段とは違うことを確かに見抜いた。

 打席の土を思わず足でならしている。昨日の阿久津に打ち取られたのもあって焦っているのだ。

 攻めるならここだ。中原は、勝負に出た。

 中原が出したサインは、岩崎の決め球フォーク。

 それをアウトローギリギリに投げ込ませた。

 落ちる球をアウトローギリギリに投げ込むなんていう芸当はプロでもないと難しいものだが、

フォークを投げれば川崎は絶対に『見る』と確信していたのだ。

 読み通り、川崎の体はピクリとも動かなかった。そして……フォークは甘いところではあるがアウトコースに『入った』。

 

 スリーストライク。先頭打者を三球三振に打ち取った。

 歓声が響く。ふと、岩崎の視線は阿久津に行く。

 さっきまで腕を組んでた阿久津がいつの間にか身を乗り出していた。

 見たかよ今の三振を。見逃し三振を!

 もうお前に隠れてた投手岩崎はいないぞ!

 マウンドの上から見ている景色が、この一瞬、最高の物だった。


 二人目、ショート中村圭介。

 強打者に違いはない。バントもヒッティングも上手い。

 彼の後は岸と田島で『つなぐ』タイプではないが、圭介には足があって盗塁を狙ってくる。

 圭介に盗塁されたら、岸か田島がツーベース一本打つだけで勝敗が決まってしまう。

 この勝負で勝つのだったら、圭介を塁に出したら厄介なことになる。

 しかも圭介は俊足を誇るので、ショートの肩では内野安打の可能性がある。ゴロも避けたいとなると……

 初球フォークと見せかけて真っ直ぐを放り込み、ボールの下を叩かせてフライアウトを取ろう。

 中原はサインを出した。

 

 圭介も、一昨日、昨日と二年生にやられているので今夜は何がなんでも塁に出る気でいた。

 そこで圭介が選択したのは、セーフティーバント。

 コン! と乾いた音の後球は中原の前を転がった。おそらく、中原はまだ一年生で肩が弱い。自分の足なら勝てるという選択だったのだろう。

 しかし中原は圭介がバントの構えをとった瞬間に『勝ち』を確信していた。

 落ち着いてボールを拾い、ファーストに低めの強い送球。楽々ツーアウトをとった。


「ツーアウトーー!!」


 ここでまた歓声が響く。三年生相手にツーアウトをとった。それも、たった四球で。


 左打席に岸が立つ。

 岸はここ最近の勝負で三振をしていない。

 ボールを見極めて、ファールで粘りつつ、狙い球が来たら確実に仕留めにきた。

 岸の強さは鋼の精神面だ。一昨日、昨日と後輩に連敗してようが彼には関係がない。

 煽りも、揺さぶりも一切通用しない。

 三振は難しいかもしれないが、彼を打ち取れば完璧な勝利だ。

 甘いコースに投げ込めば負けに繋がるので、際どいところに投げ続けるしかない。

 岸との対戦は、我慢比べになる。

 

 初球、インハイを岸は思い切り引っ張ったがファールになった。

 二球目、三球目のフォークには手を出さず、あくまで真っ直ぐを狙いにきているのが露骨にわかった。

 四球目アウトハイでフライアウトを取ろうとしたが、上に大きく外れてボールになる。

 ワンストライクスリーボール。

 

 五球目、中原はフォークを要求。被弾するよりも歩かせた方が被害が少ないと判断してのことだったが、

 真ん中にミットを構えたが、岩崎のフォークが落ちなかった。

 しかし岸はこれを見逃す。

 ど真ん中に見逃しのストライク。ここのところの岸にはあまり見られない光景だった。

 ラッキーなストライクだが、これで岸は本格的にストレートを待っているということが決定的になった。


 フルカウント。

 中原は試しに、アウトコースにフォークを要求。

 今度はちゃんと球が落ちた。しかし、岸の長い腕がしっかり球を捉えていた。

 ファール。

 やはり見逃さなかった。いつの間にか岩崎は、松ヶ谷高校三年の主砲岸と、真剣勝負を繰り広げていた。

 その姿をじ……っと、ライバル阿久津がベンチから見ている。

 

 実際のところ中原はここでかなり悩んでいた。

 このままでは、遅かれ早かれフォアボールになる。下手に勝負に出たら、打たれる可能性もある。

 やはり岸の集中力は凄まじい。


 ネクストバッターサークルには田島が素振りをしている。

 ……さて、ここで岸を歩かせたらどうなるか。

 困ったことに岸にも俊足がある。

 今日の三年生の雰囲気からして、絶対に盗塁は狙ってくる。

 本当に、敵に回したら厄介なチームである。

 

 しかし、岸を歩かせて、最悪二塁まで行かせても、

続く主将田島と勝負して、抑えれば勝ちだ。

 犠牲フライもない。

 やはりここで歩かせた方が『得』と、中原は見た。

  

 フォークのサインを出す。しかし、ここで岩崎は首を振った。

 岩崎は、あくまで岸との勝負にこだわった。


 相手は上級生。しかも三年の、覚醒した天才バッター。

 対する岩崎は、エースでもない抑えのピッチャー。

 それでも関係ない。岩崎は、どうしても今夜勝たないといけないのだ。

 ここで中原も覚悟を決めた。

 サインが決まり、岩崎は振りかぶった。


 インコース真っ直ぐ。どう考えても、岸が待っていた球だった。

 岸の体は躍動し始め、いつものフルスイングで直球を弾き返した……。かに見えた。

 ボールは、岸のバットをすり抜け……中原のミットに届いたのだ。


 三振。スリーアウト。

 

 一瞬、当たりが静まり返った。誰も、何が怒ったのかわからなかったのだ。

 真っ白な沈黙が、あたりを支配した。

 

 岩崎が、「ふう」と息を漏らした瞬間、

 山の上では割れんばかりの歓声が響いた。

 

 真っ先に岩崎に駆け寄ってきたのは、意外にも阿久津であった。


「やったぞ!! 流石に認めざるを得ない!!

 すごいよお前は!!」


 阿久津も阿久津で、腐りかけていたのだという。

 しかし、岩崎というライバルがいきなり現れ、先発の立ち位置も危うくなりだしてから途端に野球が楽しくなったのだ。

 


 岩崎は、今日のこの出来事を、真っ先に伝えたい人がいた。

 恋人になった楓である。梅まつりには行けなかったが……、岩崎は、野球も恋人も捨てずに両方選ぶという決断をしたのである。

 岩崎は山の上で、少なくともこの瞬間、青春の喜びを手にしたのだった。


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