内藤さんのこと
この時期は、確かずっと同じ夢にうなされていたと思います。
はっきりとは覚えていないのですが……、
北澤さんが頭に懐中電灯を括り付けて、おそらく……天布山のどこかのはずなのですが……もっと山頂の方かな?
地面を掘ってるんです。もちろん、私も同じことをしています。用務員数名でヘッドライト、もしくは北澤さんのように、懐中電灯を頭に固定して、
ひたすら地面を掘るんです。どうして懐中電灯なのかは、ヘッドライトが人数分もないからです。
楽しいであるとか、何やら切羽詰まっているとか、そういう感情の一切もなく、
ただ黙々と穴を掘っているという奇妙な夢です。
どうしてそんなことをしているのか、当然夢なのでわかりっこありません。
あまりに同じ夢を見るのである朝調べてしまいました。
『穴を掘る夢』というのは、過去の記憶を整理したい時に見るものなのだそうです。
また、オカルトめいた方面で考察するならば、未来に向けた何やらターニングポイントに達したときに、このような夢をみるそうです。
……四十過ぎの中年用務員に、これ以上どんな未来があるのかわかりません。しかしいずれにしてもこれは、
何かの象徴的な夢だったのだと思います。
* * * * *
新一年生を迎え入れる準備もようやくひと段落、といった頃でした。
この年は特に大変だったのを覚えてます。
理由は、用務員の同僚である内藤さんの休職がありました。
内藤さんと言うのは、私よりも年齢がだいぶ下の青年なのですが、私が入山した時にはすでにこの道十年のベテラン用務員でした。
ですから私も内藤さんに頼っている部分は結構あったのです。
休職の理由は、ご両親の介護ということでした。
そういう理由であれば仕方がないことなのですが、少し唐突なことでびっくりしたと思います。
というのも、内藤さんが休職する前に私は一度、彼と話てまして……。
「こやさん。このメモのこと覚えてる?」
そう言って内藤さんは、もう何年も前から彼が大事に持っている『内藤メモ』を見せてきました。
四年サイクルで、『同じ属性』を持っている生徒が必ず入部してくるという内容のメモですね。
「はい。覚えてますが」
私がいうと……
「阿久津の代では、やっぱり捕手がいなかった。理由は……もうわかるよね?」
「今年、『自然系キャッチャー』が入学してきて、いきなりレギュラーになるから……ですか?」
「そう!! そうだよ!! ようやく理解してくれたかい!!?」
今にして考えると不思議なのですが、私がこの頃、『内藤メモ』がある程度現実に当てはまるという事態に対しては、
奇妙といった感情は湧かず、どこか当然のことが起きていると思っていたんです。
夏が終わったんだから、当然寒くなってきて、冬がくるだろう。そんな当たり前のことと同じように感じていました。
やはりずっと山の上にいると感覚が麻痺するのでしょうか。
目の前の内藤さんが、何を騒いでいるのか。
いやはっきりと言って、何をそんな当たり前のことを言っているのか不思議に思っていたのだと思います。
しかし内藤さんは、いつもにまして目が爛々としてました。
そしてついにこんなことを口にしたのです。
「今日、監督に聞いてみようと思うんだ」
「え!?」
「どうして『繰り返して』いるのか。北澤さんに聞いても誤魔化されるだけだから、
監督にだったら何かわかると思う」
「いやーしかし……今は新入生への対応で監督も忙しいと思いますから……」
「こやくんは、悔しくないのか!?」
悔しい? なんのことだかわからなかったんです。
夏の次には秋が来ることを、どうして悔しいなんて思いましょうか?
「俺たちは何かの陰謀に、加担されてるかもしれないんだぞ!? 」
「陰謀って……こんな山にどんな陰謀が隠されてるっていうんですか。
野球部の生徒しかいませんよ」
「いいや」
内藤さんの顔が、真っ赤になっていたのを覚えています。
思えば彼は彼なりに、山での生活に生き詰まってしまっていたのかもしれません。
特殊な職業です。生活リズムは一定ですが、楽な仕事とは言えない。何より外部との交流がどうしても少なくなってしまいますから。
北澤さんが何年か前に言っていた言葉通りです。こんな山に十年もいれば、おかしくもなる。
内藤さんは、運営に何か疑いの目を向けることで、心を保とうとしていたのかもしれません。
彼が何を言っても聞かないんだろうなあというのは、直感でわかりました。が、
ここから先の記憶が、不思議と思い出せないんです。
内藤さんは結局、監督の元に行ったのか?
内藤さんが自分で書いたメモの内容について、本人が納得のいく答えを得ることができたのか?
結局わからずじまいでした。




