某日、ネット新聞の記事
**松ヶ谷高校野球部 投手王国の光と影**
—短命とされるOBたちの共通項—
三月下旬、○○県○○市にある松ヶ谷高校のグラウンドでは、新入部員を迎える準備が着々と進んでいた。
ここ十数年で甲子園常連校へと躍進し、全国の野球ファンにその名を知られる存在となった同校だが、その成長の陰で、ある「不自然な一致」が指摘され始めている。
松ヶ谷は、創部自体は戦後間もなくとされるが、長く県予選の二回戦止まりの無名校だった。それが平成二十年代初頭、現監督・権藤正信氏(当時コーチ)が指揮を執るようになって以降、急速に戦力を伸ばし、春夏合わせて甲子園出場は通算九回。
そのうちベスト8以上が六回を占める。だが、注目すべきは「排出される選手のほとんどが投手」という事実だ。
高卒でNPB入りしたOBは数十名を数えるが、その九割以上が投手。まれに捕手が含まれることもあるが、内野手や外野手が直接プロ入りした例はほぼ皆無と言ってもいい。
野手志望者がプロ入りする場合、必ずといっていいほど大学や社会人を経由している。
全国的に打高投低が進む昨今、即戦力投手の育成に注力すること自体は理解できる。しかし不可解なのは、松ヶ谷が毎年のように、球種やフォームの傾向まで似通った投手を確保している点だ。
たとえば、昨年までエースを務めた波瑠都志也(在学中甲子園で春、夏連覇)は中学時代からサイドスロー。過去のエース格である登瀬、寺井、も同様に中学時点で完成された投球スタイルを持っており、高校でのフォーム改造はほぼ見られない。
一方で、本格派右腕とされる加藤(正)、小岩井、加藤(政)、山本、現三年生の石川らも、入学時点でほぼ完成形にあった。つまり、松ヶ谷の投手陣は「育てた」というより「同じ型の選手を集めている」と言うべきであろう。
問題は、それがあまりに的確に毎年繰り返されていることだ。ある県内スカウトは匿名を条件にこう語る。
「他校の監督やスカウトは、狙ったタイプの投手を連続して確保するのに苦労している。松ヶ谷の引きの強さは異常と言っていい。しかも出身地も中学もバラバラで、どこから情報を拾っているのか分からない」
この“引きの強さ”と並び、野球ファンや一部関係者が首を傾げるもう一つの理由がある。それは、松ヶ谷出身の投手に目立つ「短命」ぶりだ。
前日、元プロ投手の波瑠都志也氏(享年20)が自動車事故で急逝した。事故の原因は運転操作の誤りとされ、飲酒の可能性も取り沙汰されたが、捜査関係者によれば「血中アルコールは検出されなかった」という。波瑠氏の死はファンに衝撃を与えると同時に、過去の事例を思い起こさせた。
波瑠氏の二年前には、加藤(正)氏が運転中に脳梗塞で死亡。さらにその二年先輩の捕手・石堂氏も脳梗塞で亡くなっている。存命のOBも順風満帆とは言い難い。山本、登瀬、蒲原、寺井といった顔ぶれは三年前から今年にかけて全員が肩の故障で二軍落ちし、その後は消息が途絶えた。今なお一軍で活躍しているのは、ベテランの森下修一投手ただ一人だ。
これらの出来事は、あまりにも似すぎてはいないだろうか。投手であること、松ヶ谷の出身であること、そして20代半ばまでに選手生命を絶たれること——。偶然と片付けるにはあまりに多い共通項だ。
ある球界OBはこう警鐘を鳴らす。
「昔から、酷使やトレーニング方法の偏りで特定部位を壊す“学校カラー”はあった。だが松ヶ谷の場合はそれだけじゃ説明がつかない。病気や事故まで含めると、もはや野球だけの話じゃない」
倫理的な問題もある。もし高校時代から既に“短命”を内包した状態で選手が送り出されているのだとすれば、それは一種の危険行為だ。さらに、自動車事故や急病は、本人だけでなく社会全体にとって重大なリスクを孕む。
本紙は権藤監督および松ヶ谷高校関係者に対し、排出選手の傾向や故障率について取材を申し入れているが、期日までに回答は得られなかった。
投手王国の名を欲しいままにしてきた松ヶ谷高校。その輝かしい実績の裏側に潜む、不自然な一致と不気味な終焉の連鎖。これらは単なる偶然なのか、それとも何らかの構造的要因が存在するのか——。
本紙は今後も調査を続け、事実関係の解明を試みる。




