某日、ネット新聞の記事 二
松ヶ谷高校野球部・関係者インタビュー。
本稿は、同校野球部に所属し全国的な活躍を見せた元部員の現況に焦点を当てるとともに、在籍当時の実態について関係者に証言を求め、その実像に迫ろうとするものである。
取材に応じた関係者は、事前に氏名および発言内容の掲載に同意している。
インタビュー対象:松ヶ谷高校野球部OB 名取俊樹氏
辺見記者「名取氏は三年間、野球部の寮に在籍されていたと伺っています。在学中は名投手・森下氏の後を守り、春夏連続で甲子園優勝、さらに夏のベストフォーでは完全試合にも貢献された経歴をお持ちです」
名取氏(無言で会釈)
辺見記者「現在のご職業についてお聞かせください」
名取氏「企業に勤めながら、子供に教えてます」
辺見記者「ご子息を将来的に松ヶ谷高校へ進学させるご意向はありますか」
名取氏(無言で首を横に振る)
辺見記者「練習の過酷さが理由でしょうか」
名取氏「……厳しくなければうまくなれませんから」
辺見記者「すなわち、あの森下氏の活躍も、そうした練習の成果によるものだと」
名取氏「そうだと思います」
辺見記者「父親として、自身の母校に子を入学させたいという思いは自然なものと思われます。それにもかかわらず、入部を望まれない理由は何でしょう」
名取氏「……息子には野球以外の道に進んでほしいと考えています。ただ、自分が息子にしてやれることは、これしかありませんので」
辺見記者「それは具体的に、どういったお考えからでしょう」
名取氏(沈黙)
辺見記者「山上での生活について、お話しいただけますか」
名取氏(沈黙)
辺見記者「言葉にできないほど、過酷な事態があったということですか」
名取氏「あまり覚えていないのです」
辺見記者「覚えていない?」
名取氏「申し訳ありません。質問にお答えしたい気持ちはあるのですが、当時のことを思い出そうとしても……
断片的な映像しか浮かばないのです。常に野球をしていました。
一日二十四時間のうち、半分以上は野球に費やしていたはずです。ですが、その映像が何をしている時のものかもはっきりしません」
辺見記者「森下氏のことも、甲子園連覇の記憶も」
名取氏(無言で頷く)「森下……という人物と一緒に野球をしていたという事実すら、どこか現実感がなくて。高校時代の思い出とは、そういうものなのかもしれませんが……おかしいでしょうか」
辺見記者「本当に何も記憶がないと」
名取氏「全く、というわけではありません。寒さの感覚や、常に空腹だったことは覚えています。……それ以外は、申し訳ありません」
* * * * *
インタビュー:波瑠都志也氏の母、波瑠麗華氏
辺見記者「ご子息が松ヶ谷高校をご卒業になって以降、頻繁に帰郷されることはありましたか」
波瑠さん「いえ……息子は卒業してすぐにプロ入りしましたので、頻繁ではありませんでした」
辺見記者「帰郷された際、ご子息に何か変化をお感じになりましたか」
波瑠さん「……別人のように見えました。もちろん在学中も年末年始には帰ってきていたのですが、その時は“背が伸びたな”程度の印象でした。
それが卒業後は……人が入れ替わった、と言ったら大袈裟かもしれませんが、それくらいの変化があったように感じます」
辺見記者「“入れ替わった”と」
波瑠さん「ええ。……なんというか雰囲気がまるで違っていました」
辺見記者「その理由にお心当たりは」
波瑠さん「……分かりません」
辺見記者「在学中のご様子について伺います。どのような生活を送っていたのでしょうか」
波瑠さん「練習が非常に厳しそうでした」
辺見記者「毎年、帰郷の際には疲労が見て取れた?」
波瑠さん「そうですね……。もっと早く帰してやればよかったと、少し後悔しています」
辺見記者「“山から降ろすべきだった”という意味でしょうか」
波瑠さん「……はい。あの山の上には神様がいらっしゃいますので、もともと宗教的な修行をさせるつもりでした。
ただ、本人がどうしても野球をやりたいと望みましたので、『松ヶ谷であれば』と許しました」
辺見記者「それを今、後悔していると」
波瑠さん「はい。こんなことになるくらいなら……。本人にも、可哀想なことをしたと思っています」
辺見記者「ご子息の変化と、自動車事故には因果関係があるとお考えですか」
波瑠さん「……そう思っています」




